逃避-2





その日は朝は晴れていたのに登校途中から雨が落ち始めた。
それも結構な量の雨が。
阿部は傘を持ってきていた(母親に降るわよと言われて) のでそれを差しつつ
今日の朝練は体育館かなと考えていた。  ミーティングになるかもしれない。

部室に着くとまだ誰もいなかった。 一応着替える。
着替え終わったところで三橋が入ってきた。 珍しく早い。

「うっす」

いつものように普通に見えるようにと意識しながら挨拶した直後、
阿部はぎょっとして固まった。
三橋は (多分傘を持って出なかったのだろう) ずぶ濡れで、そのせいで。

(・・・・す・・透けてる・・・・・・・・)

下に何も着てないせいで思い切り肌が透けている (透けてるとやけにイヤらしく見えるのは何故だ)、
そのうえ。

(胸が・・・・・・・・・)

阿部は瞬時にして体が熱くなるのを感じた。

(やべ・・・・・・)
急いで目をそらしながら、これを他のヤツに見られてたまるかと焦る。
考えるより先に言葉が出た。

「おまえそれ脱げ!」
「・・・・・へ?」
「いいから早く脱げよ!!!」
「あ・・・はははい・・・・・」

三橋は何で阿部に怒られるのかわからなくておどおどしながらも
言われたとおり急いで着替えようとした。 が、例によってもたもたとはかどらない。
阿部はイライラした。

「やってやる!!!」
「はははい!」

乱暴にシャツのボタンを外して脱がせながら
状態がいっそう悪くなったことを阿部は自覚した。 さらにヤバいことになってしまった。
なので三橋の体を極力見ないようにと目を逸らしつつ
その辺にあったハンガーにシャツをかけてやりながら
「これ、後で着るなよ!」 と怒鳴った。

「へ?」
「多分乾かないから着るな!!」
「え・・・・・でも・・・・・」
「オレの貸してやるから!」

言った直後にまた自分が墓穴を掘ったことに気がつく。
でももうそんなことに構っている場合ですらなくなってきた。 だから、体が。

「オレちょっと走ってくる」
言うなり三橋に背を向けた。

「え!? ・・・・・雨降ってるよ。 阿部くん・・・・・・・」

びっくりしたように三橋が言うのを無視して外に飛び出した。
火照った体を雨で冷やしながら阿部は
「・・・・勘弁してくれ・・・・・・」  とつぶやいた。






○○○○○○○

しかしそんな特別(?)な事が起こらなくても
まもなく阿部は加速度的に宜しくない状態に陥っていった。

運動部というのは通常朝練がある。 放課後の部活もある。
必然的に1日に計4回も着替えなくてはならない。  そして大体皆同じ時間帯に来るから
他の人間の着替えの様子を見るのなんて当たり前すぎるくらい当たり前のことだ。
それすら阿部にとっては耐え難くなってしまった。

広くはない部室の中、至近距離に三橋の白い肌がチラつく。  うっかりすると肌どうしがぶつかる。
そのたびに微妙に体が熱を帯びてしまうのである。

それを平然とした顔をしながらやり過ごすことが毎日4回。
阿部でなくとも消耗するというものだ。
また三橋は着替えが遅い。
以前はイライラして手伝ってやることもあったが、それも拷問のようになってしまいそうでできなくなった。

それでも周りに誰かがいれば問題は起こらない。
一番まずいのは何かの拍子に2人きりになった時だ。
普通に話しているだけなのにふと首筋に目がいく。
それだけで噛み付いてやりたいような凶暴な衝動に駆られたりする。
(オレはサルかよ)  と阿部は自嘲するが
理屈で何をどうごまかしても体はごまかされてくれなくてどうしようもない。

多分、 と阿部は考える。

あの時怒りの勢いで三橋の肌 (通常なら触れないようなところ) に触れてしまったのがまずかった。
それにあの夢・・・・・・・・・

夢はもう全然ダメだった。
現実で抑え込んでいるせいか、あれ以来夢には毎晩のようにあられもない姿の三橋が登場する。
未明に飛び起きて下着を洗うハメになることもしばしばで、これがまたものすごくくたびれる。
阿部は自分が次第に疲弊していくのがわかったけど、
わかっていてもどうすることもできなかった。

そんな日々がしばらく続き、疲れ果てた阿部は必然的にある傾向に向かっていった。

つまり、三橋のことを避け始めたのだ。






○○○○○○○

最初は無意識だった。
気持ち距離を取る程度だったそれは、しかし次第にはっきりと意識したものへと変わっていった。
着替えの時間をずらしたり、2人きりになりそうになるとさっさとその場を離れたりする。
もちろん2人でいるのは心浮くことでもあったから、寂しい気持ちも少なからずあったのだけど、
そうすることによって楽になった部分のほうが大きかった。

阿部はそれにすがり付いた。

どんどん避けることが多くなって
ついには純粋な練習の時間帯以外はほとんど接触がなくなっていったのである。

そんな阿部の変化は でも、はたから見て目立つものではなかったので
部内のほとんどの人間が気付かなかった。 監督でさえも。
そんななか花井だけは気が付いた。
そして何がなし、釈然としないものを感じたものの取り立てて騒ぐほどのことでもないと思い、
花井ですら大して気にしてなかった。 つまり、それだけさり気ないレベルのものだった。

しかし。


ある日の昼休み阿部は 「今日オレ教室で食べる」 と言った。
理由を言わない阿部に花井は疑問を感じつつも、
そういう気分の日もあるさと その時点でもあまり深く考えずに流した。
が、翌日も、その翌日も阿部は屋上に来なかった。

ここに至ってさすがに変だなと花井は不審に思った。 変すぎる。
当然問い詰めたい気持ちが湧いたけど、何となく聞けない。 聞ける雰囲気じゃないからだ。
そうこうしているうちに、いつのまにか来ないのが当たり前になってしまった。

一度田島がズケっと
「阿部さぁ、最近なんで昼飯付き合わなくなったのー?」  とばっさり聞いたのだが
返事は 「何となく」 というにべもないものだった。
(その時田島は思い切り不満げな顔をしていた。)

そしてそれらの阿部の行動の変化に早い段階で気付き、
それによって一番深刻なダメージを受けたのは、

言うまでもなく三橋本人だった。













                                                      逃避-2 了

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                                                     そこまでしなくても。