無自覚バクダン





その日の三橋はこれ以上ないってくらいおかしかった。 朝から。
いやゲンミツに言えば朝練のあとくらいから。

まず1限目には教師にあてられて答えられなかった。
だけならよくあることだけど、三橋はしばらくの間
自分のナマエが呼ばれていることにすら気が付かなかった。

次の休み時間にはバケツにけっつまづいて派手に転んだ。

2限目には教科書が逆さまになっているのに全然気付いてないようだった。
(結局それでまた教師に怒られた。)

その次の休み時間はいつもの早弁をしなかった。

3限目あたりはいつもなら居眠りしてるのにしてなかった。

次の休み時間にはあやうく階段から転げ落ちそうになった。

4限目にはもう鉛筆も持てなかった。

そしてその日最もおかしなことは昼休みに起きた。
この場合「起きた」という言い方は適切ではないが。
三橋は弁当を出したはいいけど、ぼーっとして開けようとしないのである。
田島と泉はそれぞれ自分の昼食を食べながら、当然激しく疑問に思った。

「三橋」
「・・・・・へ?」
「・・・・食べねーの・・・・・・・?」

泉の問いに三橋は答えた。

「な・・・ナンか今日・・・・食欲・・・・なくて」

泉と田島は仰天した。 そして顔を見合わせた。
確かに今日の三橋は朝から少し変だった。 でも。
少し変なのはいつものことなので 「今日はちょっとだけひどいかな」 という程度と言えなくもなかった。
しかしここにきて変の度合いが「ちょっと」なんてもんじゃないことが判明したのだ。
食欲がない三橋なんて三橋じゃない!
・・・・・とはココロの中で思っただけで口には出さない泉であったが。

「もしかして熱ある?」
「え?」
「具合悪いんじゃねぇの? 三橋。」

田島も泉と同じことを考えたようだった。

「そういえば今日は朝からずっと顔がいつもより赤くない?」
「え・・・・・そうかな・・・・・・?」
「うん。 赤い。」
「でも・・・・熱はない・・・と思う・・・・・」
「見してみ?」

言いながら田島が三橋の額に手を当てた。

「どう?田島」
「ん〜〜〜。 ない!!」
「そっか。」
「うん・・・・ない・・・よ・・・・・」
「でも顔赤いよね。」

三橋は困った顔をした。

「今日・・・・なんか・・・変なんだ・・・・・」
「どう変なの?」
「動悸がひどくて・・・・・・」
「動悸?」
「落ち着かない・・・・・・」
「ふぅん・・・・・・?」
「何で・・・・・・・??」
「「オレたちが聞きたい。」」

泉と田島がきれいにハモった。 三橋は困りきった顔をしている。

その時、田島の腕がそばに置いてあった紙パックのジュースに当たってジュースが倒れて、
ストローの先から中身が少しこぼれて飛んだ。

「あぁ!!!」 ガタン!

三橋が派手に椅子の音を立てながら慌てて立ち上がった。
田島と泉はその過剰な反応にびっくりして固まった。

「あ・・・どうしよ・・・・・」

三橋は半泣きだ。

「ど、どうしたんだよ三橋。」

ジュースを戻しながら田島が聞くと、目を潤ませながら三橋は言った。

「ジュースが上着に・・・・・・」

田島と泉はまた顔を見合わせた。
上着にジュースがかかったと言ってもほんの少しだ。
めいっぱいお洒落した女の子じゃあるまいし、そんなことが泣くほどのことか。
大体三橋は元々変わってはいるけど、そういう点で神経質ではないはずだ。

((やっぱ今日こいつ変・・・・・・))

またもや心の中でハモる2人。
そんな疑問を押し殺して泉は 「貸してみ、拭いてやるから。」 と三橋に言った。
三橋からガクランを受け取ってジュースの染み(ほんのちょびっと)を丁寧に拭いてやりながら
泉は少し違和感を覚えた。 何かおかしい・・・・・・・?
そして何気なく裏側を見て気が付いた。

