ノロケスイッチ





阿部にはノロケスイッチがある。


花井は常々そう思う。
基本的には惚気ることをしない阿部が、そのスイッチが入った時にだけ
怒涛の勢いで惚気始める。
「ノロケよう」 とはっきりと意識していないことも多そうな分始末が悪い。
おまけにそのスイッチがどこにあるのかよくわからない。
もちろん押したくない、 全然カケラも押したくないから用心しているつもりなのに
いつのまにかばっちりクリーンヒットすることが ままあるのは何故なのか。

(妙なところにあるからかな・・・・・・・・・)

などと抽象的なことまで考える。
つまり要するに何をもってスイッチオンになるのか予測がつかないのだ。






花井がその時その話題を出したのは、そんなふうに日頃疑問に感じていたことだったからと、
たまたまその場に田島と栄口と自分しかいなかったから、 ということの他に
グチを言いたいという気持ちも多少はあった。
2人は花井の言葉を異口同音に復唱した。

「「ノロケスイッチ?」」
「うん・・・・・・・」

しかしその後の2人の反応は大分違った。
1人は 「納得」 という表情になり、もう1人はきょとんとした。

「そうかあ?」

きょとんとした田島は顔に書いた言葉をそのまま口にした。

「そんなことねーか?」
「えー?」
「何かの拍子に惚気ださないかアイツ?」
「・・・・・・・・・別に?」
「え・・・・・・・・」

複雑な顔の花井に、でも栄口は同調した。

「あー、オレはわかるよそれ」
「だよな?」
「うん。 なんかな、突然くるよな?」
「そうなんだよ困るんだよマジで」

意気投合の2人の様子にやや不満気な顔になる田島である。

「予想外に唐突にずけっと言う感じかなあ」
「そうそう!」
「本人無自覚? て気もすんだけど」
「あー、そういうのも多いよな」
「いきなりだから赤面しちゃうんだよね」
「そんでさ、その後止まんなくなるよな?」
「え?」

ここで栄口の顔もきょとんとした。

「・・・・・・それはあまりない、かも」
「・・・・・・・え・・・・・・」

またも複雑な顔をした花井に今や仏頂面の田島が文句を言った。

「何でオレだけ全然ねーの?」
「「え・・・・・・・・」」

今度は花井と栄口がハモった、 ところで部室のドアが開いて
どかどかと入ってきたのはあいにく話題のご本人であった。
ぴたりと、2人は口をつぐんだ。
しかし残りの1人はつぐむどころか。

「阿部、ちょうどいいところに!」
「は?」

花井と栄口が内心で青くなったのは言うまでもない。
後悔したところですでに遅い。
このタイミングで阿部が来るなんて不運としか言いようがない。

「あのさ、三橋のことノロケろよ!!」

2人は今度は内心だけでなく顔を盛大に引き攣らせた。
直接的にも程がある。
ナナメ上をいくどころの騒ぎじゃない田島の言動に、
ぶっ飛びそうになりながらも、田島だからとどこかで納得してしまう己が悲しい。
がしかし、思わず身を硬くして身構えた2人の予想を裏切って
直後の阿部の反応も意外なものだった。

「イヤだね」
「え〜?」

という不満の声は田島から発せられたものだったが、
同時に花井の内心のつぶやきでもあった。

「何でだよ?」
「何でおまえにそんなこと言わなきゃなんねーんだよ?!」
「いーじゃんたまには。 聞いてやるぜ?」
「イヤだ」
「何だよー阿部のケチ!!」
「ケチで結構」

にべもない。

おお!  と花井は内心で小躍りした。
阿部は天邪鬼な面があるのかもしれない。 (すごくありそうだ、 と花井は思った)
いやそれがなくても、露骨に聞きたがる人間には却って隠したくなるのは、
ごく普通のありがちな性かもしれない。
相手が心の中で嫌がっている場合にのみ、スイッチが作動するのだとしたら。
それはそれで大分いい性格とも思えるが、阿部がいい性格をしているのは先刻承知だ。

(これだ・・・・・・・・!!!)

花井は目からウロコが落ちたような爽快な気分になった。








〇〇〇〇〇〇

そんなワケで翌日さっそく試してみることにした花井を誰が笑えようか。

ヘタにアレンジしないほうがいい、と判断しながら花井は周囲に人のいない時を狙って
阿部に話しかけた。
前日の田島の様子を思い起こして、目を意識的に輝かせるという演出までやってのけた。

「阿部さ、ノロケたいことがあったらぜひ言ってくれ!」

はあ?  という呆れた声を期待する花井の目に映ったのは
花井以上に目を輝かせた阿部の顔だった。
と思ったら次に笑顔になった。 それも恐ろしいことに全開だった。
「喜色満面」 という四字熟語が花井の脳をよぎった。

「いいのか?」

弾んだ声に答える気力すらなく、フリーズしている花井に阿部は追い討ちをかけた。

「や、実は最近遠慮してたんだけど」
「へっ・・・・・・・・」
「そんなに聞きてーならここは1つ腰を据えて」





なぜ、

と花井はうつろな目で考えた。

田島にはスイッチにならないことが自分にはなるんだろう。
かわすどころか、これ以上ないくらいの力強さで押した気がするのは何故だろう。
そういえば栄口に対しても自分とは微妙に違うようなことを、昨日彼は言ってなかったか。

(もしかして・・・・・・・・・)

ノロケスイッチは 「自分にだけ」 てんこ盛りで用意されているのだろうか。

「・・・・・・・・・理不尽だ・・・・・・・・」


漏れ出た苦悩に満ちたつぶやきは、 当然きれいさっぱりと無視された。

















                                              ノロケスイッチ 了

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                                                    キミには甘えてるからね。