プレゼント






その日阿部は朝からそわそわしていた。
なぜかというと自分の誕生日だったからだ。
もちろん小学生じゃあるまいし
誕生日のご馳走が楽しみ!とかケーキが食べたい!とかいうのは
さすがにもう卒業していたのだが。

関心の的はただひとつ。

三橋が覚えてくれているか、
そして何か言ってくれるか、
さらにプレゼントなんてくれちゃったりしたらもう
ひっくり返るくらい (もちろん実際にはひっくり返らないけど) 嬉しいだろう
ということだ。

などと都合のいいシーンを想像してしまって
気付かずにニヤついていた阿部はハタと我に返り
(・・・なことあるわけねえよな・・・・) と現実を思い出してため息をついた。

何でそんなことがバカみたいに気になるかというと。


阿部は三橋が好きだった。

もう、随分と前から。


でもそんなこと本人に言えるわけもなく (だって男どうしだもん)
純情なオトメよろしく一人悶々と片思いに甘んじているのである。

(おめでとうって言ってもらえるだけでもいいや・・・・・)
などと殊勝なことを考えてみる。
いろいろ期待し過ぎて空振りに終わったときの落胆を考えると
期待は極少に留めておいたほうが無難だ。

そんなわけでその日阿部は期待しつつも後ろ向き、という何とも複雑な心境で
学校に向かったのであった。




○○○○○○

阿部の、それでも捨てきれないわずかな期待を嘲笑うかのように、
いつもの朝練風景は容赦なくいつもどおりだった。
誰も何も言わないし (それは別にどうでもいいんだけど)
三橋も「誕生日」のたの字も発しない。

(・・・・やっぱ覚えてねえか・・・・・・。 ま、当たり前だよな・・・・・)

いろいろ心積もりしていたはずだったのに、やはり内心の落胆を隠せない阿部だったが。
朗報(?)は朝練が終わり通常の授業の間の休み時間にやってきた。
雑談していた花井が何気なく言ったのである。

「そういえば今日阿部って誕生日だってな。」
「え? あ、そうだけど。」
「おめっとさん。」
「・・・・・サンキュ。」

三橋でなかったのは正直残念だけど
友人が覚えていてくれたこと、祝いの言葉をくれたことは
素直に嬉しかったのでとりあえず礼を言う。
が。
(何で花井は知ってんだろ。 オレ言ったことあったっけ?)
という当然至極な疑問が湧いた。

「何で知ってんの。 オレの誕生日なんか。」
「だって今朝三橋が言ってた。」
「!!」
「何にも用意してないけどどうしようって、さ。」
「・・・・マジで?」
「なんもやることねーよ、って言っといたぜ。」
「・・・・・・・。」

顔がひとりでに笑ってしまうのを抑えるのに苦労した。
花井が続けて何か言っているようだけど耳に入ってこない。

(覚えてたんだ・・・・・。)

ずーーっと前に会話の拍子にさりげなくちゃっかり伝えておいたのだ。
それを覚えててくれたばかりでなく
一応気にしてくれていた(らしい)ということだけで阿部はもう充分だと思った。

できれば、本人から聞きたかったことではあるが。
まだ放課後があるからチャンスはあるだろう。
阿部は一転して気持ちが急浮上するのを感じながら
(オレって単純だな・・・・・・) と苦笑したりしたわけだが まぁ恋する男なんて
阿部と限らず大概そんなものである。





○○○○○○

放課後といっても土曜だから練習の開始は通常より早い。

阿部と三橋はバッテリーだから練習中も2人でいる時間は多く、
今度は阿部の期待は裏切られることなく
思いのほか早くに(つまり練習中に)三橋はおずおずという風情で阿部に告げた。

「阿部君、今日・・あの・・・・おめでとう・・・・。」

「誕生日」が抜けているけどそんなことはどうでもいい。

「おぅ。 ありがとな。」

周りに誰かいたらぶっきらぼうになったかもしれないけど
たまたまその時聞こえる範囲には誰もいなかったので、
そのことに少しホッとしながら阿部は素直に笑った。  嬉しい。

