青春は不安だらけ





花井は自分の耳を疑った。
耳が正常なら目が変なのかとまで思った。
でも瞬きを1つしてから見直しても、目の前にいるのはやっぱり阿部だった。




部活終了後の 他には誰もいない部室で、キテレツなことを阿部が言った。
それは別の奴が言ったら決して変ではなく、むしろ殊勝とも言える言葉だった。
しかし言ったのは阿部である。
聞き間違えたかと、花井が一瞬思ってしまったのも無理からぬことかもしれない。

「自信がねぇんだ」

「・・・・・・・へ?」

間のヌけた声が出た。 それきり次の言葉が出てこない。
ぽかんとしているうちに、阿部は再び言った。

「たまに不安になるんだ。」
「阿部・・・・・?」

一体どうしたんだ、 と花井は内心で慌てた。
基本的に阿部は結構自信家なはずだ。
もちろん時に弱気になることは人間ならあってもおかしくはないが、
それを他者に対して軽々しく吐くようなタマではない。

「オレってさ」
「・・・・・はぁ」
「短気じゃん」
「まぁな・・・・・・・」
「泣かせてばっかでさ」

その時点で花井は遅ればせながら気が付いた。
同時にすぐに気付かなかった己をアホだと思った。

(・・・・・・三橋か・・・・・)

てっきり野球のことかと思ってしまったのは、その直前まで試合の話をしていたからだ。
三橋のことなら、 と納得しかけて それにしても珍しいなと僅かに心配になった。
喧嘩している最中とかならともかく、今は違うだろうとわかっていたからだ。

「怒らないように努力すればいいじゃん」
「それだけじゃねーよ」
「はぁ」
「ココロ狭いし」

三橋関連だけな、と心中つぶやきながら、でも自覚はあるんだなと
花井は今度は少し可笑しくなった。

「嫉妬深いし」

それもわかってんのか、  という言葉も胸の内だけに留める。

「タレ目だし」
「ぶっ」
「・・・・・・・・何が可笑しい」
「や、 べ、別に可笑しくなんか」
「それに変態だし」
「ぶはっっ」

今度こそ、 花井は噴き出した。
くくくくっ   と笑いを抑えられない花井を阿部はじろりと睨んだ。

「だから何が可笑しんだって!」
「・・・・だってよ・・・・・・・・」
「なんだよ!?」
「おまえ、全部わかってんだな・・・・・・・・」
「わかってるよ!!」
「じゃあ直せばいいじゃん、 タレ目以外」
「無理」

あぁやっぱり阿部だ、 と花井はちょっと安心した。
しかし次の言葉を聞いてイヤーな感じがした。

「だからさ、ちっと協力してくんねぇ?」
「え・・・・・・・・」
「いいだろ?」
「・・・・・・・あまり良くな」
「オレがこんなに不安なのに」
「・・・・・・・・・。」
「見捨てんのかよ」

花井はため息をつきながらも、あっさりと諦めた。
この2人のフォローはいつものことだ。 もう慣れてる。

「・・・・何すればいいんだよ」
「もうすぐ三橋がここに来んだろ?」

言われて花井は思い出した。 三橋はまだグラウンドにいる。
着替え終えてから忘れ物を取りに行ったからだ。  そろそろ戻る頃だろう。

「オレ隠れてるからさ、オレのどこが好きなんだか聞いてみてくれよ」
「・・・・・・自分で聞けよ」
「聞けるかそんなこと」
「・・・・・はぁ・・・・・」

やれやれと思ったものの、覚悟したほど変なことでもなかったし、
阿部が三橋のことに関しては、いつだってクソが付くほど真面目なのは
骨身に沁みてわかっていたので、結局は引き受けた。







○○○○○○

「あれ・・・・・・?」

三橋は入ってくるなりきょろきょろと辺りを見回した。
阿部を探しているんだ、とすぐにわかったけど、
とにかくさっさと義務を果たそうと花井は話しかけた。

「三橋、ちょっと聞いていい?」
「へ?」
「おまえさ」
「・・・・・・・・?」
「阿部のどこが好きなわけ?」
「!!!!」

三橋はみるまに赤くなった。 同時にびっくりした顔になった。
いきなり第三者にそんなことを聞かれれば誰だって驚くだろう、
とは花井とて思ったけど、説明するわけにもいかないので黙って返答を待った。
三橋は赤面しながらも、考えるような顔になった。
それから俯き加減になってしばし逡巡してから口を開いた。

