さらに逃避





阿部はこれ以上ないくらいひどい自己嫌悪に苛まれていた。
やっぱり三橋に変に思われていた。
それは当然だと思う。 あれだけ避けてて気付かれないほうがおかしい。
自分に自信がなくて、ともすれば卑屈になりがちな三橋の性格をよくわかっていたはずなのに、
自分の苦しさを言い訳に思いきり追い詰めていた。

昨日の三橋の必死な様子を思い出して唇を噛んだ。

(あんな目をして・・・・・・・・・・・)
(オレがさせたんだ。)

どれだけの勇気を振り絞ったんだろう と思ったら胸がきりきりと痛んだ。
黙って諦めてしまっていてもおかしくない。 そういうヤツだから。

(このままじゃダメだ)
(このままじゃもっと傷つける。)

それにもうひとつ。  冷や汗をかいたことがあった。

腕を掴んだのに他意はなかった。
三橋が思いがけないことを言うもんだから、しかもそこまで思いつめさせたのが
他ならぬ自分だということに慌てて、
何としてでも不安を取り除いてやりたい一心で思わず掴んでいた。 けど。
その後僅かではあるけどホっとした表情になった三橋を見て、自分も少し安心して、それから
離そうとした、  したのに。

離せなかった。

理性も意思もその瞬間は存在しないみたいな感覚さえした。
自分のことをじっと見つめる三橋の目から目を逸らせなかった。
三橋の腕の温もりを離したくない、それどころかそのまま引き寄せてしまいたいという
激しい衝動に全然抗えなかった。

辛くも抑えることができたのは、その刹那三橋の目に怯えの色が走ったのを
はっきりと見てしまったから。
でも正直それだけでは危なかったかもしれない。
直後の、自分を呼ぶ声にも怯えととまどいが滲んでいて、そこでようやく我に返ることができた。
あそこで三橋が自分を呼ばなければどうなっていたか。   まるで自信がない。

(ダメだもうオレ・・・・・・・・・)

阿部は頭を抱えたくなった。

解決する方法はわかっている。 取るべき行動も。
諦めればいいのだ。 
諦めて、以前のように普通の友だちで仲間としてだけ見ることができれば万事解決する。

(諦めよう)   と阿部は思う。

こう思うのももう何度目か。
そんなことできるのか、 無理だと本能が告げ、でもやらなきゃダメだと理性がわめく。 苦しい。
何十回と繰り返した堂々巡り。

(誰か他の人間を好きになれれば・・・・・・・・・・・そう、  たとえば、  普通に女の子を。)

苦し紛れにそんな考えがふと、頭をよぎった。




阿部はもう限界だった。








○○○○○○

以前は心が浮き立った授業終了の鐘の音に気持ちが沈む。

(どうしてこんなことになっちゃったんだろう・・・・・・・)

正直練習に行きたくない、ような気さえする。
でも花井と水谷はもう片付けを終えて自分を待ってる。 阿部はため息をついて重い腰を上げた。

廊下に出たところで 「阿部くん」 と呼び止められた。
声の主を見ると知らない女の子だった。 同じクラスじゃない。

「悪いけどちょっとだけ時間もらえない?」

花井と水谷がこっちを見ている。
2人の痛いような視線を感じながら 「いいけど。」 と答えた。

「わり。 オレちょっと遅れる。 先行ってて。」
「ふーん。」
「おい阿部。」

花井がありありと何か言いたそうな顔をしている。
阿部はほとんどやけくそ気味にそれを無視して、女の子の後を歩き出した。







○○○○○○

女の子は1組だと言った。

「付き合ってほしいの。」

予想通りの展開だった。
いつもなら (こういうことは多くはないけど初めてでもない) 断ってきたその申し込みに
阿部は 「いいよ」 と答えた。
答えた瞬間頭に浮かんだ顔があったけど、むりやり追い払った。

もう誰でもいいから助けてくれと思った。
彼女を好きになれるかもしれない。
むしろなりたい。
そうすれば自分は救われる。 三橋も悩まなくて済む。

女の子は嬉しそうに笑って 「よろしくね」 と言った。
阿部は何だか泣きたいような気分になりながら、
努力してかろうじて微笑んで 「うん」 とだけ言った。











                                                         さらに逃避 了

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                                                       阿部のバカ。