予定事項





水谷は友達が多い。
男子も多いけど、女子の友達も多い。
それはおそらく水谷の明るさと気安さによるところが大きいのだろう。

とは花井もよくわかっていたので、
昼休みに2人で世間話なぞしている途中で、成り行きで女子2人が割り込んできた時も
よくあることだしと別にどうとも思わなかったのだが。
1人の女子の言葉に花井は思わず身を固くした。

「ねーねー、野球部の阿部くんと三橋くんて仲いいよねぇ」

ここまではまだ良かった。
焦りまくったのはそれに対する水谷の返答だった。

「あー、うん。 こないだもキスしてたしな」
「ぶーーーーーーっっ」
「わぁ何だよ花井!?」
「み、水谷・・・・・・・・・!!?」

驚きのあまり飲んでいたパックのお茶を盛大に吹いてしまったわけだが、そんなことはどうでもいい。
一体いつそんな場面を目撃したのか。 
阿部はその辺のことには一応気を遣っていると常々花井に言っているし、
実際本当にそうらしいとも今では認めているが、水谷に見られたのは一体どういう経緯か。
部室とかならともかく、目立つ場所だったんじゃないのか。
というか水谷もいつのまにか2人の仲を知っていたとは。
それはいいとしても、何でそんな当たり前みたいに暴露するのか。
少しは自分の胃のことも考えてくれ少しは!!!

等々、目まぐるしく脳内を駆け巡るものが多過ぎて
花井は次の言葉が出てこない。 さらに追い討ちをかけるように。

「きゃあぁv」

ハート付きの黄色い歓声が上がった。
女子2人の声である。 目がとてつもなく楽しそうに輝いている。

「それ本当?」
「ほんとほんと」
「えー、じゃあ付き合ってるんだぁ」

パニックになった。  花井が。 

「あははー、 そうかも」
「きゃあぁあvv」

(水谷ーーーーーー!!!!!)

という絶叫を呑み込んだのはひとえにこれ以上目立ちたくなかったからだ。
なぜだ水谷おまえは何も考えてないようで実は結構気遣いの男じゃなかったのか!!!
と、裏切られた気分満々で花井が水谷を睨んだところで。

「なーんてな!」
「え、 違うのぉ?」
「こないだ三橋が部室で爆睡してて、キスしたら起きるんじゃないかって皆でワルノリしてさー」
「えー、なーんだぁ」

がくがくがくっと花井は脱力した。  1人で大忙しだ。
同時に (あの時のか・・・・・・) と思い出した。
大分の前のことだったので忘れていたけど、あの時水谷もその場にいたことはよく覚えている。
最初に三橋を起こしたがったのが水谷だったからだ。

(あぁあ心臓にワルイ・・・・・・・・)

こっそりとはーっと息をついたところで。

「でも普通はしないんじゃない?」
「オレも実はびっくりしちゃったよ」
「やっぱり怪し〜いvv」

またハートが付いている。

(ふぅん・・・・・・・・・・・)

花井は心の中で女子のリアクションに少し驚いた。
そういう反応もあるのか、 と新鮮に感じながら でも確かに、 とどこかで納得もした。
当たり前だけど、誰もかれもが阿部に惚れているわけじゃない。
冷静に考えればむしろ一般受けはしないほうだろう。
もっとありていに言わせてもらえば、阿部に惚れるヤツなんて物好きだと力強く主張したい。
何とも思っていない女子にとっては、非常に美味しいネタなのだろう。 

が、笑えないのはそれが事実だからである。
あまり大っぴらになってほしくない理由は幾つかあるが、
とにかく穏やかでない成り行きなのは間違いない。
水谷を止めたい。 しかし、ヘタな止め方をすると余計に事態を悪化させそうだし、
ムキになって否定するのも不自然かもしれない。
黙って聞いているしかできないのか。

先刻よりは落ち着いたものの花井は再び焦燥感を覚えて、忙しなく女子と水谷の顔を交互に見た。
そんな花井の焦りや祈るような視線には気付かずに、水谷は笑いながらひらひらと手を振った。

「や、ほらバッテリーだからさ」
「そういうもんなの?」
「うーん、多分」

(いやそういうもんじゃないだろう)

なんて突っ込みはもちろん言わない。
バッテリーが通常の友達より親密になるのは普通かもしれないけど、限度ってものがある。

なんてことも当然心でつぶやいただけである。
女子2人はしかし、依然として顔を輝かせて、尚も話を発展させたそうな様子なのが
ありありと見てとれた。  花井の胃がきゅうっと縮んだ。
水谷がいっそ知っていたら足を蹴っ飛ばせば済むことなのに。
もっともそれならそもそもこんな展開にはならなかったろうが。

「でもー、いくらバッテリーだからって」

女子の弾んだ声に花井の胃がしくり、と痛んだところで救いの鐘が鳴り響いた。
大丈夫神様はいる、 などとくだらないボケを内心でかましてみる。

「予鈴だ予鈴!!」

花井は意識的に大き目の声で言ってから、続いて念のためとばかりに。

「水谷、おまえ今日当たんぞ」
「うぉ」

三橋みたいなうめき声とともに水谷は慌てて教科書を取り出した。
花井も立ち上がった。
それを機に女子も席に戻って、それ以上暴走 (核心に近付くとも言う) することもなく会話は終わった。
水谷が当たる日なんてでまかせである。 とにかく話を打ち切りたかっただけだ。

(あー焦ったぜ・・・・・・・・・)

いろいろな意味で、 とぶつぶつとぼやきながら花井も自分の席に向かった。
途中で、無意識に元凶の男に視線を走らせた。 
今回に関しては阿部は悪くはないが、何がしかの恨みを込めて見ずにはいられなかった。
ついさっきまで机に突っ伏して寝こけていた阿部は、
今はもう起きて授業に必要なものを淡々と用意している。  その表情を見て。 
花井は思わず足を止めた。

突然悟ったことが1つ。

阿部は今の会話を聞いていた。 それだけならまだいい。
足が動かなくなったのはもう1つ、ふと掠めたことがあったからだ。

(・・・・・・・・・あいつ・・・・・・・・・)

まさか、この展開を狙っていたんじゃ、 と胸の内で言葉にしてから打ち消した。

(そんなまさか)

あの時の事の成り行きが蘇った。 阿部のたくらみではなかった。
提案したのは田島で阿部はちゃっかりそれに乗っただけだ。
あの短い時間でそこまで計ったとは思えない。  けど。

思い出しながら花井は動けない。 打ち消した考えがすんなり消えてくれない。

阿部は頭の回転が速い。
元々速いうえに三橋のこととなると加速するだけでなく、常軌を逸する傾向にある。
こういう事態はあり得る、くらいは充分予測できたんじゃないだろうか。
そして女子というのは概してうわさ話が好きだ。  美味しいネタなら尚更だ。
水谷が否定した先刻の 「2人の関係」 が噂として広まらないという保証などどこにもない。
一瞬でそこまで計算して、それを踏まえながら敢えて皆の見ている前で実行したのだとしたら。

(・・・・・・・・・いやまさかそこまで)

心の表面のほうで否定しながらも、
呆然、 という呈でまじまじと凝視してしまった花井の視線に気付いたのか、
阿部がそこで花井を見た。


浮かんだ笑みはこの上なく黒く、 かつ満足そうなものだった。















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                                                本当は世界の真ん中で愛を叫びたい男。