水谷君のつぶやき





オレはさ、あん時びっくりしちゃったんだよね。

あそこでびっくりするのは阿部に対して失礼だってのはわかってるけど、
ほんとにしちゃったんだからしょうがない。

その前にあったことは全然びっくりしなかった。
合宿中の風呂って楽しい時間だし、三橋と田島は普段からなんつーの? 
やんちゃっぽいし、あ、やんちゃなのは田島で三橋はつられてるって感じだけど
2人で背中を流しっこした後で洗い場で鬼ごっこが始まった時は笑いながら見てた。
だって他のお客いなかったし、迷惑になるレベルでもなかったしさ。

ちょっと危ないかな? とは思ったけど、どうせ阿部が言うだろうと
予想したから何も言わなかった。
したら阿部より先に花井が注意して、さすがキャプ!と思ったりもしたけど、
別に意外でもなかった。
だって阿部の次に言いそうな、つーか言うべき奴だと思うし。

田島と三橋も言われてすぐにやめた。
けど結局そのすぐ後に三橋が滑って背中からすっ転んで
そのまま動かなくなった時は、やっぱ焦った。 
頭打ったように見えたし、ゴンってすげー音したし。
後頭部を打つと危ないって言うじゃん?
でも一番驚いたのはそこじゃなくて、その後なんだよね。

離れた湯船にいた阿部が一番最初に血相変えて駆けつけたのは
意外でも何でもなかった。
むしろ阿部が2番手以降になるほうがオドロキだと思うよ、うん。
何にびっくりしたって、駆け寄った阿部が最初にしたことがさ、
三橋の腰にタオルをかけてやったんだよね。

走り回っていた時は腰にタオル巻いてて、でも転んだ拍子に外れちゃって、
すっぽんぽんで仰向けになってんのは
風呂場だから裸は当たり前なんだけど、ちょっと恥ずかしいもんがあって
いやいやそんなこと気にしてる場合じゃない、 とかちらっと思ったとこで
阿部が落ちていたタオルで素早く隠してやったわけ。 マジ驚いた。

だって阿部ってがさつじゃん。
頭いいけど、時々すっげー無神経っつか無頓着っつか粗暴っつか
そーゆーとこあんだろ?
その阿部がごく自然に繊細な気遣いをしてやったっつーのがさ。
オレ的には 「えっ うっそお」 て感じだったわけ。

それに阿部のやつ、駆け寄りながら真っ青だったんだぜ?
風呂場だから暑くて、阿部もそれまでは普通に赤っぽい顔だったんだけど、
いきなり漫画みたいにどばっと青くなって見るからに焦ってて
それなのに真っ先にデリケートなことする余裕があったってのがさ。

いや余裕ってよりあれはやっぱ三橋だったからだろうなー。
三橋に対しては普段からめちゃくちゃ口うるさいし世話焼くし
阿部にとって別格なのは知っていたけど
つまりさ、阿部の意外な一面を見てオレ、びっくり以外にも感心しちゃったんだ。 
目立たないけど案外優しいよなって。

で、その後どうなったかっつーとみんなで倒れた三橋を覗き込んで、
阿部が呼びかけても反応しなくて いよいよヤバい? てなったところで
三橋が気が付いたんだよね。
けろりと起き上がった三橋に阿部のやつ、
それまでの青がみるみる赤に戻って、つーか戻り過ぎて
がーっと怒鳴りつけて、あーやっぱ阿部だーって思ったけどね。
心配した分の反動だろうな。 そういうのってオレもわかるよ。

けどそれにしてもすっげえ剣幕だった。
たくさん怒鳴ったわけじゃないけど、声とか雰囲気とかが怖いのなんのって、
オレも大概慣れたつもりだけど、しかも怒鳴られたのオレじゃなくて三橋なのに、
ちょっとビビっちゃったもん。

確かに三橋が悪かったけど、あれは怖いよ。
周りの連中もそう思ったんだろうな、皆で口々に阿部をなだめて
三橋も必死で謝ったのに、結局阿部はその後さっと立ってぷいって出てっちゃって 
あちゃー て感じだった。 三橋も泣きそうだったしさ。

その後はまあ、皆で慰めたり花井が一応注意したりして終わったんだけど、
風呂の後も阿部はずーっと不機嫌オーラの大安売りなんだもん。
でもそれってちょっと珍しい。
だってあいつ、瞬間湯沸かし器っての? あ、これ死語かな?
すぐ怒る人間のことを言うんだけどさ、おじいちゃんが時々使うんで知ってんだ。

その湯沸かし器なんだけど、阿部のいいとこは引き摺らないとこなんだ。
言い過ぎたと思ったら潔く謝ったりもするし、
それに結局こぶ1つで済んだんだし、いつまでも怒ってるような
事でもないと思うんだよね。
なのにフォローするどころかしつこく仏頂面で三橋の傍に寄らないわ、
シカトまでしてるわで、当然三橋はかわいそうなくらい凹んでた。
2人とも顔に出るからわかりやすいよなー

