水面下-2





花井は最近げんなりしている。
原因はクラスメート兼チームメイトの男である。

阿部って本当にわかりやすい、 と花井は思う。

(いやわかりやすいのは三橋の件だけか。)
(・・・・・・多分本人はわかってねぇんだろうけど。)

しばらくゾンビみたいな顔をしていたのにある日を境にいきなり
ピカピカになりやがってよ、 と花井は内心呆れたのだが。
裏腹に、どうやら何とかなったらしい2人の様子に心から 良かった とも思った。





阿部は毎日これ以上ないってくらい力いっぱい上機嫌だった。
カケラも期待してなかった、絶対ダメだと思い込んでいた想いがかなったのだ。
卒業まで (ヘタするとそれ以降も) ずっと片思いでいる覚悟でいたのだから
冷静でいろというほうが無理な話で。

浮かれまくっていることを自覚して、それなりに自重してはいるものの、
幸せオーラというものは本人の意思に関係なくにじみ出るもので
気の毒な花井はそれであてられまくったわけだけど、
それすら阿部は気付かなかった。 (もっとも気付いたところで気にしなかっただろうが)





阿部はゲンキンにも一転して2人きりになるチャンスを作るようになった。
三橋の柔らかい唇に触れたくて堪らない。
周りに人がいないと引き寄せたくなる。
うっかりすると、誰かいてもしたくなって我慢するのに一苦労だ。

三橋は赤くなりながらも抵抗しないし
もっともっとという要求は増すばかりだ。
と思いながらも、三橋の不慣れな様子ではいきなり進展するのも無理な話で
結局はキスどまり (それも軽いやつ) なのであるが。
それは阿部にとってはかなりの自制心を要することだったけど
衝動に任せて突っ走って、三橋を怯えさせたり泣かせたりするのは嫌だった。
それに阿部も経験豊富というわけでは決してなかったから、
それだけで天にも昇るくらい幸せでいられた。


しばらくの間は。









○○○○○○

人間というのは叶わないでいる間はそれを切望しつつ
「こうできればそれだけで満足」 と思う。
けど手に入ってしばらくすると、僥倖と思えたそれが当たり前になり
さらにもっと、という要求を持つようになるものだ。 大抵の人間は。

阿部はその 「大抵の人間」 だったのでしばらく経つと
まさにそういう欲求不満状態になってきた。
この場合正確に言えば、不満というより不安になってきた。

何がというと、三橋の気持ちがいまひとつよくわからなくなってきたのだ。

最初は自分と同じと思って有頂天になった。
だけど。

腕を掴むと大人しくこっちを向くしキスも嫌がらずに受けてくれる。
でもそれだけだ。
自分からしてくることはない。
いっしょにいたいと何かと隠れた努力をしているのも阿部のほうだけで
三橋は以前と何ら変ったところはない。

一時のぼーっとした変な様子はなくなったから
あれは実は自分のせいだったんじゃないかと思う。
でもそれだけじゃ不安だった。
もっと、欲しい。   確証が。   自分を好きだという証拠が欲しい。


聞けばいいんだけど、 と阿部は思う。

思いながらもどうしても聞けずにいた。

以前一度思い余って聞こうとして、ハタと嫌なことを考えてしまったのだ。
それは自分と三橋の、野球の上での位置づけだった。
阿部は三橋が捕手としての自分をものすごく必要としていることをよくわかっていた。
だからもしかして。
捕手を失いたくない一心で自分に付き合っているのかもしれないという考えが
ふいに頭を掠めてしまったのだ。
そう考えた途端に愕然として、結局その時は聞けずに終わってしまった。

後から落ち着いて考えても、それはすごくありそうなことに思えた。
断ったら自分が球を受けてくれなくなるかもしれないと、
三橋が思った可能性は充分にある。

そして一度そう疑ってしまって以来、どうしてもその後ろ向きな発想を捨てきれずにいた。

本当はイヤなんだけど我慢している、 なんて
普通の人間ならやりそうもないことだけど三橋ならやりかねない。

(あいつすげー我慢強いから・・・・・・・・)

その恐れがある以上 「オレのこと好き?」 と聞くことはできなかった。
仮に好きだと言われてもどこかで疑ってしまうであろうことが目に見えていたからだ。
もっとはっきりと突っ込んで聞けば、 とも思いつつ
それでも正直に言うかどうか怪しい、という危惧と  それ以上に
それによってやっぱり違っていた、という最悪な結果になってしまったらと思うと
情けないと自覚しながらもどうしても聞けずにいた。
一度手に入れた、と思ったものをまた失うのは
手に入らないで我慢するよりもっと耐えられない気がした。


阿部は三橋にはっきりとわかるような行動をとってほしかった。
自分がそういう意味で好かれている、と安心できるような何かを。


その前に一番大事なことを自分の方こそ忘れていることに、
阿部は気付けないでいた。











                                             水面下-2 了

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