「あれ? これ阿部のなんじゃん。 ナマエ付いてる。」
「・・・・うん・・・・」
「うん、て三橋、何で阿部のなんて着てんの?」
「朝、貸してくれて・・・・・・」
「自分のは?」
「忘れてきた・・・・・・・」
「えぇ?」
「この寒いのに?」
「・・・う・・・・遅れそうになって・・・・・慌てていて・・・・」
(それでも普通は忘れないんじゃ・・・・・)
「あーそれで阿部が貸してくれたのか!」
「・・・・うん・・・いいって言ったんだけど・・・・」
「阿部は何着てんだろ。」
「上にジャージ着るからいいって・・・・・・」
「おまえのジャージは?」
「それも・・・・忘れてきて・・・・」
「・・・・なるほど。」
「いいって言ったら、阿部くん・・・すごく怒って・・・・」
目に浮かぶよう、  と泉は思った。
「『投手が風邪ひいたらどーすんだ!!』 とか何とか言ったんだろ?」
「!よ・・・・よくわかるね・・・泉くん・・・・」
(わからいでか。)
「それ着てると・・・・・」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「阿部くんの・・・匂いが・・・・して・・・・・」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「どうしよう・・・・・・。」
(どうするもこうするも・・・・) 

泉は軽く脱力した。

「それで落ち着かねぇのか・・・・・」
「おまけに動悸が。」
「な・・・・何で・・・・かな・・・・」
「わかんないの? 三橋」
「・・・・・わかんない・・・・」
「・・・・・・・・。」
「それはさ!三橋は阿部のこと好、ぐ」

遠慮会釈なく田島の口を塞ぐ泉である。

「なにすんだよ泉!」
泉は声をひそめて囁いた。
「言わないほうがいいよそれ。」
「なんでさ!」
「いや何となく・・・・・」
「そうかな。」
「そうだよ。」
「???田島くん?・・・・・今なんて・・・」
「あーまぁ何でもねぇ!」
「それより三橋、今なら食べられるんじゃない?」 (上着脱いでるし)
「!あ・・・ホントだ・・・・食べられそう・・・」
「じゃあ食べちゃえよ。」
「うん。・・・・そうする。」

やっと三橋は弁当を開けて食べ始めた。
それを眺めながら泉はこっそりため息をついた。

「これ、午後はもう着ないほうがいいんじゃない?」
「え・・・でも・・・・怒られるから・・・・」

(・・・・こりゃ午後の授業もダメだな・・・・・)

泉が考えたとおり、三橋はその日の午後も赤い顔をして授業どころではなかったのであった。






○○○○○○

そんなことがあった翌日、2限目の休み時間に花井と水谷が9組のクラスにやってきた。

「おー花井!!」
「よぉ」
「水谷も。・・・・どうしたの?」

2人とも見るからに憔悴した顔をしていた。
花井は田島と泉を見て、それから少し離れた自分の机で必死こいて宿題を写している三橋を
ちらりと見てため息をついた。

「ちょっとさ、避難させてくれ。」
「避難?」
「避難て、なにから?」
「阿部から。」
「はぁ?」
「阿部がどうかしたの?」

泉の問いに花井と水谷は堰を切ったようにグチり始めた。

「あいつ今日変。 すっげぇ変。」
「・・・・・・・変?」
「朝から鼻血出したり。」
「うろうろ歩き回ったり。」
「そんでニヤニヤしてんだ。 1人で。」
「怖くて側にいたくねぇ。」
「授業も全然聞いてねぇみたいだし。」
「そうそう。 教科書逆さまだった。」

田島が口を挟んだ。

「それ、昨日の三橋じゃん!!」
「昨日の三橋?」
「うんそう! 昨日はあいつ、変だった!!」
「花井さ、理由を阿部に聞いてみた?」
「聞かなかったけど、あっちから勝手に言ってきた。」
「何て?」
聞きながら泉は 「わかるような気が・・・・・」 と思った。
「三橋の匂いがするとか言って。」
(やっぱり・・・・・・・・・)
昨日1日着ていたから、と泉は納得した。
「あいつワケわかんねぇ・・・・。匂いって何だよ・・・。」
「あーそれにはワケが」
「なーんだ!! じゃああいつら両思い、ぐ!!」
「たーじーまー」
「何で!!いいじゃん泉!!」

