閃光





轟音とともに雷が落ちた。 かなり近い。
三橋がびくっとして飛び上がった。

雷、怖いんかな・・・・・・・・・・・

でもそれも無理もない、ってくらい外はすごいことになっている。
文字どおりシャワーみたいな強い雨、とおまけに風。
加えて時々びかりと光っては大して間隔も置かず響き渡る雷鳴の音。
普通の雨なら少しくらい濡れても構わずに帰るところだけど
さすがにこれはちょっと・・・・・・と躊躇してしまうくらいの凄まじさだ。

部室の中には帰るに帰れなくなってしまったオレと三橋。
真っ黒な雷雲のせいで部屋の中も暗い。
オレは息苦しくなって 「電気つけるぞ」 と言いながら立ち上がった。

明るくなって少しホっとする。

薄暗い中で三橋と2人きり、で閉じ込められて オレの理性の糸はさっきから
どんどん頼りなくなってきている。
明るい光の中ならまだ大丈夫、切れない、ような気がする。
てかそうでなきゃ困る。
オレのこの想いは今までもずっと隠してきたし、これからもぶつける気はねぇんだ。 多分。
(多分、てとこが我ながら情けない。)

なのに。

ひときわ大きい雷鳴とともに、ぷつりと、電気が消えて部室の中には闇が落ちた。

「ひあぁ」

三橋が弱々しい悲鳴をあげた。

僅かな間でも明るかった分さっきより余計に暗く感じる。
停電なんて滅多に起きないことがなぜよりによって今、とオレは心底恨めしく思った。 けど。
ぐだぐだ言っても仕方ないので諦めてせめて三橋からできるだけ遠い場所まで
さりげなく移動して腰をおろした。

「・・・・・・やまねぇな・・・・・・・・」

気を紛らわせようと言ってみるけど、三橋はもうすっかり青い顔をして小さくなっている。
やっぱり怖いんだな・・・・・・・・・・

そんな三橋から目を逸らして塗り込めるような雨音を聞いていると
何だか夢の中にいるような気がしてくる。
薄暗い中聞こえるのは雨と風の音ばかり。
時折暴力的な閃光がひらめき凄まじい音が響き渡り、
刹那白と黒のモノクロの世界になる。
妙に現実感がなくてしっかりした意識が散漫になっていく。
代わりに浮上してくるのは普段ひた隠しにしている感情のほう。
怯えている三橋を引き寄せて抱きしめたら、そのままめちゃめちゃにしてしまえたら
どんなに・・・・・・・・・・

ぼんやり夢想の中に入っていきそうになって我に返って慌てて頭を振った。
今そんなこと考えたらヤバいだろう。 シャレになんなくなったらどうする。

しっかりしろと自分を叱咤したまさにその時、小さな声が聞こえた。

「阿部くん、 そっちに、行っても、 いい・・・・・・?」

えっ?!   と焦った。 困る。

「ダメ。」
「え・・・・・」

三橋の顔がみるみるしょげたのがよくわかった。
だけならいいけど泣きそうな表情になっている。
あぁもうまったく。  おまえのためなのに。  人の気も知んねぇで。

「な・・・・なんで・・・・ダメ、なの」

オレは驚いた。
三橋が食い下がってくるなんて珍しい。
野球に関係ないことでは拒否されたらいつもならすぐに諦めるのに。
何で今に限って。

オレはやけくそな気分になった。
非現実的な空気もあいまって、 もうどうでもいい、 と思ってしまった。
なので低い声で言ってやった。

「今オレの傍に来たら、オレ、なにするかわかんねぇぜ?」

三橋が目を見開いた。

「意味わかんだろ」

わかんないかもな、 と実は思った。
でも不穏な雰囲気が伝わればそれでいいんだ。
そう思いながらもうこの話は終わったと思った。
けど目を逸らして窓の外を見やったオレの耳に信じられない言葉が聞こえた。

「いい・・・・・・・・よ」
「は?」

思わず三橋に視線を戻した。

「オレ、・・・・・・・阿部くんになら」

言いながら三橋は立ち上がった。

「なに、されても・・・・・いいよ。」

オレは絶句した。
立ち上がったきり三橋はじっとしている。 なので言ってみた。

「じゃあこっちに来いよ。」

来るわけない、 とその時点でオレはまだ思っていた。
何もかも非現実的で全然実感がわかない。

そうしたら、三橋はゆっくりとオレのほうに近づいてきた。
その目は逸らされることなく、オレを見つめている。
まるで思い詰めているかのような、 でもマウンドに立っている時のような強い目だった。
信じられない。
半ば呆けながら、その目、 を食い入るように見た。






それこそ閃光のように。

オレは突然理解、した、 ような気がした。 




本当は。

もうとっくに、三橋はわかってたんじゃないか・・・・・・・・・・・・・・・

隠せている、と思っていたのはオレだけで。

だとすると。





ぴかっとまた世界が光った。
三橋がびくりと揺れて立ち止まる。
それから真っ直ぐにまたオレを見た。 そして何か言った。
それは雷鳴の音にかき消されてしまったけど。




・・・・・・これは夢なのかな。  夢かもしれない。

でも

夢でもいい。





オレは立ち上がった。


三橋が必死の勇気で半分埋めてくれた距離の残りをオレが埋めてやる ために。



ゆっくりと歩いていって、両手を三橋の背中に回して 力任せに抱きしめた。



その、確かな温かさにようやく、 これは現実なんだ  とぼんやり思った。















                                                     閃光 了

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