捕まる





最近どっちかの家に行く時間が取れなくて。
阿部くんとオレは部室に少しだけ、長く残っている。
その時間になると、阿部くんはそれまでとは全然別の顔になる。
練習中には見せない表情に変わる。
それは少し後ろめたいけど、とても甘くて幸せな時間で。    
でもオレは。

今日は、 早く、 帰ろう、  と思っていた。
だからあらかじめ練習中にそう言った。

「今日は、早く帰って来いって親が」

おずおずとそう言うと、阿部くんは 「ふーん」 と言いながら微妙な顔になった。
阿部くんは時々異様に鋭い、んでオレはどきりとして身構えた。
突っ込んで聞かれても答えられないから。
でも特に深く追求もされずに 「わかった」 と言われてホっとしたような寂しいような
複雑な気分になった。

親が、なんて実は嘘だ。
別に早く帰りたい、ワケじゃなくて。

怖い、から。

自分が怖い   から。

これ以上気持ちが大きくなるのがイヤなんだ。 だって。
離れられなく、なる。
離したく、なくなる。

短くても、毎日のように甘い時間を与えられてしまうと。
オレはきっとどんどんつけあがる。  どんどん贅沢になる。



なのに。

結局今日も気付けば部室の中には他に誰もいなくなっていて。
焦った拍子にまたやってしまった。

「いっ・・・・・・・」

痛みで思わず声が出ちゃって、しまった、 と思った時はもう遅かった。
阿部くんがつかつかと傍に来て。
オレの左手首を掴んで小さく血の滲んだ指先を見て、ため息をひとつ。

「またかよ・・・・・・・・・」
「え、  あ」
「・・・・おまえ、ほんっとに自覚ねーな」
「う」
「手の傷が一番多いのって投手としてどーなんだよっ」
「ご、ごめ・・・・・・」

怒ってる・・・・・・・・・・・・
また怒らせてしまった。  オレはしょっちゅう阿部くんを怒らせる。

「ホントにわかってんのか?!」

きつめの声に思わず首を竦めたオレを見る阿部くんの目がその時、

ふいに光った、  ような気がした。

あ、  と思った時にはもう、オレの指の傷は阿部くんの舌に舐められていた。
ちりっとした痛みが走って。
同時に別の感覚にも襲われる。
反射的に舌から逃れようとしてもすでに何もかもが遅くて。
阿部くんの手はオレの手首をがっちりと掴んでいてびくともしない。

阿部くんはまるで見せ付けるかのように舌を出して、そこを嘗め回した。
そうしながら上目遣いでオレを見た。
視線が合うと、 目だけでにやりと   笑った。



一瞬で空気が  変わった。



指はやすやすと阿部くんの口に呑み込まれて。

それだけでオレはもう体がざわざわしてしまう。
それは意思なんかではどうすることもできない。
体温が一気に上がる。 きっと顔も赤くなってる。 目も潤んでくるのがわかる。
あっというまに酸素が足りなくなってくる。
足の力が抜けて、後ろの壁にこっそりと背中をあずけてしまう。

そんなオレを阿部くんはじっと見ている。
口に含んだオレの指をねっとりと、執拗に嘗め回しながら見ている。
その目はもうすっかり獰猛な光を帯びていて、オレを捉えて離さない。

耐えられなくて、せめてもとオレは目を瞑った。
視界が閉ざされると指先の感覚が余計に鋭くなる。 疼きが全身に拡がっていく。
そして悟る。



捕まってしまった。



今日も 早く帰れそうに   ない。











                                               捕まる 了

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                                                      たまには本領発揮