花井がぐったりした様子で2人に言った。

「あー阿部が三橋に惚れてるってこと?」
「!! 花井知ってんの?」
「知ってるもなにも知りたくなくても知らないワケにはいかないというか。」
「花井がワケわからん。」
「田島うるさい。」
「それよりさ、じゃあ阿部のほうは自覚してんだな。」
「し て ね ぇ よ !!」
「そうなの? 花井。」
「だから余計に始末が悪ぃんだ。」
「似たものどうしか・・・・」

泉のつぶやきを聞いて水谷が楽しそうに叫んだ。

「あ、やっぱ三橋もそうなんだ! オレ前から実は両思いじゃないかと」
「水谷!! 声がでけぇ!」
「「とにかくさ。」」  
花井と泉がハモった。

「両思いってことは本人たちには言わないほうが。」
「何で!! いーじゃん教えてやろうぜ!!」
「田島・・・・・」
「おまえ面白そうとか思ってるだろ。」
「思ってる!!」
「この際田島の意見は無視しよう」
「えーなんでぇー」
「オレたちは通常の神経の持ち主だからだ!!」
「オレ無神経?」
「そうは言わないけど・・・・・」
「大物だよオマエは!!」

ここで水谷がどういうわけか田島の肩を持った。

「えー、でもオレも別に言ってもいいんじゃないかと」
「水谷まで・・・・・」
「知ると何がまずいんだよ!!」
「だって考えてもみろ。」
「なにをだよ花井。」
「2人ともそもそも無自覚なんだぞ。」
「あぁまぁそれは・・・・・・・・」
「オレも、寝た子を起こすようなことはしなくていいと思う。」
「うーん。」
「しかも。」
「しかも?」
「阿部は自覚してねぇにも拘らずあそこまでやる男だぞ!?」

花井の言葉に一同普段の阿部の行動のあれこれを改めて考えてみた。

「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」

「自覚したらどうなると思う・・・・・・・」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「面白くなる。」
「だから田島は黙れ!」
「オレ部室がピンク色になるのはヤだぜ。」
「あぁ・・・・・・・・」
「そうだな・・・・・・・・・」
「そうかぁ?」
「黙れってば田島!!」
「三橋だって今のほうが平和だぞきっと。」


「オ、オ、オレが・・・どうかした・・・・・・?」

4人は びょんっっと 飛び上がった。
いつのまにか三橋がそばに来ている。

「みみみ三橋・・・・・・・」
「宿題は・・・・・・・?」
「・・・終わった。・・・ありがと、泉くん・・・」
「あ・・・あぁ、どーいたしまして。」
「今・・・オレのこと・・・話してた・・・よね・・・」
「い!!」
「べべべべ別に!! なぁ! 水谷!」
「あーうん!!全然! 話してねぇよ! 気のせい気のせい!」

(・・・嘘だ・・・・オレ・・・仲間はずれ・・・なんだ・・・・)

三橋の目にみるみる涙が盛り上がった。  4人は焦った。

「み、三橋。」
「泣くな!」
「本当になにも」

花井が苦し紛れの言い訳をしようとしたその時、地を這うような低ーーい声が聞こえた。

「三橋を泣かせたな・・・・・?」

4人はまた(先ほどの倍は)飛び上がった。

「あああああ阿部!!!!」
「おまえ何でここに。」
「オレが来ちゃダメなのかよ。」
「や、そんなことは」
「そんなことはどーでもいいんだよ。」

声がさらに低くなった。 目も光っているような。

(((ひいぃ)))
約3名が無意識に身を寄せ合った。

「おおお落ち着け阿部!」
「ち、違うんだこれは」

「何で三橋は泣いてんだよ・・・・・・・・・」

(((あぁ背後にドス黒い雲が見える・・・・・・)))

3名は仲良く同じことを思った。



その後9組の教室では約4名の悲鳴が響き渡り (さすがの田島も例外にはなれなかった)、
うち3名は
(無自覚でこれじゃあ自覚しちゃった暁には・・・・・) と怯え、
やっぱり教えてやらないほうが無難なんじゃないか と

心の底から思ったのである。












                                                 無自覚バクダン 了

                                                  SSTOPへ







                                                  そして「伝説の男」へと続く。