眠り姫にキスを





その平穏な様子を見れば忍びない、 とは思うのだが。

「・・・・・・・・どーすんだよこれ・・・・・・・・」

水谷が困惑しきった声でため息混じりにぼやいてしまったのは、彼が本日の鍵当番だからだ。
加えて個人的事情によりできれば早く帰りたい、なんてひそかに思っている。
なのに目の前には熟睡しているエースくん。

「さっきまで普通にしてたのに・・・・・・・」
「なに三橋、寝ちゃったの?」

栄口が覗き込むと、部室の隅っこで小さく丸まって寝こけている三橋がいた。

「あー三橋、昨日あんま寝てないみたいだぜ。」
「何で知ってんの田島。」
「本人がそう言ってたから。 授業中も居眠りしてたし。」
「練習の間はしゃんとしてたのになぁ」
「三橋らしいな。」
「あと帰るだけなのに何で寝るかなぁ」
「我慢できなかったんだろ。」

今や5〜6人でわいわいと言いながら囲んでいるのに、一向に目を覚ます気配がない。

「起きてくんないとオレ困るんだけど・・・・・・・・・」
「揺り動かせば起きるだろ?」
「もうやった。」
「おーい三橋ーみーはーしー」

田島が耳元でがなっても花井が揺らしても、三橋はどこ吹く風で夢の住人を決め込んでいる。
いっそ感心するくらいだ。
それでも乱暴に叩き起こせば目覚めるのだろうが、それができないのは
その寝顔があまりにも無心で 「かわいそうだ」 という気持ちがつい湧いてしまうからか。
困った水谷が2度目のため息をついたところで、阿部が遅れて部室に戻ってきた。

「あ、阿部!!」
「え?」
「三橋起こして!」
「は?」
「おまえならきっと起こせる!」
「・・・・三橋寝てんだ・・・・・・・」
「起きねーんだどうやっても。」
「寝かしといてやれば?」
「オレ困るんだってば・・・・・・・・・」
「ふーん・・・・・」
「おーい三橋ー阿部だぞー」

田島がそう言った途端に僅かに、三橋が身じろいだ。

「お! 反応した!!」
「やっぱ阿部だよな!!」
「阿部が起こせばきっと一発」
「な、声かけてみてよ。」

阿部は 仕方ねぇなと 小さくつぶやき、それから 「三橋」 と呼びかけた。
固唾を飲んで見守る面々。

「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・。」」」」」
「起きないね・・・・・」
「さっきのはまぐれか?」
「阿部でもダメかぁ。」
「よく寝てんなぁ」
「眠り姫みたい・・・・・・・・・」

その時田島が 大 変 まずい冗談を言った。

「誰かキスでもしてみたら?」
「あ、バカ!!!!」

花井が慌てて制した時はすでに遅く。     にんまりと笑った男が1人。

「そうだな・・・・・・・・・」
「あ・・・阿部・・・・・・・・」
「や、冗談だから!」
「え、でもそれで起きるなら」
「バカ水谷なに言ってんだ!!」
「ま・・・・まさか阿部マジで」
「あ、阿部、ヤメろちょっといくらなんでもそれはちょっと」

なんて止めたところで、聞く耳持つような男ではないのである。

「「「「「・・・・・・・あ・・・・・・・・」」」」」

(((((ホントにやった・・・・・・・・・・・・・・)))))

言葉もなく見つめる面々の前で、三橋の目蓋がぴくぴくと震えて。

「あ・・・・阿部・・・・くん・・・・」

(((((!!!!!!  ・・・ホ・・・ホントに起きた・・・・・・・・・・・・)))))

いろいろな意味で驚愕しているチームメイトたちの前で
三橋は半分開けた目でぼんやりと阿部を見つめた。

「おはよ三橋」
「・・・・・もう・・・・朝・・・・?」
「わーーーーーーーーーーーーー!!!!」

2人の微妙に危ない会話は花井の叫びによって中断された。

「すげぇホントに起きたなぁ!」

田島が感心したように言ったところで、三橋はぱちりと目を全開にした。
続いて慌てて半身を起こして、きょろきょろと周りを見回した。
そこには呆けたように自分を見つめるチームメイトたちと
にこにことやけに機嫌の良さそうな阿部。

「と、とにかく起きたし!」

気を取り直したような栄口の言葉に、一同 ハっと我に返った。

「や、良かったな、うん。」
「結果オーライだな!」

とか何とか口々に言いながら辛くも立ち直って、それぞれの帰り支度を再開したのだった。
目覚めた直後の三橋の目が妙に艶めいて見えたなんてことは
この際気のせいということにして、とっとと頭の外に閉め出しながら。





三橋が事の次第を知って、赤面を通り越して真っ青になるのは
翌日のこととなる。















                                             眠り姫にキスを 了

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                                              あの時はびっくりしちゃったよ。   By 水谷くん