「・・・・・どこって・・・・・」
「うん」
「・・・・・・・オレの、球、 受けてくれる・・・・・・・・・」

ずーーーーーーーーん、

と阿部の落ち込む音が聞こえるような気がした。
いかにも三橋の言いそうなことではあるが。
花井は少し阿部が哀れになって、急いでフォローを入れた。

「でもそれは野球のことだろ?」
「・・・・・うん・・・」
「阿部がキャッチャーじゃなかったらおまえ、好きじゃなくなるの?」
「!!・・・・そんなこと・・・・・・・・」
「じゃあどこが好きなんだ?」
「・・・・・え・・・・・」
「野球関連以外でさ」
「・・・・・・・・・・・。」

三橋は顔の赤を濃くしながらも困った顔になった。

「・・・・わからない、よ」

背後の空気が、さらに重くなったような気がする。
花井も三橋に劣らず困ってしまった。  これじゃ逆効果だ。
落ち込んだ阿部くらい始末の悪いものはない。
各方面 (特に自分) に被害甚大だ。  何とかしないとマズい。

と焦った花井はやり方を変えることにした。

「確かに阿部ってさぁ」
「・・・・・・・?」
「短気だし、タレ目だし、心狭いし、変態だし、いいとこねぇもんな!」
「・・・・・・・え・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・。」
「阿部くん、優しい、よ・・・・・」
「そうか?」
「それに、かっこい・・・・・」

言いながら三橋は耳まで赤くなった。   しめしめ、 と花井は思った。
この調子でいいところをどんどん指摘してもらえれば。

「そうかなぁ。 そう思うの三橋だけじゃねぇ?」
「・・・・・・・・。」
「他にどっかいいとこある?」

落ち気味だった三橋の視線が、ふと上がって花井に合った。
いつもの三橋のやや自信なさげにも見える、普通の表情だった。

「・・・・・・・・オレ」
「うん」
「阿部くんが、 ・・・・・・・どんな、でも、」
「・・・・・・・・・・・・・。」

「好き  だよ。  全部。」
「!!!!」

花井は絶句した。

これ以上の殺し文句があるだろうか。
それも三橋が言ったのだ。  口下手なことでは誰にも引けを取らない三橋が。

その瞬間 阿部が羨ましいとさえ、 花井は感じた。

「阿部くん、 どこ行った、の?」
「え?  あ、」

呆けていた花井は三橋の問いかけで我に返った。
それからうろたえた。  その辺の打ち合わせをしていない。
隠れているとは言えないし。   帰ったと言えばがっかりするだろう。

「えーと、 阿部は」
「・・・・・・・・・。」

姿を現すかと間を置いても阿部は出てくる気配がない。  なので嘘をついた。

「忘れ物して、教室に戻ったんだ」
「・・・・そう、なんだ・・・・」
「教室に行けば会えるよきっと」
「・・・・・うん」

三橋は簡単に信じて花井に挨拶すると、若干不安そうな顔をしながらも
荷物を手にして部室を出て行った。

「・・・・・・・・阿部?」

三橋が去ってからもなかなか出てこない阿部に、花井は不審を感じて呼んだ。
静か過ぎる。
本当にいるのか?  と疑いたくなるような静寂に満ちている。
花井は阿部の隠れたロッカーの陰を覗き込んだ。
そして仰天して立ち尽くした。

(・・・・・・・なにも、 そんな)

何か言わなきゃと思って口を開けたけど、何て言っていいかわからずにまたぱくっと閉じた。
かろうじて短く 「良かったな」 とだけ言った。

阿部は俯いたまま何も言わない。 
言えないのだ、 と花井にはわかった。

「・・・・すぐ追いかければ追いつくぜきっと」
「・・・・・うん」

ようやく返事をした阿部は乱暴に目をごしごしと擦ってから、
顔を伏せたまま荷物を引っ掴んだ。  
去る間際に発した声はまだ微かに震えていた。

「・・・・・・・サンキュ花井」
「どーいたしまして」

返しながら 「頑張れよ、阿部」 と心の中だけでつぶやいた。




阿部が出て行った後また、 羨ましいな、 と花井は素直に思った。

すれ違ってばかりの2人。 揃って不器用でどうしようもない。 でも。

(お互いに、 誰よりも)

ふいに胸の辺りが じん、 とするのを感じた。
それが何なのか、何故なのかは よくわからなかったけれど。 

(・・・・・・阿部のが移ったか?)

自分で茶化しながら、次に少し呆れた。

(・・・・・・ったく、何を不安に思うことがあるんだか・・・・・・・・)

思ったら何だか可笑しくなって

声を上げて1人、 笑ってしまったのだった。
















                                          青春は不安だらけ 了

                                           SS−TOPへ






                                                   それでも不安なのが青春。