最初に学んだこと





阿部くんといっしょに住んでも、いっしょに過ごせる時間はそれほど多くはない。
学校が違うし阿部くんにはバイトもあるし、練習が忙しくなると尚更だ。
高校の頃のが接する時間は多かったかもしれない。
もちろん、それでもオレは夢みたいに幸せだったんだけど。


しばらくお互いに忙しくてすれ違いが続いたある日、オレは考えた。
何についてかというと、炊事だ。
オレは簡単なものしか作れないから、いつのまにか阿部くん担当みたいに
なっている。 阿部くんはどんどん上手くなってる。

しかも時間のある時に作っておいてくれたりもするんで
部屋に帰って阿部くんがいなくても、ご飯がちゃんとあったりする。
鍋にできていて、温めるだけになってる。
それが嬉しくて、でも悪い。 オレだって作れるようになりたい。

だから久し振りに早く帰れる今日、オレは密かに張り切っていた。
今日はオレが作るって決めたんだ。 
阿部くんも今日は早いはずだから材料だけ買って帰って、そわそわと待った。
教えてもらわないとできないから。
でも帰ってきた阿部くんに勢い込んでそう言ったら、「え」 て顔になった。
喜んでくれるかな、という期待がしおしおと萎んだ。
阿部くんは困ったように言った。

「でもオレ、すごーく腹減ってんだけど」

それを聞いて申し訳ない気分になった。
だって阿部くんが作ったほうが絶対早い。
阿部くんも献立とか考えていたのかもしれない。
でもどうしても、今日はオレが作りたいんだ。
いつもやってもらってばかりじゃ、悪い。

おそるおそる、そう主張してみたら阿部くんはまた困った顔になったけど。

「・・・・わかった。 じゃあ頼む」
「あ、ありがとう!」
「で、なに作んの?」
「あの ね 肉じゃが!」
「ふーん」
「阿部くん、教えてね!」
「うん」

というわけで今日の晩御飯はオレが作る。
阿部くんに教わりながらだけど、作り方も覚えたい。
肉じゃがにしたのは以前阿部くんが本を見ながら作ってくれて
すごく上手くできたし、 「やっぱ日本人は肉じゃがだよなあ」
と満足気に言ったのを覚えていたからだ。
阿部くんの好きなオカズを、オレだって作れるようになりたい。
2人で暮らしてるんだから、少しずつでもいろいろ学んでいきたい。

「阿部くんは 座ってて ね!」

言うと阿部くんは不満そうな顔ながらも、座ってくれた。
だっていっしょにやったら、きっとオレは覚えられない。
阿部くんには指示だけしてもらうんだ。

「言われたとおりに、オレ、作るから!」
「・・・・・・わかった」

阿部くんは頷いて、説明を始めてくれた。
一度作っただけなのに、すらすらと出てくる。
すごい、と感心しながらオレも必死で手を動かす。

「次、玉葱はくし型な」
「くし型って なに?」
「あー、えーと・・・・・・いいや適当で」

こんな調子だったけど、オレは頑張った。 
時間がかかったけど、大体言われたとおりにできた、と思う。
お鍋を火にかけて言われた順にいためて
調味料もちゃんと計って順番に入れたところで、
阿部くんは立ち上がって、後ろから覗き込んできた。

「美味そうじゃん」
「な、なんか 汁、多いような気が」
「んー、これくらいなら多分平気」
「そう?」
「うん、後はそのまま煮るだけ」
「うん!」
「ちょっと味見してみ? 煮汁な?」

そう言われて、煮汁をお玉で少し掬って飲んでみた。
まあまあ、かな? と思ったところで

「オレも味見」

阿部くんが言ったかと思うと頬に手がかかって軽くキスされた。 
びっくりしてお玉をシンクに落としてしまった。
それ、味見じゃない。
阿部くんは顔を離してから平然と、自分の唇をぺろりと嘗めた。

「うん、甘い」
「え、」

甘過ぎた? と焦って醤油を足そうとしたら後ろで吹き出す気配がした。
振り返ったら阿部くんが体を折って笑っていた。

「お、おまえ、おもしれー」

くくく、 と阿部くんは楽しそうだ。
何だかわからないけど、オレは間違えたみたいだ。
でもそんなに笑わなくても、とちょっと恥ずかしくなる。

「あ、火ぃ弱火にして蓋閉めて」
「弱火・・・・・・・・」

復唱しながら言われたとおりに弱火にした。
煮る時は弱火、とまた1つ覚える。

「さて、できたことだし!」
「う、うん じゃあ次、サラダ 作る!」
「え」

阿部くんの顔がぽかんとなった。
だって一品だけじゃ寂しいし、サラダといっても簡単なものだから
聞かなくても大丈夫だし。

「阿部くんは、何もしなくて いいからね!」
「・・・・・・はあ」

頷いてくれたんでホッとして、野菜を取り出したんだけど。
阿部くんは椅子に戻らずに背中にぺったりくっ付いてきた、
だけでなく手が前に回って緩く抱き締められた。 どきんと心臓が跳ねた。

あの、阿部くん。
そんなにくっ付かれると動きづらい

と言えなかったのは温もりが気持ち良かったから。
くっ付くのも久し振りだ。
なので背中に阿部くんをしょったままでレタスを洗い始めたら、
次に顔が肩に乗っかった。 重い。

でも気持ちもいいから黙ってせっせと洗うオレ。
そこまでは良かったんだけど。
そのうち前にある手がゆっくりと胸の辺りを撫でた。
布地の上からだったけど、体にびりっと電気が走ったみたいになって。