そんで今日はもうあと寝るだけなんだけど、三橋はまだしょげてる。
だもんで思いついたんだ。
それで元気になるかはわかんないけど、ダメもとでも言ってみようかなって。
阿部がいないってのも好都合だ。
この時間にいないってことは多分どっか外で防具の手入れしてんだよな。
きっとしばらく戻ってこない。
鬼のいぬまにナンとやらで、今がチャンスだ。
三橋だってもう一度謝るチャンスが欲しいだろうし、今日はもう今しかないだろ。
オレって優しいなー。
まあ三橋のしょげ方がそんだけ見てて気の毒なんだけど。

「三橋」
「う?」

話しかけるとちょっとキョドった。
あの失敗をまだ気にしてんだろう。 阿部がアレだし。

「打ったとこ、大丈夫?」
「うん・・・・・ありがとう」
「派手に転んだよなあ」
「う・・・・・・・・」

またしゅんとしちゃった。 それで気付いた。
オレも怒ってると思ったんだきっと。
悪いと思ったけど、少し笑っちゃった。 こーゆーとこは相変わらずだよな。

「あのさ、オレは怒ってないから」
「う、 ありがと・・・・・・」
「阿部もあんなに怒鳴んなくてもいいのにな」
「でも オレが 悪い、から」
「でもさ、オレちょっと意外だったんだ」
「・・・・へ?」
「だってあいつ、駆け寄るなりまず何をしたと思う?」
「・・・・・・?」
「腰にタオルかけてやったんだぜ?」
「えっ・・・・・・・」

三橋は真っ赤になった。 きっと想像したんだろうな。
でも恥ずかしい状態はホントにほんのちょっとで済んだんだ。 阿部のおかげで。

「あいつ、良く言えば男らしいけど悪く言えば無神経じゃん?」
「・・・・・そ、そうか な」
「その阿部がさ、デリケートな気遣いをしたってのが」
「・・・・・・・・。」
「だからつまり・・・・意外と繊細なとこもあんだなって思ったんだけど」
「・・・・・・・・。」
「でもやっぱ三橋に対してはそんだけ優しいんじゃない?」

三橋は嬉しそうな顔になった。 上手くいきそうじゃーん。 

「今頃案外あいつも落ち込んでるかもよ?」
「・・・・・そう かな」
「きっとそうだって」
「う・・・・・」
「今1人だろうから、行ってあげれば?」

三橋は一瞬迷ったけど、次によしって顔になった。

「オレ、行ってみる。 ありがとう!」
「おー頑張れー」

立ち上がった三橋にオレはひらひらと手を振ってやった。
でも満足しながら背中を見送ったところで、近くにいた泉がぼそりと言ったんだよね。

「・・・・・・・繊細とは違うだろ」
「へ?」

小さな声だったんで思わず聞き返したら、泉はオレを見て普通の感じで笑った。

「水谷、ナイス」
「おー、だろだろ?」
「ったく世話の焼けるバッテリーだよな」

泉はそれで終わらすつもりだったのかもだけど、
オレはさっきのがちょっと引っ掛かった。
気に障ったとかじゃなくて、単純に気になったんで。

「おまえはそう思わなかった?」
「は?」
「意外と繊細、って」
「へ?」
「だから、阿部がさ」
「あー・・・・・・・・」

泉は変な顔になった。 
変、ていうか何て表現していいのかわかんないような表情だったもんで、
オレは背中がむずむずしちゃった。
泉はなんかきっと、オレとは違う意見があんだ。

「・・・・・・・まあ、そういうとこがあるのは認める」
「今日のは?」
「・・・・・・・・・うーん、まあそうとも言える」

奥歯にものの挟まったみたいな言い方をされて、むずむずが増えたんだけど。

「水谷と話すとホッとするかもオレ・・・・・・」

真顔で言われた。
これは褒められたのかけなされたのか、て一瞬思っちゃったよ。
オレだってバカじゃないんだからね、
何か含みがあるなーってくらいはわかんだよね。 でも。

「そうかあ? やー照れるね、あんがと」

嬉しいのもほんとなんだ。
泉の言葉のほんとの意味はよくわかんないけど、
オレはみんなが幸せならそれでいいって思ってるから、別にいいんだ。
阿部と三橋だって幸せなほうがいいに決まってる。 友達だもん。

「三橋、上手く言えるかなー」
「ま、何とかなるだろ」
「阿部もさ、後悔してると思わない?」
「絶対だな」

あはは、 と笑いがハモった。

阿部が繊細、てのはオレだけの印象なのかな。
オレほんとにびっくりしたんだけどな。
もう一度泉に聞いてみようかなとちょっと思ったけど、やっぱやめる。

その辺を突っ込みたい よりも
ちゃんと仲直りできるといいなと、心から思ったんだ。
オレっていいヤツ、て自画自賛もちょびっとしながらだけど、
そう願ったのは本当なんだ。 だから真面目にそう言ってみた。

「オレ、あいつらが上手くいくといいって思ってるよ」

泉がまた変な顔になった。 すげー複雑で、また説明できないような。

何でそんな顔になるのか、オレにはさっぱりわからなかった。
我ながらいいこと言ったつもりなんだけどな、 そう思わない?













                                   水谷君のつぶやき 了

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