オマケその3 (阿部サイド)







マジか、と思った。 すぐには信じられなかった。

だってついさっきまで、三橋が泣いたのはオレが抱き締めたせいだと
絶望の淵にいたのに、急転直下な展開に頭がついていけない。
数秒ぼけっと呆けてから我に返った。

空耳じゃなくて確かに言った。
「さっきしてくれたみたいに ぎゅって」 て言った。間違いない。
ぎゅっと手を握ったりはしてないし、つまりぎゅっとしていいのは体だ。
間違えてないはずだ、うん。
てことは 「気持ち悪くない」 てのは本当に本当なんだ。
疑っていたわけじゃないけど、もしかしたらオレに気を遣って無理してんじゃねーか
なんて後ろ向きなことも実はちらっと思った。 取り越し苦労だった良かった。

と安心すると同時に当然湧き上がる疑問があるわけで。

してほしいってそれって何でだろう。
もしかしてひょっとすると三橋もオレのこと好きで、だから

その可能性に舞い上がりかけたところで三橋が言った。 まるで答えるように。

「あ、あのね、オレ、兄弟、いないから」
「そ、そういうの 前から、憧れて て」

がくりと少し脱力した。 兄弟か。
オレのことおにーさんみたいに思ってるとか
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
いやいやそれはないだろう。 どっちかってーとおにーさんは
泉とか田島だろう。 それで言ったらオレは、

の後が出てこない。 わからない。
オレって三橋にとってどんなイメージなんだろう。
チームメイトで相棒、じゃなくてそういう立場的なものじゃなくて
イメージ的なものがオレとしては気になるわけで、正直お母さんとかお父さんはイヤだ。
オカーサンかおまえは、と時々泉に突っ込まれるのだって心外だ。
捕手として当然のことをしているまでだ。
おにーさんもやっぱ微妙だ。 つーか家族は勘弁してほしい。
いや嬉しくもあるけど悲しくもあるっつー複雑なとこで
将来的な家族なら全然OKむしろ大歓迎なんだけど、そうじゃなくて今の話だから。
親友、て感じでもないような気がするのが凹むとこだけど
以前に比べれば親密度は確実に増していると思うし、
そのうちただの相棒だけじゃなくなって親友とかにもなって
ゆくゆくは恋人になりたいわけで、つまり兄弟というのは想定外だった。 
三橋ってやっぱよくわかんねえ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・じゃなくて!!

今はそんなことをごちゃごちゃ考えている場合じゃない。
好きなやつに抱き締めてと頼まれてんだから抱き締めようそうしよう。

と 果てしなくどうでもいい寄り道事項から本道に戻ったはいいけど体が動かない。 なんでだ。
緊張してんのかオレ。 さっきだってやったんだから
でも今度のは本人が望んでいるわけでそれってオレにとっては凄いことで
でもオレのほうはヨコシマな気持ちでいっぱいなのに本当にしちゃっていいんだろうか
いやいやもちろんいいに決まってる。 要はバレなきゃいいんだ、よし!

決心してようやく一歩踏み出そうとしたところで。

「あ、でもやっぱいい、です。 ごめんね」

ちょっ・・・・・・・・!!
良くないからそれおまえが良くてもオレが良くないから今さらナシなんて言われても遅いから!
ぐずぐず考えてたのがマズかった。
これ以上本人がヤだって言い張って 「いや何が何でも抱き締めさせて」 とか言ったら
怪し過ぎるからもう聞かなかったことにしてさっさとやっちゃおう。

瞬時にそう判断したオレは三橋が全部言い終わる前に近寄った。
「忘れて」 とか何とか言いかけたようなのはもう無視して、躊躇わずにそうっと背中に手を回す。
ドキドキしていたはずなのに、温もりに触れた途端に手が勝手に動いてぎゅうっと締めていた。
体って正直だ。

じーんと幸せに浸る。

夢みたいだけど、夢じゃない。 神様ありがとう。
兄弟じゃなかったらもっと良かったけど、それでも嬉しい。
鼓動が速いのが伝わってるかもしんないけど三橋のも速いから気にしないことにする。
三橋も緊張してんだろうか。

いつか、兄弟でなく抱き締めて、三橋からも返してもらう日が来るといい

と思ったら不覚にも涙ぐみそうになった。
愛しいとか大事とか切ないとか苦しいとか
いろんな感情がごっちゃになって膨らんで行き場がなくて苦しい。

何で三橋なんだろう。 よりによってなんで。
相棒ってのもだけど、まず同性の壁が厚過ぎる。
でもじゃあ三橋が女の子だったらとか想像しても全然ピンと来ない。 
そもそも女の子だったら出会ってなかった。
三橋だから好きになったんだ。 きっといろんな障害も全部ひっくるめて。


いつか捨てなきゃならない想いなら

いっそ今


またそう掠めた。 さっきと同じだ。
体に触ると衝動が大きくなるのは何でだろう。

という疑問だの言うかやめるかだので高速で回りかけた脳内思考に
そこで急ブレーキがかかった。 真っ白になった。
三橋の頭が肩にことんと乗ったからだ。
これは一体なんのご褒美、じゃないむしろ拷問  どっちだよ!

思考がまとまらないうえに心臓の暴走具合が一気にハンパなくなったのは
嬉しいだけじゃなくもっと即物的な理由だった。 三橋の息が首筋に当たって。

ヤバいからマジで!!