と思った途端に欲が湧いた。
朝の殊勝な心がけはどこへやら、である。

「今日さ、いっしょに帰れねぇ?」
「へ?」

三橋は妙な顔をした。  そりゃそうだろう。
通常練習後は何か用事があってダッシュで帰るヤツ以外は
大体ぞろぞろと連れ立って帰ることが多いからだ。

「ちょっとさ、適当に言い訳して残ってようぜ。」
「・・・・あ。・・・・うん。」

2人で帰りたい、とは流石に照れくさくて言えなかったけど
三橋はそれだけでわかってくれたようで
阿部は内心大いにホッとすると同時に喜んだ。
別に他意はない。 ちょっとだけ2人でいたいだけ。
誕生日なんだからそれくらい望んでもバチは当たらないだろう。

(あーオレって何て健気なんだろ・・・)

阿部は自嘲しつつも上機嫌になり、いつもは楽しいはずの練習だけど
今日は早く終わらないかな  などと不謹慎なことを考えた。






○○○○○○

突発的なアクシデントでも起きて
ささやかなデート(あくまでも阿部にとってだけの) がおじゃんになったらどうしようという
懸念は杞憂に終わり、
学校を出る阿部と三橋の周囲には誰もいなかった。
他愛無いことを話しながらのんびり歩く。
それだけで阿部は満足するつもりだったし実際していたはずなのだが。

歩きながら三橋が唐突に(でも意を決したように) 言った言葉は。

「阿部君・・・・てさ、なんか・・・・欲しいものない・・・・?」

であった。

(おまえが欲しい。)
瞬時にそう思った阿部だったがそんなこと言えるわけもない。
代わりに出てきたのは 「別に・・・・」 という いささか素っ気無いものになってしまった。
内心と別のことをとっさに言葉にするのは意外と難しい。
もちろん簡単にできる人間もいるだろうが阿部はそのへんかなり正直だった。

「じゃあ・・・さ・・・・・。してほしいこと、ない・・・・・??」
「・・・・!!!」

危なかった。 すんでのところで本音が出るところだった。
セーフセーフ と冷や汗をかく阿部に気付くこともなく
三橋はさらに爆弾発言 (阿部にとっては) をかました。

「オレ、阿部くんに言われれば・・・・何でもする・・・よ。」
「!!!!!」

じっと返事を待つ三橋。
そのでかい目を凝視しながら、阿部は理性に向かってバイバイと手を振った。

「何でも・・・・・??」
「う・・・うん。」
「本当に?」
「・・う・・・・オレにできる・・・・ことなら・・・。」

「じゃあオレと付き合って。」

言った、
と阿部は思って 同時に どっと、汗の吹き出る感覚を覚えた。
でも (早く返事してくれ・・・・・) と念じる間もなく
「いいよ。」 という声が返ってきた。 やけにあっさりと。 あっさりし過ぎている。

嫌な予感がした。

「どこ行くの?」

(あぁ、やっぱり・・・・・・・)  
がくりと、 脱力しながら
瞬間その場に座り込みたい衝動をこらえ、次に
「その付き合うじゃねえぇぇぇ!!」 と叫びたいのも辛くもこらえ
素早い立ち直りを見せた阿部は褒められてしかるべきだと思う。
もちろん誰も褒めてなんてくれなかったけど。

「えっと、じゃオレんち。」
「今から・・・・・?」
「いいじゃん。 今日は少し時間あるし。」

思い切りハズされた腹立ちと、もう少しいっしょにいたいというさらなる欲に煽られてのとっさの提案だったが
言ってから阿部はまた少し浮上した。  2人で過ごす時間が延びたから。
つくづく単純な男である。
まぁ恋する男なんて、 以下略。




○○○○○○

阿部の部屋にとりあえず落ち着いて
母親に出されたお菓子なんぞぱくつきながら三橋はにこにこと嬉しそうだ。
多分おそらく間違いなくお菓子のせいだとわかってはいるが
楽しそうな三橋を見ているのは阿部も楽しかった。

しかしここでも三橋はまたとんでもないことをしでかした。
阿部が飲み物を取ってくる僅かの間にベッドにもたれたまま寝入ってしまったのだ。
阿部は入り口でそれに気が付いて硬直した。

(なんつー無防備な・・・・・・)

