食欲の代償 W・D編





「ご・・・・ごめ・・・・・・んなさい・・・・・・・」

垂れ下がった耳と尻尾が見える。
犬だったら間違いなくそうなっているだろう。
・・・・・というくらい三橋はうなだれきって阿部の前に正座していた。

思わずしょげる犬ころを想像してしまって苦笑した阿部は
「まぁいいけどさ・・・・・・・」
とつぶやいた。
本音を言えば全然良くない。
今日は大分前から楽しみにしていたし、何とラッキーなことに
親も弟もそれぞれの用事で夜遅くまで帰宅しない。 絶好のチャンスだった。

でも別にそれだけが目的じゃないし、いっしょに過ごせるだけで充分幸せなのも事実だ。
完璧に充分・・・かどうかは若い体ゆえに疑問であるワケだけど。
でももう仕方ないもんはぐだぐだ言っても仕方ないのである。
むしろそうすることによって必要以上に三橋が落ち込むことのほうが問題だ。

なので阿部は残念至極な気持ちに蓋をして
「気にすんなよ。」 とにっこり笑った。
多少引きつった笑顔になったかもしれないけど、それくらいは大目に見てほしい。

「それよりおまえ大丈夫か? 薬のむ?」
「う・・・・いい・・・・・ダイジョブ・・・・・・」

言いながら三橋の顔色は依然として悪い。
加えて大丈夫じゃない証拠に言い終わるやいなやまた立ちあがって
「ちょっと・・・・ごめ・・・・・・・」 とかごにょごにょ言いながら部屋を出て行ってしまった。

そんな三橋の背を見送りながら阿部はやれやれとため息をついて、
それから薬を出してやるために立ち上がった。










○○○○○○○

「おっはよー!阿部!!」

翌日のそのそと学校までの道を歩いていた阿部の耳にいつも元気過ぎるくらい元気な声が襲った。
声の主は確認するまでもない。
あっというまに追いついた田島は阿部の顔を見るなり
「あれ?」
と変な顔をした。

「何だよ」
「元気ないじゃん! 阿部!」
「そんなことねぇよ。」
「いや、今日はもっと元気なはずなんだ!」
「・・・・・・は?・・・・・何で。」
「だって昨日はホワイトデーだったじゃん!」
「・・・・・・? それがオレの元気とどう関係すんだよ。」
「おまえ昨日三橋をお持ち帰りしたじゃん!!」
「・・・・・・・・。」
「チョコのお返しあげたんだろ?」
「・・・・・・まぁそりゃ・・・・」
「でもってお返しのお返しも貰ったんだろ!?  カラダで!」
「!!・・・・・・・・。」
「だからもっとミチタリた顔してるはずだ!!」

(こ、こいつ・・・・・・・・・・
 いっつも思うけどこいつには羞恥心ってモンはねぇのかよ・・・・・・・・)

阿部は朝からぐったりした。

「なぁなぁどうだった?」

まだ言うか。
阿部はやけくそになってきた。
普段なら軽く流すこのテの話題に乗ってやる気になったのは、
やはりどこかでそれなりに忌々しく思っていたのかもしれない。

「・・・・・できなかった。」
「へ?」
「なんもできなかった。」
「何で〜?」
「・・・・・・・・・。」
「わかった! お返しに不満でこれだけじゃ許してやんない!とか」
「そういう性格じゃねえだろあいつは」
「だよな!!」
「・・・・・・・・。」
「じゃあ何でさ!」

田島はあくまでも聞き出そうとする。 やけにハイテンションだ。 いつもだけど今日は特に。
(何かいいことでもあったんじゃねえか・・・・・・・)
と阿部は思ったけどそれを聞く気にもなれず、まだやけくそな気分のまま言った。

「その逆」
「逆?」
「好きなもん何でも好きなだけ買ってやるっつったら」
「へえ〜〜阿部太っ腹・・・・・」
「最初は遠慮してたんだけど」
「あいつらしいな・・・」
「でも結局あれもこれもってたくさん買って、」
「三橋、食うの好きだもんな!」
「食いすぎてハラ壊した。」
「・・・・・・・・・。」
「それも思い切り。」
「・・・・・・・・・。」
「だからできなかった。」

次の瞬間田島の爆笑が響き渡って阿部は即行で教えたことを後悔した。
もちろんすぐに黙らせたけど。 暴力的に。
しかし田島はまだひーひーと苦しげだ。

「お・・・・・男同士って大変だな・・・・・・・」

言いながらしつこく腹のあたりがひくひくしている。

「くそっ・・・・・」

阿部はこっそり田島に毒づきながら

来年は普通にいっこしか買ってやんねぇからな三橋!!

と心の中で宣言したのだった。












                                     食欲の代償 W・D編  了(オマケ

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                                               すみませんでした・・・・m(__)m