シンクロ
| マウンドの上に1人で立っている。 周りには確かにチームメイトたちがいるはずなのになぜか誰の姿も見えない。 バッターが構えている。 投げなければならない。 サインは示されない。 (投げなきゃ・・・・・・・) 手が重い。 腕が上がらない。 でも投げるしかない。 振りかぶって、 投げれた、 とホっとした途端に、打たれてしまう。 平凡な外野フライだ。 なのにボールが落ちるところには誰もいない。 ランナーが回る。 点が入る。 冷や汗が出る。 どこかで 「ピッチャー交代しろ!」 という怒声が聞こえる。 頭が真っ白になって、涙まで出てくる。 自己嫌悪と恐怖と絶望感で吐き気がする。 いつのまにか辺りは真っ暗でもう何にも見えない。 本当のひとりぼっち。 (これは夢だ。) (いつも見る夢だ。) その時、 「三橋!」 声がした。 (この声は知っている) まだちょっと怖いけど温かい声。 「おまえの場所はこっちだろ!」 同じ声とともに暗闇から手が伸びてきた。 自分の震える手をその手に向けて伸ばしてみる。 届かない。 「と、届かないよ・・・・・・・・」 「届くってば!」 あの手を掴みたいのに、あと一歩で掴めるのに足が動かない。 ぐずぐずしてたら消えてしまう。 消えないで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ****** 泣きながら目が覚めた。 心臓がばくばくしている。汗びっしょりで気持ち悪い。 この夢を見たのは久し振りだった。 かつてしょっちゅう見ていた悪夢。 でもいつもと違うことが一つあった。 あの声。 それに伸ばされた手。 (そうだオレ。) (今はもうあそこにいていいんだ・・・・・・・・・・) 安堵のため息が出た。 心の底から湧き上がるほわほわしたものをゆっくりと抱えるように体を丸める。 大事にしたい、絶対に、失いたくないもの。 (でも夢の中で掴めなかったな・・・・・) 「廉!!」 母親の声が聞こえた。 「あんた起きてる?! 今自転車壊れてんじゃないの?」 という声に時計を見るや 夢の残像も安堵感も一気に吹き飛んで支度するべく飛び起きた。 ○○○○○○ 「車で送ってあげようか?」 という母親の提案を断って三橋は家を飛び出した。 急げば多分朝練に間に合う。 もうすぐ学校というところで、よろよろと走っている三橋の背中を誰かが ぽんと叩いた。 「はよ!」 「あ・・べ・・・・くん。 ・・・・・・おはよ・・う」 挨拶するのも大分慣れたとはいえ、 まだぎこちない三橋に頓着することなく阿部は速度を落として隣に並んだ。 「おまえも寝坊かよ。」 「う、うん。 阿部くんは・・・・・珍しい、ね。 遅れるの・・・・・」 「あーちょっと夢見が悪くて」 「・・・・・阿部、くん も?」 「も? てことはおまえもか?」 「う・・・ん。 まぁ・・・・・・・」 「どんな夢?」 ごにょごにょと三橋は言葉を濁した。 夢の内容を話す気にはなれなかった。 前半は暗いし最後は調子に乗りすぎているから。 そんな三橋を横目で見つつ特に聞き直すこともせずに阿部は言葉を続けた。 「オレのは忘れちゃった。 何かすんげーイライラする夢だったのは覚えているんだけどさ。」 それから微妙に変な顔で三橋の腹のあたりをじーっと見た。 正確には腹じゃなくて右手を見ていたのだが。 じいいいいぃ。 「・・・・・?? 阿部くん?」 「何か今思い出せそうな気が・・・・・したんだけどな・・・・・・手がさ」 「て?」 「手が出てきたような・・・・・・」 「・・・・・・・・・。」 「ダメだな。 ま、いいや。 おら三橋、スパートかけっぞ」 すぱっと切り替えた阿部はそう言うやいなや、 三橋の右手をぐっと掴んでダッシュを開始した。 唐突に引っ張られた三橋は例のごとく 「うぇ」 とか何とか意味不明な声を発しつつも、 思わず自分の右手を信じられない気持ちで見つめた。 しっかりと阿部に掴まれている、 自分の手。 (・・・・夢の続き、みたいだ・・・・・・) またほわほわしたあったかいものが胸に満ちてくる。 (今度同じ夢を見たら) 自分から掴めそうな気がする。 と、ぼんやり思いながら阿部に置いていかれないようにと、 走る足に力を込めた。 シンクロ 了 SSTOPへ |