すれちがい-2





阿部に彼女ができてしばらく経った。

だからといって部活の何が変わるわけもなく(当然だが) 表面上は変わりのない練習が続いていた。
阿部と三橋のバッテリーもしかり。

でも実は2人の間の空気は微妙に変化していた。

今度は三橋のほうが、ほんの少しだけど阿部から離れてしまったのだ。
理科室での件が決して気のせいではなかった、 ということに阿部はすぐに気がついた。
そして複雑な気分になった。
今まで散々避けてきて勝手だとは思いつつ、やはり寂しさとか腹立たしさはどうしようもなく気持ちを苛んだ。
が、一方でホっとしたのも事実だ。
特に自分から避けなくても、練習で組む以外では三橋はもうあまり寄ってこない。

三橋と元通りになるために無理矢理 「お付き合い」 を始めた阿部だったが
今となってはそれももう意味がない  とまでは言わないけど、
阿部が努力しなければならない場面が減ってしまった。

(これでいいんだ。)

阿部は思った。
このまま自分は何とかして彼女を好きになって三橋を諦めて、最初の普通のバッテリーの関係に戻ればいい。
そんなことできるのかさっぱり自信はなかったけど。
とりあえず三橋との接触が減ったことで、心や体がざわざわする機会も減ったし、
そのうち全て上手くいくかもしれない。

理性でそう考えるものの阿部は心が疼く。

(この理性と感情のギャップもいつかはなくなっていくんだろうか・・・・・・・)

どうにも精彩を欠いた風景を眺めながら、阿部はぼんやりと考えた。








○○○○○○○

三橋が阿部と何となく微妙に距離を置いたのは完全に無意識だった。
阿部を見ると悲しくなる。 ので、必要な時以外は寄らなくなった。
もちろんバッテリーである以上、話さなければならないことは山ほどあったけど。
野球のことに関しては、何より大事なことだけに何とか感情に蓋をしていられた。
でもその悲しみの理由については三橋は相変わらず
突き詰めて考えることをしなかった。
深く考えずに、 (取られたみたいで寂しいのかな)  と自分なりに結論づけていた。
正しく言えばそう思い込もうと努力していた。  もちろん本人は自覚していなかったけど。




そんなある日。


部活終了後、皆と別れてから三橋は自分が鍵当番だったことを思い出した。
うっかり忘れていて、閉めていない。
なので部室に戻り鍵を閉め、再び今度は1人で帰路についた。
そこで三橋はもうとっくに帰ったはずの阿部と会ってしまった。
正確には 「見て」 しまった。

阿部は女の子といっしょに歩いていた。
こちらには気付いていない。
おそらくどこかに寄ったか何かして、偶然時間がかち合ってしまったのだろう。
2人で肩を並べて歩いている。

2人の姿を見た瞬間三橋は凍りついた。
ぴたりと立ち止まったきり、足が麻痺したように動けない。
わかっていたはずの現実を実際に目の当たりにして、
三橋は自分が全然わかっていなかったことに気がついた。

胸が痛い。

見たくない、  と思う。   なのに目を逸らすことができない。

その時阿部が彼女のほうを向いて何か言いながら少し笑った。

それを見た刹那。


三橋が思ったことは。






『阿部くんの隣のあの場所に』






『自分がいたい』







それはほんの一瞬だったけど強烈な想いだった。
そして間違いようのない本音だった。

三橋は阿部に対する自分の本当の気持ちを、その瞬間に悟った。


それこそ雷に打たれるように。







元々三橋は阿部が大好きだった。

でもそれは、阿部が初めて自分の努力を認めてくれ、
投手として必要としてくれたからだと、今の今まで思っていた。
だから阿部が自分の球を受けてくれて、部以外のところでも普通に接してくれるだけで
充分満足して幸せでいられる、それ以上のことは望んでいないと思い込んでいたのだ。

でもそれは間違いだった。
単に自分の本音に蓋をして見ないようにしていただけに過ぎないということを、
この段階になって初めて唐突に思い知った。

本当は野球のうえだけでなく、友達でいるだけでなく
阿部にとって誰よりも大事な、 「特別」 な存在になりたかった。

そんな本音を心の最奥に押し込んで鍵をかけて、ないことにしてやってきたのは
三橋自身は気付いてなかったけど、そこまで望む自分が許せなかったのと (贅沢すぎる)
絶対にかなうわけがないという大前提があるからだ。
阿部に恋人ができなければ、もしかしたら卒業までずっと気付かずにいられたかもしれない。


でも気付いてしまった。

同時に失恋してしまった。



三橋は遠ざかる2人の背中を見つめながら呆然と立ち尽くしていた。
ただひとつ考えていたのは
(ひとりになるまでは泣くまい)  ということだった。







○○○○○○○

どうやって家に帰ったかもよく覚えていない。
自分が母親と普通にしゃべれているのも不思議だった。

夜部屋で1人になってから三橋はいつかの昼休みの会話を思い出した。

『三橋に好きな子できたら協力してやるよ』  

脳裏にその時の阿部の言葉が蘇る。

(オレは阿部くんが幸せになったことを喜んであげるべきなのに)

そうできない自分は何てイヤなやつだと思う。

でも好きになってしまっていた。
いつのまにか、   こんなにも。


(明日になったら)     と三橋は思った。
(ちゃんと元の自分に戻るんだ)

そしてちゃんと、阿部くんの幸せを喜んであげるんだ   と何度も何度も自分に言い聞かせた。



それからようやく三橋は




思う存分泣いた。













                                                           すれちがい-2 了

                                                            SSTOPへ