閑話・ポッキーゲーム





それは田島にとっては楽しいお遊びであっても
約2名にとっては掛け値なしに冷や汗の出るような提案だった。


「ポッキーゲームしようぜ!!」


部活終了後のにぎやかな部室に田島の元気な声が響き渡ったとき、
花井は固まり 阿部は舌打ちし 三橋は青くなり、
その他の面々は 「えぇ〜?」 とのん気に笑った。

「ホラこれポッキー!!」
「こんなにたくさん、どうしたんだ田島・・・・・」
「昨日じーちゃんのトモダチが来て! 全部くれた!」

(・・・・・変なトモダチ・・・・・・・)
と花井は思ったが今はそんなことはさして重要なことではない。
それより気になるのは。

花井がバッテリーのそれぞれにちらりと視線を走らせると、
案の定というか、阿部はこれ以上ないくらい憮然とした表情だし
三橋の目は早くも水分に満ち満ちているようだ。

花井は2人の仲が今どうなっているのか知らない。
けど、阿部が彼女と別れてからまだそんなに日も経っていないし、
この時点では多分まだどうもなってないような気がする。
これからどうなるかもわからない微妙な段階で そんなことをやるのはどうか、というか
花井としては最近少々不安定な感のあるエースくんの感情を、要らぬことで
さらにぐらぐらさせるのは避けたい、という思惑が働いた。
阿部はああ言っていたけど、花井の勘では三橋の変な様子と阿部とが無関係とはどうしても思えず、
もしそうであれば、せっかく一時より大分回復してきたように見える三橋の精神状態を
つまらないことでまた傾かせたくはない。
しかし。

「田島、男ばっかでやっても・・・・・・」

花井が留めようとした時はもう、田島は即席のクジを作り終えていた。

(こういう事に関しては何て素早いんだこいつは!!)

花井が呆れるまもなく田島は皆にクジを引かせ始めた。
一同 「マジかよ〜」 と言いながらもそれなりにのってしまっていて、
もはやポッキーゲームは遂行されそうな雰囲気である。

気弱な三橋は真っ先に差し出されて 「ほら三橋!」 と言われて断ることもできずに、引いてしまった。
一方阿部はといえば、知らんぷりして1人もくもくと帰り支度をしている。

「阿部もひけよー」
「オレやんない。」
「えーやろうぜ」
「ヤダ」
「何でー?」
「くだらねえ。」
「えー何だよつまんねぇヤツだなー」

(できるかよ) と阿部は思う。
(三橋と当たったらどうすんだ。 拷問じゃねぇか・・・・・・・・・)

拷問で済めばまだマシで、最悪自分の理性がどっか遥か遠くに飛んでいってしまう
可能性も大なわけで (そのあたり阿部は己をよく知っていた)
うっかり衝動に駆られてとんでもないことをやらかしそうで怖かった。
そうなれば隠している想いが露見しかねない。 というかするに違いない。
そんな危険なことできるわけがない。

しかし間もなく阿部は自分にとって、もっと も の す ご く イヤな事態になったことを知る。
自分が回避することに気を取られていて、迂闊にも失念していたのだ。
それは田島のうきうきとした叫びによって、唐突に突きつけられた。

「あ、オレ、三橋とだ!!」
「・・・え・・・・・・・・」

弱々しくつぶやいたのは三橋である。
三橋はもう見るも哀れなほどおどおどしているのだが、田島はそんなことには頓着せず、
早速ポッキーの端を咥えると、三橋のほうを向いてきらきらと目を輝かせた。
三橋は逃げ出したかった。
すぐ傍に阿部がいるのだ。
ただでさえ恥ずかしいポッキーゲームなんぞを、何で片思いしている相手の見ている前で
やらなければならないのか。
でも田島には全然悪気はない。 (当たり前だけど)
むしろこの場合悪いのは、個人的事情で場の楽しい雰囲気を壊すことであり、
そんな真似は自分にできるわけもない。
三橋は観念した。
そしておずおずと田島に近寄ろうとした、まさにその時、阿部の怒声が響き渡った。