時折夢に出てくる三橋はこんなふうに甘えてくれたりして
オレは当然抱き締めるだけじゃ済まなくて、
とその先の内容をうっかり思い出したのがヤバさに拍車をかけた。
言わんこっちゃない! 誰も言ってない! とか脳内で1人漫才したって収まらない。
体が言うこと聞いてくんない。
オレだって一応体の欲くらいは人並みにあって
その対象は悪いと思いつつもやっぱり三橋でその本人を抱き締めてて
息が首にかかって平静でいろってほうが土台無理だ無理なもんは無理なんだ悪いか!!

それでもオレはその後も少しの間、何とか抑えようと頑張った。
離したくなかったからだ。
けど努力は報われるどころが打ち砕かれる方向に速やかに進んで
もうごちゃごちゃ考えている余裕すらなくなった。 バレるとかの前に
押し倒したくてむずむずしてきて体が勝手に動きそうでヤバいヤバいヤバ過ぎる!

パニックになった  けど。


結局手はちゃんと理性の声に従ってくれた。
結構な精神力が要ったけど、何とかできた。
下半身を見られたらオシマイだからすかさず後ろを向いてホっとした、

のは束の間だった甘かった。

「あの、ごめんね、ごめんなさ・・・・」

なんでそうくる、と思ってから背を向けたせいだと気付いた。

「三橋、あのさ」
「ごめんなさい、 も、もう言わない から」
「・・・・・・・何でそんな謝んだよ」
「へ、変なこと 頼んで、 き、気持ちわる」

いや誤解だから!!!!

肩を掴んでそう怒鳴ってやりたい衝動を上回る大音量で
見られたらオシマイ! と理性が喚いた。
どうしてすぐにそういう卑屈な発想しやがるんだホントにまったくもう
投手でなかったらぶん殴ってる 等の文句はひとまず蹴っ飛ばして
とにかく誤解を解こうと焦るんだけど、その間にも下半身のほうが
どんどこひどくなっていくわけで自分が何言ってるのかも覚束なくてだから

どーすりゃいいんだこれ!!!

つくづく己の体が恨めしい。
三橋は真剣に凹んでるっぽいのにオレは別の意味でチョー焦ってる今の図って
どうなんだ笑うしかない。
とりあえず立ってるのすらキツくて前かがみの不自然な格好よりマシと
しゃがみこんだはいいけどあまりのマヌケさ加減に今度は自分をぶん殴りたくなった。

「あの、ぐ、具合 でも 悪く」
「5分!」

ヤケクソでさえぎった。
頼むから勝手に病気にしないでほしい。
とはいえ真実を知られるわけにもいかないから
咄嗟に自己申告した制限時間との闘いになった。
5分以上になると三橋が帰っちゃうような気がしたから必死だった。
このままじゃ追いかけることもできないってのが情けなさ過ぎる。
今日のことはずっと前からあれこれ考えて計画してシュミレートして
オレにとっても三橋にとっても楽しい時間にしたかったのに
途中で勃起したせいでおじゃんなんてアホみたいな顛末はぜってーイヤだ!!!!

そんなわけで死に物狂いで頑張って収めることに成功した時はホッとした。
というか脱力した。 疲れた。

けどやっとで軌道修正できたことだしと、こっそりとまた気を引き締めた。




その後は順調にいっしょに帰って順調に再度誘ったら。

「さっきのだけ、で充分、だよ!」

鼻血の出そうなことを目をきらきらさせて言いやがって
小躍りしそうな体を制したところでハタと気付いた。 
待て待て浮かれてる場合じゃない。
こんな調子で他のやつに、それこそもっと適任と思われる田島とか泉とか
ハマダとかにも頼むかもしれない。 それは絶対に、何が何でも阻止しないと!

「あんなんで良ければ、いつでもしてやっから」

そう前置きしてから

「その代わり他のヤツに頼むんじゃねーぜ?」

釘を刺したら、あっさりと頷いただけでなくまた目がキラキラして
ここでもじーんと幸せに浸った。 抱き締めていいのはオレだけだ。
焦った勢いの咄嗟の申し出だったけど、またできるかもってのは一石二鳥だった。
ナイスオレ!
不埒な下心が後ろめたいけどこの際それは棚上げする。
次はいつ頼まれるか、楽しみで仕方ない。
今度は今日みたいな怪しいことにならないようにしよう。
バレるのも困るけどそれ以前にかっこ悪すぎ。

うきうきとそんなことを考えてから
次の展開に進めないとこれで終わっちまうと思い出した。
まだいっしょにいたい。
口実が勉強しかないけど試験前だし、と内心のドキドキを隠して
さり気なく笑いかけてから言ってみる。

「・・・・・・今日さ、勉強みてやろうか?」

下心付きのその申し出にもキラキラと喜んでくれて、もっと嬉しくなった。
今日は本当にいい日だ。
この成り行きはもうプレゼントをあげたってよりオレが貰ったって感じだ。

いいのかなと疑問が湧いてしまったけど、三橋のきらきらがあんまり眩しかったんで
きっといいんだと思うことにする。
お返しにオレの誕生日にはまたオレから何かあげよう。
何がいいかな、と半年先に思いを馳せかけてから、気付いた。

その前に今年の夏こそは、最高の気持ちを味わわせてやりたい。

それがきっと三橋にとっては何よりのプレゼントだ。



ほんの微かな痛みと、間違いなくそれ以上の高揚を感じながら
オレはそう思った。











                                            オマケその3 了

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                                                  最後だけまともになった。