ぽとりと、葉っぱを落としてしまった。

「あの 阿部くん・・・・・・」
「ん」
「なにして・・・・・・・」
「ん」
「あ、洗え ない よ」
「ん」

阿部くんは 「ん」 しか言わない。 手がさわさわとまた動いたもんだから。

「あっ・・・・・・」

慌てて自分の口を塞いだ。 けど遅かった。 もう出ちゃった。
当然のように囁かれた。 それも耳元で。

「今さ、感じた?」
「え、ううん ぜ、全然!」

ぶんぶんと、オレは首を振った。
今日はオレが最後まで作るんだ もん。

「ふーん、 あ、そ」

阿部くんがつまらなさそうな声を出した。 今度は耳元じゃなくてホッとした。

「あー腹減った・・・・・・」
「あ、ごめん オ、オレ遅くて」

阿部くんはきっと自分で作りたいんだ。
でも今日は、オレが作るんだ。 頑張るんだ。 喜んでほしいし。
オレは落とした葉っぱを拾って作業を再開した。

「レタスは包丁じゃなくて手でちぎる」

阿部くんが教えてくれたんで、そのとおりにする。
また1つ覚えた、と嬉しくなる。
阿部くんがくっ付いているせいで動きにくかったけど、
手はそれ以上何もしなかったので、無事にサラダもできた。
レタスときゅうりだけの簡単なものだったから、
こっちはそれほど時間もかからなくて済んだ。 この調子。

「終わった?」
「うん!」
「おっしゃ、じゃあ」
「次はお味噌汁 だ!」
「・・・・・・は?」

お味噌汁も1人で作れる。 お母さんに教わって何回か作ったことがあるから。

「あのね、具はね ワカメと」
「・・・・・つかオレ、腹ペコなんだけど」
「うんオレ、頑張る!」

お鍋に水を入れ始めたところでぎょっとした。
大人しくしていた阿部くんの手が、そろりと服の中に潜り込んできたからだ。
手はすーっと上のほうに上ってくる。
お鍋を持つ手から力が抜けそうになって、急いで抗議した。

「あの、阿部くん・・・・・・」
「ん」
「つ、作れない よ」
「あのさ、味噌汁後にしねえ?」
「え、 でも」
「頼むから、早く食わせて・・・・・」

阿部くん 言ってることとやってることに矛盾が

と言おうとしたところで腰にあっつーいのが当たった。
当たった、というよりぎゅうぎゅうと押し付けられた。
今度は鍋を落とした。  がちゃん! と派手な音がした。
もしかして。 もしかしなくても。

く、 く、 食わせてって、  ご飯  じゃなくて。

ぼぼぼぼっと顔が熱くなったところで囁かれた。 また耳元だった。
半分笑って、半分呆れているような声だった。

「おまえさあ、気付くの遅すぎ」
「え」
「最近あんまゆっくりできなかったじゃん」
「そ、それは そうだけど」
「メシの前に食わせて、頼む・・・・・・」
「え」
「我慢できねえ・・・・・・」
「でででもオレあの、あと お味噌汁 を」

そこまでしか言えなかった。
ぐいっと強引に向きを変えられてキスをされたからだ。 
それもさっきとは全然違うキスを。

離された時オレは、阿部くんの腕にしがみつきながら立っているのがやっとで。

「味噌汁がどうしたって?」
「・・・・・あ、あの・・・・・・・」
「うん?」
「・・・・・・・・あとで 作る」

にっこりと阿部くんが笑ってくれて、腕を引かれるままにオレはその場から離れた。
でも数歩しか歩かないところで移動が終わってしまって、内心で焦ったんだけど。

あの、ここ ソファ だよ

とか言う余裕すらなかった。





それからしばらくして余裕ができた時に、ふと気付いた。
何だか香ばしい匂いがする。

オレが気付いたのと同時くらいに阿部くんが 「あ!」 と叫んで
がばりと身を起こした。
乱れた服をおざなりに直しながら鍋に駆け寄って、火を止めてから蓋を開けて
また 「あ」 と言った。 今度の 「あ」 は小さかった。

その後オレも鍋を覗きこんで、しょんぼりした。
阿部くんはすごーく、慌てた顔になった。

「大丈夫だよ三橋!」
「・・・・・でも」
「焦げたっつっても少しだし、食えるよこんくらいなら」
「・・・・・でも」
「えーと だから」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・ごめん」

いいけど。
元々阿部くんに喜んでほしくてやったんだし。
それに作り方は覚えられた、と思うし。

でも美味しく作りたかったのに とがっかりしていたら
阿部くんは一口食べてみてから 「あ、全然平気」 と笑顔になった。
それでオレも味見したら、本当に焦げたのはちょっとだったみたいで
ちゃんと食べられた。 良かった。
きっと汁が多かったのが良かったんだ。

それから2人でいっしょに味噌汁を作って、夕ご飯にした。
阿部くんはたくさん食べてくれた。
「美味いよ」 と何度も嬉しそうに言ってくれたんで、オレもすっかり嬉しくなって。

「オレ、また作る、ね!」

阿部くんは少し考えてから言った。

「今度は火を止めてからにしような?」
「え」




オレは今日、肉じゃがの作り方を覚えた。 あともう1つ、学習したのは
ご飯を作るのはオレが一人の時か、 でなかったら
阿部くんのお腹がすいてない時がいい  だった。















                                    最初に学んだこと 了

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