「やめろ三橋!!!」

三橋はぴたりと凍りついた。
その声はたかだかお遊びを制止するにしては大き過ぎた。 だけでなく、険しすぎた。
ので一同瞬間ぽかんとして阿部を見つめ、
部室の中は水を打ったようにしーんと静まり返った。
しかし阿部はそんな皆の様子など意に介することなく、すぐに続けて

「三橋はダメだ!!」

と、またいささか強すぎる口調で叫んだ。
もちろん田島が大人しく聞き分けるはずがない。

「何でさ!!」
「何でも!!!」
「じゃあ阿部が三橋とやれよなそんなこと言うんなら!」

三橋はぎょっとした。
そんなことはもっとできない。  できるわけない。
しかし、三橋がおろおろとうろたえる暇もないほどの即行で阿部が言い切った。

「ぜってーイヤだ!!!」

三橋はホっとした。 (けど同時に胸がずきんと痛んだ。)

「何だよ阿部はさっきからワガママだなも〜」
「田島」
「何だよ花井」
「やりたいヤツだけやればいいんじゃねぇ?」
「え〜皆やるだろ? 阿部以外は!」
「三橋はイヤなんじゃないのか? な? 三橋?」

「・・・・・え・・・・・・・」

三橋はまた慌てた。
それはもう全くもってそのとおりだった。
阿部の前でそんなことをしたくなかった。
阿部が自分のことなどそういう対象として見ていないことはわかっていたけど
それでもやっぱり嫌だったし、それ以前に恥ずかしくて死にそうだった。
(ポッキーは食べたくてたまらないんだけど。)
でも、ここでイヤだと正直に言うと田島が傷つくんじゃないだろうかとか
気を悪くするんじゃないかと思うと、はっきり言うのを躊躇ってしまう。

「あ・・・あの・・・・・・」

皆が自分を見ている。  「やりたくない」 というその一言がどうしても言えない。
もう今にも泣き出しそうな三橋の様子に、花井や栄口が内心こっそり
(フォローしてやらないと) と思った瞬間またもや阿部の声が響き渡った。

「帰るぞ!三橋!!」

三橋は飛び上がった。
そんなこと言われてもまだ自分の帰り支度は途中である。 と思ったら。
三橋の着替えた残骸はすでに阿部の手によって三橋のリュックにしまわれていた。
(もっとも三橋はそれに気づく暇すらなかった。)

それと自分の荷物を片手でいっしょくたに持った阿部は、皆がびっくりして見ているうちに
「え」 とか 「う」 とかうろたえている三橋の腕を有無をも言わさず掴んだかと思うと。

「じゃ、な。 お先!!」

挨拶とともに、あっというまに部室から出ていってしまった。 まさに電光石火。

あっけにとられる一同。

「・・・・・何だあいつ・・・・・・・」

水谷が放心したようにつぶやき、その言葉に我に返った田島が
(さすがの田島も、あまりの急激な展開にしばしぽかんとしていた)
気を取り直して 「やろうぜ!!」 と言ったものの、
「やっぱオレ普通に食べる」 と言うや泉がポリポリと食べ始めてしまった。
「えぇ〜〜」 などと田島がブーイングを発している間に
他の連中も泉につられて右へならえしたので (やはり男だけでやるのは皆ムナシかったのだ)
結局田島の提案は流れてしまったのだった。
(もちろん 「誰かやろうぜぇ」 としつこく騒ぐ田島のフォローが、
 花井に押し付けられたのは言うまでもない。)









○○○○○○

三橋は何が起こったのかしばらく把握できなかった。
気がつけば自分の腕は阿部にしっかりと掴まれており、
阿部がどんどん歩いている関係上、自分も転ばないように足を動かすので精一杯で、
ややあってから胸を満たしたのは とにかく危機は回避されたらしい、ということへの安堵感だった。
でもさらに少し落ち着いてから意識したのは阿部の手で。
阿部に掴まれている自分の腕がじんじんと熱い。
三橋はもうそれだけで新たなパニックに陥って、瞬間体が硬直してしまった。

