願い





最初にそれに気付いた時、それなりにショックを受けた。


三橋といっしょに朝を迎えることなんてそんなに多くはない。
なのにその数少ない機会にたまに三橋は夢でうなされることがある。




その最初の時。

何か聞こえた気がして夜中に目を覚ましたオレは
それが隣に寝ている三橋の声だ、とすぐに気付いた。
三橋は 「ごめん、なさい」 とつぶやいていた。
一瞬起きているのかと思って見たら眠っていた。

寝言か、と思いながらその内容が気になって思わずじっと様子を見てしまった。
三橋は明らかに苦しそうだった。  目尻に涙まで滲んでいる。
起こすべきかどうしようかと迷っているうちに ふっと、 目が開いた。
そしてオレの顔を見てびっくりした目をしてそれから。

安堵の表情になった。

「・・・・・・夢見てた?」
「・・・・・・う、ん」
「どんな夢?」
「え・・・・・・・・別、に」
「三星の夢?」

カマをかけてみた。 まったくのあてずっぽうだった。
ただ聞くだけじゃ答えないだろう、と踏んだからだ。
けど、それは図星だった。
その瞬間の三橋の表情がなにより雄弁に語っていた。

(まだ、 残っているのか・・・・・・・・・・・)

その時オレはショックを受けると同時に少しムっとしてしまった。

「・・・・いい加減忘れろよ」





何て残酷な言葉だったかと、 今は思う。







○○○○○○○

それからもたまにそういうことがあった。
明け方にうなされている。
見ているうちに楽そうになってオレも安心してまた眠ることもあるし、起こすこともある。
起こすとオレの顔を見てホっとした顔になる。

最初こそ面白くなかったオレだけど、
その回数の多さに考えないわけにはいかなかった。


三橋はわかってないわけじゃない。

今、西浦にとって自分が必要な存在だと。

オレが三橋の球を受けなくなることはないと。

言葉でも態度でもさんざん示しているんだから、それについては不安はないはずだ。
1年生の前半くらいの頃はともかくとして今は大丈夫だ、という確信がある。

でもそれと三星でのことは別物なんだ。
今がいいからって消えてなくなるわけじゃない。



それほどまでに三橋の傷は、  深い。



それはオレが何をどう言おうと簡単に消える傷じゃない。
なぜなら三橋だって理性ではきっとわかっているからだ。
三橋が自分で折り合いをつけるか、克服するかしかない問題で
第三者がどうこう言ったりやったりして解決する種類のものじゃない。
時間だって必要なんだろうと思う。


夢を見ながら苦しんでいる三橋にオレは何もしてやれない。

せいぜいが起こしてやって悪夢を中断するくらいしかできない。

それができればまだマシで、圧倒的に多い オレのいない夜に
三橋は未だに時折訪れる悪夢に耐えているに違いない。  一人ぼっちで。


無力だな、


とオレは思う。


寂寥感とともに。







○○○○○○○

その日も明け方目が覚めて、うなされている三橋を見てしまった。

いつものように起こすかどうかで迷っているうちに
三橋はぱちりと目を開けた。
そしてオレを見て、いつものように安心した顔になってその直後に
いつもと違って怪訝そうな顔をした。

「・・・・・・・あべ、くん」
「なに?」
「なんで」

言って言葉を切った。 じーっと不思議そうにオレを見た。

「なんだよ?」
「・・・・・・・苦しいの?」

苦しいのはおまえだろ?
言いたいのを呑みこんで黙っていたら三橋が心配そうに言った。

「阿部くん、苦しそう、だよ・・・・・・・」
「オレは苦しくねーよ」

言いながら 嘘だな、 と思った。

本当は苦しい。
おまえが苦しんでいるのに、何もできねーから。
こんなに近くにいるのに。


そう思ったけど、でも黙っていたらまた三橋が小さな声で言った。

「オレね、 今でも  時々 中学の夢、見るんだ」
「・・・・・・・知ってる」

三橋が自分から三星のことを言うなんて珍しい。
オレは全身を耳にした。
つらいことは言葉にして吐き出したほうが早く楽になれる。
全部言っちまえばいいんだ。

「苦しくて」
「・・・・・・・うん」 

それも知ってる。

「でもね、 随分減った、 んだよ」
「・・・・・そうか」
「うん。   それで」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「夢の中でみんなに背を向けられて 1人ぼっちでいる、と」
「うん」
「時々阿部くんが来て、くれるんだ・・・・・・・」

え? 

「オレが?」
「うん・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・。」
「それで、オレをそこから引っ張って連れ出してくれる んだよ」
「・・・・・・・・・・・。」
「だから、夢でお礼言おうとしても 上手く言えなくて」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・阿部くん」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・ありがとう」


何と言っていいかわからなかった。
でも手が勝手に動いた。

前触れなしにオレが抱き締めたもんだから三橋は
「阿部、くん?」  と少し焦った声を出した。
構わずにぎゅうっと腕に力を込めた。
そうしたいのもあったけど。     今 顔を見られちゃ困るんだ。

最初身じろいだ三橋もすぐに大人しくなった。

「・・・・・・・強いなおまえは」
「え?」

無意識につぶやいた言葉は小さ過ぎて三橋には聞こえなかったみたいだった。

「なんでもねーよ」



三橋は、 強い。
きっとオレが考えている以上に。

自分がしんどい時に人の心配ができる人間なんてそんなにいない。

オレが今 三橋の言葉にどれだけ救われたのかなんてこと、

多分わかってねーんだろうけど。



しばらく黙って抱き締めていたら穏やかな寝息が聞こえてきた。
腕の中の温もりを そーっと見たら、さっきとは打って変わった表情で三橋は眠っていた。

その顔を見ながらオレは。



三橋の傷が僅かずつでもいいから小さくなって 
いつか完全に癒えますように。



できればオレが

少しでもその役に立てますように。




そう心から願った。













                                                願い 了

                                               SSTOPへ
















                                                   充分立ってる。