眠る想い





オレのこのしゃべり方、 自分で、 大嫌い。

みんなみたいに普通にしゃべれない。
何だか気後れがしてスムーズに言葉が出てこない。
中学のときも、この話し方だけで随分ムカつかれた。
だから直そうと、思う、んだけど。
そう思うと余計に上手くしゃべれなくて。

今、 も。



「あ、 う、 だから・・・・・・・・・」
「うん」
「そ、それで、 結局・・・・・・・こ」
「・・・・・・・。」
「転んで」
「・・・・・・・うん」
「そ・・・・それで、 壁に、・・・・・・・・顔を、」
「ぶつけたのか?」
「う、うん。 そう・・・・・・・・」

ようやく説明を終えることができた。
おでこの傷どうしたんだ、 と阿部くんに聞かれて
わけを言うのだけでもこんなに手間取る自分が嫌だ。
どうして転んだかなんて、大したことない理由まで説明する必要なかったんじゃないかと、
今さら気が付いてももう遅くて。

「おまえな・・・・・・・・・・」

阿部くんは俯いて唸っている。  

(怒ってる・・・・・・・・)

そういえば中学の時にも似たようなことがあった。
話の内容は違ったけど。
なんでそれだけ言うのに、こんな時間かかるんだよ!  って畠くんに怒られた。
こんな、些細なことでこんなに無駄な時間使って。
もっと早く要領良くすらすらと言えれば、いいのに。
阿部くんにも。  呆れられる。   中学のとき、みたいに。
嫌われちゃう。   阿部くん、 怖い顔、 してるし。

そう思ったらすごく悲しくなった。

(イヤだ・・・・阿部くんに、 嫌われたく、ない・・・・・・・)

せっかく心機一転で入った高校なのに。   入った早々でまた。

「あ、あの、ごめ」
「は?」
「ごめ・・・ん・・・なさ・・・・・・・・・」
「いいけどさ、おまえもうちょっと自覚しろよ。」
「・・・・う・・・・・ん」

(わかってるから、嫌わない、で・・・・・・・・・・・・)

祈るようなキモチで頷いたら阿部くんの顔がさらに険しくなった。

「わかってる?」
「え・・・・・?」
「オレが何で怒ってんのか、わかってる?」
「・・・・・・う・・・・・・」

(わかってる、よ・・・・・・・・・)

「言ってみ?」
「あ・・・・の・・・・・・・」
「うん」
「オレ・・・・・は、話すの、おそい、カラ・・・・・」
「・・・・・はぁ??!」

阿部くんの顔がもっともっと険しくなった。
心臓が、どくりと、 嫌な跳ね方をした。

(せ、せめて、これでも頑張ってること、だけでも・・・・・・・・・・)

「も、もっと・・・ちゃんと・・・・・・話せる・・・ように」
「なに言ってんの? おまえ」
「・・・・へ・・・・・・?」
「やっぱ全然わかってねぇな・・・・」
「・・・・・・・・え・・・・・?」
「おまえさ、怪我とかに気ぃ付けろよな。」
「・・・・・あ・・・・・・」
「ぶつけたのが肩とかじゃなくて良かったけどさ。」
「・・・・う・・・・・」
「顔だからいいってもんでもねーけど。」

(え・・・・・・イライラした・・・・からじゃない、の・・・・・・・)

「おまえって何だか危なっかしいよな。」
「うぇ?」
「いつケガすっかって気が気じゃねーよオレ」
「・・・・・・えっ・・・・・・・」
「もうちっと気ぃつけて自分大事にしろよ。」
「う・・・・・・うん」

オレは驚いた。
そんなこと言われたの、初めてだ。
てっきりオレのこの話し方にイライラしたんだって。

「オ、オレ、の」
「え?」
「しゃべり方、ってイヤじゃ、ない・・・・・?」

思わず聞いてしまった。

「え? あ、しゃべり方?」
「・・・・・・う、  ん」
「あー・・・・最初はびっくりしたけど」
「・・・・・・・・。」
「イライラすっことも、あるけど。」

(・・・・あぁやっぱり・・・・・・・)

「どっちかってーと、目ぇ逸らされるほうがムカつく」
「う」

慌てて、下方向に落ちかけていた視線を意識して阿部くんの顔に戻した。
阿部くんが苦笑いした。

「どっちにしても、そんなことで嫌ったりはしねーよ」
「・・・・・・・へ」

(そ・・・うなんだ・・・・・・・・・・・)

びっくりして少し呆けていたら阿部くんがまたオレのおでこを見た。
手が伸びてきて傷にかかっている前髪を持ち上げられた。

「・・・・・これさ、なんか痛々しいな。」
「え・・・・・平気。  ・・・・こんなの、舐めとけば・・・・・・」

阿部くんが吹き出した。

「こんなとこどうやって舐めんだよ。」
「あ・・・・・そうか・・・・・・」

つられて うへへ と笑ったオレに阿部くんの顔がすーっと、 近づいた。

え? と思った時には柔らかくて湿った感触がおでこに。

「ひゃ?!!」
「あ、わりぃ」

離れた阿部くんは涼しい顔してる。  でもオレはもう本当に、心底驚いた。

「う・・・・・あ・・・・・・・・」
「ナンだよ。 そんなにヤだった?」

(ち、違う・・・・いやなんて・・・・・・・そんな、ワケ、ない。)

「き・・・・・汚い、よ・・・・・・」
「え、おまえ、朝顔洗わねーとか?」
「ま、まさ、か!」
「じゃあ別にいいじゃん」

(・・・・・・・・阿部くん・・・・・・・・・・・・・・)

「ほら続きやるぞ!」
「あ・・・・・・」

そうだった。 投球練習の途中だった。
阿部くんはもう何事もなかったかのように走っていく。
オレの球を受ける、 ために。

(・・・・・・オレ、 あの人とバッテリー組んでるんだなぁ・・・・・・・)

改めてそう思ったら心臓が、さっきとは違う感じでどきどきした。

(・・・・・・・うれ  しい)


嬉しい。

涙が    出るくらい。



「三橋、3球!」


少し滲む視界に構えている阿部くんが見える。


阿部くんにがっかりされないように、オレは、 精一杯頑張ろう。


そう思いながら


目をごしごしとこすってから手の中の球をしっかりと、握り直した。













                                                 眠る想い 了

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                                                 少し離れたところで花井が赤面している。