オマケ






ケーキは確かに美味かった。
その後予想どおり主に野球関係の話なんぞしながら三橋がにこにこしていて
口もいつもよりスムーズに回っていて、それだけでオレは幸せだった。
浮かれていた、と言ってもいい。
そのせいだと思う。 ぽろりと零れてしまったのは。

「おまえってさ、湯たんぽみてーだよな」
「へ・・・・・・・」

にやにやしながら言ってやれば顔がきょとんとして
それがまたかわいくて、もっと笑ってしまう。

「・・・・・・湯たんぽ・・・・・?」
「寒い時に便利って感じ」
「へ、へえ?」

三橋が半笑いをしながら大量のハテナを飛ばした。
こういうハテナは楽しい。

「オレ、体温高い、し?」

いやそういう問題じゃなくて、とは言わずに
1人でにやつきながらもふと思いついて聞いたのは
話の流れが半分、あとの半分は身に付いた習性ってやつだと思う。

「そういやおまえ、寒くねー? 大丈夫か?」

部屋はエアコンが効いていて適温だったけど
三橋のがオレより薄着だから、確認のつもりだった。
オフシーズンとはいえ、風邪を引かれるのはイヤだ。
という心配だけだったのに。

「阿部くん、寒い、のか?」
「え?オレ?」

オレは別に、と続きを言う前に三橋は言った。 
消え入りそうな声だったんで、最初は聞き逃した。

「・・・・・ぞ」
「え、なに? もっかい言って」
「あの、どうぞ・・・・・・・」
「・・・・・・・は?」
「良かったら・・・・・」
「なにが?」

反射的に聞いたオレはバカだった。
三橋はぱーーーっと、と見事に赤くなった。
なんで? とわからなくてそれまでの展開を考えて。

そこに至って気付いた。 三橋の様子といい、これはもしかして。

「・・・・・湯たんぽ代わりになってくれんの?」
「え、あの 良かったら、だけど」

心臓がびょんと大きく飛び跳ねたのは
半ば冗談で聞いたことがビンゴだったことに加えて、
一瞬とんでもない映像が脳内に出現したからだ。
慌ててぶんぶんと頭を振って追い出したら勢いよく振りすぎてくらくらした。
三橋になった気分。

(・・・・・いやいやいや、それはねーから!)

追い払った肌色率の高い脳内図への未練を断ち切り
冷静になろうと努めてもあまり上手くいかなかった。
けど、とりあえず三橋の言いたいことはわかった。 つまりこれは

抱き締めていいよ

(・・・・・てことだよな!)

崩れそうになる顔を最大限頑張って引き締めた。
なのにオレとは逆に三橋はそこで急に不安げな顔になった。
それで失敗に気付いた。 頭を振ったのを誤解されたんだきっと。

「オレ、 よ、余計な お世話・・・・」
「じゃねーよ全然!」
「あのでも、 寒くなかったら」
「いや寒いすげー寒い実はさっきから寒くて寒くて」

真っ赤な嘘をまくし立てながらほんとは暑い、いや熱い。

「ぜひともご利用させてほしい!」

表情が戻った。 よしよし。

「な、ならどうぞ・・・・・」

また赤くなりながら三橋はきちんと正座して手を膝に乗せた。
どうせ三橋のことだからいつかの 「兄弟」 云々の応用パターンだろうし、
では遠慮なく、 とうきうきと10センチ移動したところでハタと思った。

部屋に2人きりってこんな状況で抱き締めたりしたらまずいような気がする。
気がするじゃなくて絶対まずい、あらゆる意味でまずい。

冷静な理性の声を、また顔を高速で振って追い出したもんで
またくらくらした。
あっヤバ、 と慌てて見れば三橋は目を閉じていた。
ホッとした、けどぽかんと見惚れた。 なんだその様子。
妙に畏まって赤面して目をぎゅっと瞑っていて、まるで何だか

食べてください って感じ。

(だから違うから!!!)

ともすれば桃色になりがちなオレの脳にすかさず理性が渇を入れる。
ああ忙しい。 やっぱり湯たんぽだこいつ。 

とにかく兄弟兄弟 とリピートしてみるも怪しい。 オレの精神状態が怪しい。
でももう何がどうなってもいい。 あとは野となれ山となれ。
この絶好のチャンスを逃すテはない。
まさかこんな展開になるとは思ってなかったけど
我ながらいいことを言ったもんだ、偉いオレ!

というわけで残りの距離をじりじりと詰めた。
三橋は心なしか震えているようにも見える。
だから余計に煽られるんだけど、つまり緊張してんのか
無理してんのかどっちかだろう。
震えるほどなら言わなきゃいいのに、と呆れたけど今さら遅い。
遠慮するなんざあり得ない。

でも肩に手を回して引き寄せようとして、正座している膝が邪魔だと気付いた。
これどうにかしないと。
だもんでオレは一度身を離して傍らに脚を投げ出して座ってから。

「ここに乗って? 三橋」

ぱちりと目を開けた三橋に向かって、ぽんぽんと自分の膝を叩いてみせた。

「え・・・・・・・」
「湯たんぽになってくれんだろ?」
「う・・・・・・・」
「あー寒い、寒いなあ」

わざとらしく言うと、三橋は観念したようにおずおずと乗ってきてくれた。
間を置かず背中に手を回してそうっと抱き締めた。
こんなふうに抱き締めるのはあの時以来で、じんと幸福感に浸る。

三橋の胸が目の前にあって耳をぴったりと付けてみると
高速ビートの太鼓みたいだった。
実はオレのもだけど、理由は違うんだろうな。
そんなに緊張しなくても、とは思ったけど離してやる気になんかなれないし
聴いているとわけもなく安心した。
この体勢だとオレの動悸はバレないし、なかなかいい。

けど何しろあつい。

三橋の体はあったかい、というより熱くてそのせいだけじゃもちろんなくて。

以前の学習を活かしてヨコシマな何かは出てこないように意識しても
言うことをきいてくんないしょーもないムスコさんがいるわけで
このままだとあの時と同じになっちまう。
ヤバいこれはヤバい とはわかるんだけど離したくなくて
どうしよういつ離そう、いっそこのまま床に押し倒したら
と不用意に掠めた途端に追い払ったはずの肌色の図がびゅっと戻ってきて
ちょっと待てえ! と声に出さずに絶叫したところで。

音が聞こえた。 鼓動じゃなくて別の音が。

とんとんとリズミカルなそれは階段を上る足音に違いなく、
さらにそれを裏付けるように声まで。

「れーん」

オレが腕を解いたのと、三橋が膝の上から飛びのいたのがほぼ同時だった。
お互いに笑えるくらいの素早さだった。
気付けばオレらの間には結構な距離ができていて、息をつく間もなくドアが開いた。

「あら・・・・・・?」

三橋のお母さんはオレらを見て小さく首を傾げた。 そりゃそうだろう。
三橋はオレに背を向けて床に手をついてぜいぜいしていたし、
オレはオレで息切れがしているうえ、多分絶対顔が真っ赤。
起ってなくて良かったマジヤバかった。

おばさんはにっこりと笑ってから明るい声で言った。

「どうしたの? 2人とも赤い顔して。 暑い?」


いえ熱いです、お母さん。


いろいろな意味でぐったりしながら、心だけで返事をした。













                                       オマケ 了

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                                                  湯たんぽどこの騒ぎじゃなくなった。