オマケ





今日は何だか妙に嬉しそうだなという朝一番の印象は当たった。
部室に入ってきた三橋は、泉を見るなり駆け寄ってきて挨拶をすっ飛ばして
「泉くん、ありがとう!」 と告げ、その顔は感謝だけでなく
お腹いっぱいの子供のような満足感に満ちていた。

は? と首を傾げたのは御礼の理由がわからなかったからだ。
それほどに感謝されるようなことをした覚えはない。
けれど悩むヒマはなく、次いで弾んだ声で言われて思い当たった。

「阿部くん、喜んで くれた!」

そういえば誕生日は11日、つまり昨日だったと合点がいったはいいが
泉は驚きのあまり束の間呆けた。
ということは。

「・・・・・・・もしかして三橋」
「え?」
「・・・・・・・カルシウムあげたんか?!」
「うん!」

マジか、と出掛かった言葉はきらめくような笑顔の前では
呑み込まないわけにはいかなかった。
相談されて答えたのは自分だ、もちろん覚えている。
けどあれは実は冗談でした、などと言えるわけがない。
まさか本当にそれにするとは予想外で、少し慌てた。

「阿部、喜んだ・・・・・?」
「うんっ」

屈託のない顔にひとまず安心はしたものの、内心で唸った。
一歩間違えれば阿部の怒りを買いかねず、でも三橋の表情からすると
大丈夫だったらしいのは何故だろうと考えていると、三橋はふと真顔になった。

「でも阿部くん、カルシウム足りてなくない、って」
「・・・・・・・ふーん」
「意味、泉くんに聞けって言われた んだけど」

ああそういうこと、とおぼろげに成り行きの想像がついた。
つまりそれは阿部の怒りの矛先が正しく己に向かうことを意味するわけだが、
別にだからといって焦りはなかった。
一番不本意なのは悪気のない三橋が怒られることだったから
そうならなかったことへの安堵のほうが勝つ。

「あー、カルシウムの意味はな・・・・・」
「うん」

さてなんと言ったものかと思案した。
この様子では説明したところで、きょとんとされるのがオチだろう。
小首を傾げて待っている三橋は何かに似ている、とどうでもいい連想をしながら
泉はきっぱりと言い切った。

「特にない!」

へ? と三橋の口がひし形になるのは予想済みだったとはいえ、
流石にこれはないかと掠めた時にちょうど話題の本人が入ってきた。
タイミングがいいのか悪いのか微妙なところだが、三橋の注意が逸れたのは助かった。

「あ、阿部くん、おはよう!」
「うーっす」
「・・・・・・はよ」

阿部はそこで泉に顔を向けて 「おはよう泉」 とわざとらしく名指しで挨拶した。
その笑顔に禍々しいナニかが漂ったのは目の錯覚ではないだろうけど
もちろんそんなことに臆する泉ではない。

「阿部、昨日誕生日だっけな。 1日遅れたけどおめでとう」

しらっと言ってからにっこりと笑ってみせれば、
阿部も負けじと黒い笑みを深くして双方でにこにこと笑いあう。
けれど傍らで見ている三橋が2人の雰囲気から何かを察したのか
半分とまどっていることに、そこで泉は気付いた。
三橋は人の感情の機微に聡いのだと思い出して、諸々の含みを素早く引っ込めた。

三橋の前で言い争いめいた会話でもしようものなら
「オレのせいだ」 という斜め下方向の結論を出しかねないからで、
それは兄貴分としての矜持にかかわる。
我ながら大人だぜ、と満足しつつそんな気遣いとは無縁そうな相手を見やると、
意外にも阿部の不穏なオーラもなりを潜めていた。
正直へえと思ったが、そんな泉には頓着せずに阿部は三橋に話しかけた。
それはもう晴れやかな顔と声で。

「三橋昨日のな、さっそく今朝から呑んでんだ」
「うお」
「おかげでいつもより快調な気がすんぜ」
「おお」

三橋の顔がきらきらと眩しい。 阿部の顔は恥ずかしい。
同じ表情でどうしてこうも印象が違うのかと突っ込みたくなるのはさて置き、
2人の周囲に花と蝶が舞っているのが本気で見えて
泉は思わずぱちぱちと瞬きをした。

「ところで今日のメニューなんだけどさ」
「うん!」

阿部は練習内容の打ち合わせに入りながら
一瞬ちらりと意味ありげな視線を送って寄越してきた。
それでなくても疎外感を覚えていたところに、さながら仲良しをアピールされたようで
カチンときた泉だったが、直後になんとも複雑な気分になった。
ムカつきや呆れ、だけではなく不本意ながら微笑ましさや何がなしの感心と、それから。

(・・・・・・・そうかオレ・・・・・)

今さら自覚する。 本当はわかっていた。
すぐに怒鳴るところを直せと腹立たしく感じることも多いけど、
阿部が三橋にいつも真剣に心を砕いていることも
見た目と要領が悪いだけで本当はいい奴だってことも、
当の三橋がつまるところ、そんな表層部分になど囚われないことだって全部。

(なんかオレって)

バカみてーじゃん? と少しげっそりした。
目の前の2人を見れば揃って頬など染めて話し込んでいる様は
具体的な内容さえ聞こえなければあらぬ想像までできそうで、心底アホらしくなった。

(ったくこっ恥ずかしいっつの・・・・・・)

ふんと鼻を鳴らしてからくるりと踵を返してドアを開けると
ちょうど今来たらしい水谷と鉢合わせした。

「おー水谷、はよっ」
「おはよ・・・・・・泉どしたん?」

なにが? という疑問が顔に出たのだろう、水谷はへらりと笑いながら答えてくれた。

「なんかすっごく嬉しそうだけど」

バカ言ってんじゃねーーー! という叫びは声には出さなかったので
後ろで睦まじげに話しているバッテリーの邪魔になることはなかった。










                                            オマケ 了

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                                              要は三橋が良けりゃいい泉くん (だといいな)