食欲の代償





今日の朝練はもちろんいつもと同じような風景だったけど、
でも微妙にちょっとだけ違っていた。
皆何となくそわそわしている。
なぜかというと、

今日はバレンタインデーだからだ。

野球に明け暮れる毎日でそのことに不満なんてないけど。
だけど当たり前だけど全員間違いなくお年頃なワケで。
バレンタインデーに女の子からチョコ貰えるか とか
すでに恋人がいるやつは 相手から貰えるか  とかが気になるのは
いたしかたないと思うんである。 やっぱりな。









○○○○○○

休み時間にトイレに行った帰りにその光景が目に入って、オレはちょっと驚いた。
三橋が廊下にいる。それだけなら別に当たり前だけど。
傍に女の子がいる。  しかも。
その子がチョコを渡している。

三橋でも女の子から貰うんだな   と考えるのは随分失礼だとわかってはいるけど。
でも三橋ってあんまり女にもてるタイプじゃねぇだろ。 ズケっと言っちゃうと。
実際付き合ってんのオトコだし。
や、アレはまぁお互いホモとかじゃなくてもう必然って感じだけどな。
あぁでもあのあっけらかんとした渡し方は義理か。
それとも意外と本命だったりして。
母性本能刺激されるわーvなんて子も案外いるのかもしれない。 うん、それならわかる。

なんてことをぼんやり考えながら見るともなしに見ていたら、背中のあたりがぞわぞわした。

(・・・・・・・ヤな予感・・・・・・・・)

そっと後ろを振り向いたら案の定阿部がいた。
少し離れたところでじっと三橋と女の子を見ている。 
おおこぇ。 すっげー目してんぞ。 多分本人わかってねぇんだろうけど。
あいつが嫉妬深いっての三橋は知らねぇのかな。
三橋って自分に自信なさそうだしな・・・・・・・。
自分にそんな価値ない、とか勝手に思い込んでいそうだぜ。

そのうち三橋は (阿部の視線に気づくことなく) 教室に引っ込んだ。 女の子もどっかに行った。
はあ、  とオレは小さくため息をついた。 
何でオレがあいつらのことで気を揉まなきゃなんねぇんだ。 まぁいつものことだけど。

でもさ。
阿部は結構貰うだろ。 何でかわかんねえけどタレ目のくせにもてやがるから。
オレのほうがずっといい男なのになぁくそ。
や、オレもそれなりに貰うけどな!

と思ってその時点では、全然同情なんてしてなかった。



次の休み時間、阿部は 「ちょっとだけいい?」 とか別のクラスの女子に呼び出されている。

(ちぇ。 ほーらな)
と内心でぼやいたところで  「良くない。」  という阿部の声が聞こえた。 
思わず振り向いて見てしまった。  女子は困っている。

「私の友達がそこで待ってるんだけど・・・・・・」   

つまりその子は仲介らしい。

「今忙しいから。」

阿部はにべもない。  冷たいヤツ。

「そんなこと言わずにチョコだけ受け取ってあげてよ」

おぉ食い下がっている。  女の友情だ、  と感心するも当の阿部は。

「わりぃけど」

阿部があくまでも素っ気無いんで、その子は結局諦めて出て行った。

(はー・・・・。  三橋がいるからな。 今の本命ぽいしな。)
ふぅん、 とオレは今度は少し感心した。

けどそれだけじゃなかった。
クラスの皆に配って歩いている 「明らかな義理」 チョコまで阿部は断った。
「えー阿部くーん、義理だよぉ」  と笑う女子に向かってあいつは
「わかってっけど。 でも彼女にわりぃから。」  と言いやがった。 それも平然と。
「きゃあぁ〜〜〜vv」
と黄色い声をあげたのは周りにいた女どもだけど。
ほぼ同時にオレも思わず心の中で 「ぎゃあぁ〜」 と叫んでしまった。

(はははは恥ずかしいヤツ・・・・・てか「彼女」と違うだろおい。)

いや突っ込むべきはそこじゃなくて。

(・・・・・・・・・そこまで義理立てする・・・・・のか・・・・・・・)
しかも三橋のほうは受け取ってんのに。 さっき見てたのに。

「はぁ〜〜〜・・・・・」

あいつ、偉いな・・・・・・。  というか。
それだけ惚れてんだな・・・・・・・。 知ってるけど。  それにしてもな。
いやでもまずいぞ。
このままでいくと阿部の機嫌が底なしに悪く・・・・・・・・・・


そこまで考えてオレは慌ててこっそりと三橋のクラスに向かった。
三橋は幸い1人だった。

「おい三橋!!」
「あ・・・・・花井くん?」
「おまえさ、今日阿部にチョコ持ってきてるよな!」
「え・・・・・・」

三橋は赤くなった。  あれ? オレが知っていることこいつ知ってたっけ。
知らなかったかな。 まぁいいや。 今さらだろ。
赤面しておろおろしている三橋にもう単刀直入に言うことにする。

「あのさ、なるべく早く渡してやれよな。」
「・・・・・・え・・・・・・」
「そうしないとオレが被害を、あ、いやとにかくさ。」

その時三橋がすごく困った顔をした。   まさか。

「持ってきてねえの・・・・?」
「・・・よ・・・用意は・・・・・・した・・んだけど・・・・・」
「けど?」
「・・・・忘れてきて・・・・・・・」
(何ですとぉ!!??!)