阿部のほうでも衝動に駆られて強引に連れ出したはいいけど、
少し冷静になったところで今度は、自分の手が掴んでいる三橋の腕を強く意識してしまった。
もう目的は達成されたんだから離そうと思う、けど離したくない。
この体勢ではおかしなことはできないし (自分が)、 という安心感も手伝って、
『引っ張っている』 という名目に隠れてもう少し掴んでいようかなどと、
不埒な考えがアタマを掠めたりする。

でもそんな阿部の思惑は、硬直した三橋がその当然の結果として盛大に転びかけたことで中断された。

「ひぁ!!」
「三橋!?」

阿部は反射神経が良かったので、頭で判断するより早く体が反応して、
思い切りつんのめった三橋の体を転ぶ前にしっかりと抱きとめた。

「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」

またもや何が起きたのかよくわからない三橋が顔を上げると、
至近距離に阿部の黒い目があった。

「「ぅ わぁ!!!」」

思わず叫んで一歩後ろに飛びのいたのは2人ほぼ同時だった。
そのままの姿勢でしばし固まる2人。   我に返ったのは阿部が先だった。

「・・・だ、大丈夫か? 三橋」
「・・・あ・・・・へ・・・・・平気・・・・・ありが・・・・」
「・・・・そう・・・か・・・・・・」

言いながら2人はお互いに (これまたほぼ同時に) 急いで目をそらした。

((・・・ななな何か言わなきゃ・・・・・・・))

2人は奇しくもまた同じことを考える。
そして今度は三橋が早かった。
自分の荷物をまだ阿部が持っていることに気が付いたからだ。

「あ・・・・オレの・・・荷物・・・・・・」
「え? あ、あぁ・・・・」
「オレ自分で持つ・・・・・・」
「あー、うん。」

ぎくしゃくと、阿部が荷物を差し出し、ぎくしゃくと三橋が受け取った。
双方お互いの手に触らないように気をつけながら。

それから阿部はまたぎくしゃくと歩き出した。
三橋はもう先刻から心臓が破裂しそうで、座り込みたい衝動に駆られているわけだが、
辛くも抑えて阿部から半歩遅れてようやく歩き出した。
そしてドキドキしながらもふと、まだその前のお礼を言ってなかったということに気が付いた。
阿部は自分が困っているのがわかって連れ出してくれたのだろう。
阿部が自分とやるのを言下に拒絶したのは痛かったけど、
万が一やるなどと言われたら、多分自分は泣き出してしまったに違いない。
あるいは困っているのがわかったからこそ、断ってくれたのかもしれない、
と三橋にしては前向きな発想をしてみた。


「あ・・・阿部くん・・・・・・」
「なに」
「あの・・・さっき・・・・ありがと・・・・・」
「え? 何が?」
「・・・・連れ出してくれて・・・・・・」
「あぁ・・・・・いや別に・・・・・・」
(自分のためだし)  と内心でつぶやく阿部。
「オ、オレがヤだった・・・てわかったから・・・でしょ・・・・・・?」
「え・・・・・・」
「・・・・・・・。」
「あ、 そうそう。 そうなんだけど。」
「あ・・・有難う・・・・・・・」
「あー・・・・おまえもさ、イヤならはっきりそう言えよな。」

言いながら阿部は三橋のほうを見ない。

2人ともその時、意思とは関係なく熱く火照っている顔をもてあましていたのだけど、
三橋は俯いていたし、阿部は前を歩きながらあさっての方を見ていたので、
それぞれ相手の顔を見ることはついになかったのであった。












                                                 ポッキーゲーム 了

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                                               やってもやらなくてもダダ漏れな阿部。