でもよく考えれば(考えなくても)同じ男の部屋で警戒するほうがおかしい。

しかしである。
そこはやっぱり恋する男なので、三橋が全く無警戒なのは嬉しい反面落胆もある。
それだけ安心されていると同時に意識もされてないってことだ。
複雑な気分のまま阿部は持ってきた飲み物をその辺に置いてドアを閉めた。

じっと寝顔を見る。

(熟睡してんじゃねーかこいつ・・・・・・)

さらにじいっと見る。
赤い唇がきれいだ。

(・・・・・キス・・・・してーな・・・・・・)


そんな寝込みを襲うような真似は卑怯だぞと天使(理性ともいう)が叫び
大丈夫、起きないからやっちゃえと悪魔が囁く。

その時三橋が僅かに身じろぎ、やや俯けていた顔を今度はベッドの端に乗せるようにした。
当然顔が上向き首筋が露になり、しかも口が少しだけ開いた。
それを見た瞬間阿部はまたしても、天使にバイバイとお別れした。  本日2度目のサヨウナラ。

(誕生日だし。) と内心でそれでも自分に言い訳しながら
吸い寄せられるように三橋の顔に自分の顔を近づけた。







○○○○○○

(・・・・・あれ・・・・・??)

ふっと気が付いた三橋は一瞬置かれた状況がわからなかった。
見慣れない風景が目に映っている。 知らない部屋だ。

「・・・・・あ!」
三橋はそこで完全に目が覚めた。

(そうだった。 阿部くんちに来てたんだ。)

慌てて身を起こし、きょろきょろと辺りを見回したら
阿部は机の椅子に座ってじっと三橋を見ていた。

「起きた?」
「・・オレ・・・・・寝ちゃったんだ・・・・ごめん、なさい・・・・・・。」
「いいよ。 疲れてるもんな。」

阿部は特に怒っているふうでもない。
三橋はとりあえずホッとした。 けど、時計を見て驚いた。 思ったより時間が経っている。

「もう帰るよな。バス亭まで送るよ。」

言いながら阿部が腰を上げるのに三橋も逆らわずに頷いて荷物を抱えた。






○○○○○○

バス亭までの道を歩く間阿部は無口だった。
でも三橋はさっきから気になっていることを勇気を出して聞いてみた。

「あの・・・今日さ・・・・・・・ホントにこれだけで良かったの・・・・・?」
「何が?」
「だって誕生日、なのに・・・・・オレなにも・・・・」
「あー・・・いいよ、別に。 来てくれてありがとな。」
「でもプレゼントも・・・・なくて・・・・・・」
「いいってば。」
「・・・・・・・・。」
「・・・ちゃんと貰ったから。」
「・・・・へ・・・・・???」

三橋はワケがわからないという表情をした。

「あげてない・・・・・よ。」
「貰った。」
「・・・・・・???」

ますます怪訝な顔になった三橋を見ながら阿部は ちくりと良心が痛んだ。
さっきバイバイした天使がもう戻ってきた。  ちぇ。

深く追求されたらどうごまかそうと思ったけど、幸い三橋はそれ以上何も聞いてこなかった。
そのことにホッとしつつも、若干の罪悪感に苛まれながら三橋を見送った後
阿部は深々とため息をついた。

(・・・ラッキー・・・・・というべきか・・・・・・。)

そっと自分の唇に触ってみる。
先刻の感触を思い出して少し体が熱くなった。 けど、
手放しで喜べない自分の心も自覚してしまう。

(本当は・・・・・)

本当はちゃんと好きだと言いたい。
ダメでもちゃんと堂々と。
キスだって 「1人で」 じゃなくて 「2人で」 したい。

(オレ・・・・なさけねー・・・・・・・)


来年は、      と阿部は考えた。

もう少し違う誕生日にしたい。
できれば、幸せな誕生日に。
もちろん今日もすごく幸せだったけど。
ぎゅっと痛いような切なさの伴わないのがいい。
思いきり甘い誕生日にしたい。


阿部はその時ひそかに、  でも強く心にそう誓ったのだった。










                           

                                             プレゼント 了

                                             SSTOPへ






                                                   実は両思い