思わずまじまじとその、ぽやんとした童顔を凝視してしまった。

「じゃあ、いつ渡すんだよ!!」
「・・・・いつ渡そう・・・・・・」
(こ、こ、このやろう・・・・・・・・・)

今日部活サボろうかなと思いながらオレは阿部に少し、いやかなり同情してしまった。









○○○○○○○

そんなことがあったんで、今日は必要事項以外は阿部と話さないようにしようと思って
実際そうしていたんだけど。
放課後の練習前の部室で、さらに阿部のフキゲンに拍車をかけるような事態が起こってしまった。

泉のバカヤロが。
三橋のバッグに足を引っ掛けてすっ転んで、それだけならいいけど (いやよくないけど)
中身を派手にぶちまけた。  それが。
結構な数のチョコだったりして。

「おー三橋すげえな!!」

栄口が騒いでる。
(おま少しは阿部に気ぃ使えよ!! おまえはあいつらの仲知ってんだろが!)

珍しくオレは阿部寄りのことを考えてしまった。 だってさ。
結局みーんな断って多分あいつは一個も貰ってない。

「あー三橋って甘いもん好きだからって女子が面白がってあげてた。」

よし! 田島ナイスフォロー!! (本人フォローのつもりじゃねぇだろうけど。)

「案外紛れて本命もあるんじゃない?」

バカ泉! 変なこと言うんじゃねえ!

三橋がおろおろしながら (もちろん泉も手伝って) 散らばった物をバッグに押し込みながら
ちらりと阿部を見たのをオレは見逃さなかった。
ふーん。 一応少しはわかってんのかね。

オレは阿部のほうを見る勇気は出なかった。 どんな顔してんのか容易に想像がつくし。
てかそっち方向の空気冷たいし。   どうして皆気が付かないんだ。
あーもうオレってホント損な性分だよなぁ・・・・・・・。







○○○○○○○

練習中もオレはなるべく阿部とは離れていたんだけど。
なぜか最後のダウンのとき阿部と組んじゃった。
だってその時なんでかわかんねぇけど隣にいるんだもんな。
仕方なくもくもくとやってたら。

「花井さ」
「何だよ。」
「今日オレのこと避けてねぇか?」

う、 とオレが詰まってたら。

「三橋ってさ。」
「・・・・・・・・。」   オレ何も聞いてないぜ・・・・・。
「甘いもん好きじゃん。」
「・・・・・・・・。」   だから聞いてねぇって。
「そんで去年オレの貰ったチョコ全部食って、」
「はぁ」
「ハラ壊したんだ。」
「・・・・・へえ・・・・」

あ、そゆこと・・・・・・・・・・。
でもさ。
おまえがチョコ受け取らないのってそんだけじゃねぇだろ絶対。
それに。
顔がすっげー怖いんですけど。  わかってます?阿部さん。

とか思ったけど、もちろんオレは突っ込まなかった。  触らぬ神に祟りなし。






そんな感じだったんで練習が終わった後の部室で、田島の
「へえ、今日三橋んち親いないんだ!」 という声が聞こえたとき、速やかに傍に移動した。

「じゃあさ! オレ今日三橋んちに遊びに、ぶ!!!」

オレに口を塞がれた田島はもごもご言いながら暴れてたけど
そのまま力任せに引きずって三橋から引き離した。
三橋がびっくりした顔してるけど(ついでに周りの連中も)、この際そんなことより部員の命のが大事だ。

「な、何すんだよ花井!」
「やめとけ田島。」
「は?」
「命が惜しかったら今日はやめとけ、 な!?」

耳元でこっそり囁きながらちらっと阿部を見た。  田島もそれで察したらしい。
「あー・・・・」 とつぶやいてそれから 「わかったよ。」 と諦めた。  よしっと。


そしてもちろん、あったりまえみたいな顔をして阿部は三橋といっしょに帰っていった。
やれやれ。  あぁ疲れた。

でも2人を見送りながら、明日三橋のヤツ朝練に出てこれるかなとオレは少し心配になった。









○○○○○○○

本気で来られないんじゃないかとオレは考えてたんで
翌日の朝三橋の姿を見たときは 「へえ」 と思った。
そんで、阿部もちっとは大人になったのかなとか見直しかけたのに。

三橋は 明 ら か に 具 合 が 悪 そ う だった。
そんな三橋にびったり張り付いて、いつも以上にあれこれ世話を焼いている男のほうは
明 ら か に つ や つ や した顔をしていた。

あーあ。
今日は上機嫌だな、阿部。

オレは今度は三橋に少し同情した。

けど。

ま、半分くらいは自業自得ってやつかもしれねぇな。

・・・・・・・・・とも思った。













                                                  食欲の代償 了(オマケ

                                                    SSTOPへ














                                                     何回やったんだ。