ミハシブソク





その日の朝、阿部くんはオレを見るなり顔をしかめた。

えっ、 とオレは焦って、それから急いで最近の自分の行動を思い返した。
何か、阿部くんを怒らせるようなことをしたかと。
・・・・・・・・・ない。 多分ない。
だって昨日の夕方部活の後別れて、そして今日だもん。
何もやりようがない。
電話、もなかったし。

ぐるぐると慌しく考えを巡らすオレに、阿部くんがぼそりと言った。

「・・・・・おまえって、オレより肉まんのが好きなんだな」

えぇ?!!

ぽかんとしてしまった。
そりゃ肉まんは好きだけど。
阿部くんは食べられないから、食べ物という意味では肉まんのが好きかもだけど。
でもオレ、野球と阿部くん(と家族) 以上に好きなもの、なんてない・・・・・・・・

「そ、そんなこと、ない、よ・・・・・・」

慌てて否定したら 「ふーん」 とまだ仏頂面で阿部くんは言った。

「な、何で、そんなこと」
「今朝おまえ、そう言ったんだもん」
「え?」
「嬉しそうに肉まん食いながら」
「え?」  

し、知らない・・・・・・・

「夢だけど」
「夢??」

オレはまたぽかんとした。 
・・・・・・夢の中のこと言われても、
と言おうとして言えなかった。  集合の号令がかかったからだ。
でも阿部くんはその後普通の顔に戻ったので、ホっとして忘れてしまった。





翌日の朝も、阿部くんはオレの顔を見るなりムっとした表情になった。
オレはまた焦った、けど同時に昨日のことを思い出した。

「おまえさ、忘れ物した時本当は栄口に借りたいんだ?」
「へ?」

前日のことがあったのでそんなにびっくりはしなかったけど
やっぱりちょっと慌ててしまった。

「そんなこと、ない・・・・・・・・」
「実は阿部くんに借りるのは怖い、なんてぬかしやがって」
「・・・・・・夢で?」
「夢で」

・・・・・昨日の夢といい。
・・・・・阿部くんの中でオレってどういうイメージなんだろう・・・・・・・・・・・

オレはしょんぼりしてしまった。
と、阿部くんはいきなり

「ま、夢だからな。 気にすんなよ!!」

とやけに明るい声で言ってにっこりと笑った。
けど、その笑顔は大分引き攣っているような気が、した。
気にしてるのは阿部くん、 とオレは思ったけど。
でもとりあえずムっとした表情は消えたので、まぁいいやと思った。




でもまたその翌日。
阿部くんは珍しくオレより遅く来た。
来るなりオレのほうに怖い顔でずかずかと歩いてきた。
挨拶抜きで開口一番に言った言葉が、

「最近おまえさ、叶に会った?」

・・・・・・・・・・だった。

「え、会ってない、よ・・・・・・」
「ふーん」

今日は夢じゃないのかな、と思っているオレに阿部くんは低い声で言った。

「オレの目の前で叶とべたべたしやがって」
「えっっ」
「夢だけど」

・・・・・やっぱり・・・・・・・・・

「オ、オレ、そんなこと、しないよ」
「ふーん」

阿部くんはその日1日中少しだけ不機嫌だった。





そんな調子だったので翌日の朝、阿部くんの顔を見た瞬間に
また何か変な夢を見たんだな、とすぐにわかった。

阿部くんは も の す ご く 怒った顔をしていた。
一体どんな夢を見たんだろう、とオレは聞く前から怯えてしまった。
でも阿部くんは今日は夢の内容には一切触れずに、オレの顔を見るなり言った。

「今日うち来て」
「え」
「オレわかった」
「へ?」
「三橋不足だ」

ミハシブソク???

「三橋が足りてねーんだ」
「え、 でも」
「なんだよ」
「・・・・・・・・毎日 会ってる・・・・・・」

おずおずとオレは言ってみた。 朝と昼休みと放課後と、時には昼間廊下とかでも。

「それは相棒としての三橋で、不足してんのはコイビトとしての三橋」

かーっ と顔が熱くなった。
慌ててきょろきょろと周りを見回したけど近くには誰もいなかった。 ホっとした。

「だから来いよ」
「う・・・・・・・」

オレは頷いた。 だって。
阿部くんの顔がとにかく怖かった (というか真剣というか) からだ。
そんな阿部くんに首を横に振る勇気なんて、オレにあるわけない。





その日の夜、オレは阿部くんの言うところの 「ミハシブソク」 を補うために
いろいろととても、大変だった。







でも翌日から阿部くんは夢のことを言わなくなった。
朝から変な顔をすることもなく、爽やかに笑って挨拶してくれる、
いつもの阿部くんに戻った。
身に覚えのないことで文句を言われなくなって、オレはホっとした。

けど。

「補った」 翌日、すごく恥ずかしいことがあった。

まずその日の朝練の最中に栄口くんに、
「阿部のミハシブソク、直ったんだな」 とにこにこと言われた。
オレはぎょっとした。
だって栄口くんに知られているなんて。

「あ、あの、 栄口くん」
「え?」
「し、知って・・・・・・」
「あ」

栄口くんは慌てた顔になった。

「あー・・・・オレが知ってるって、三橋知らなかったっけ・・・・・?」
「う、うん・・・・・・・」  

知らなかった・・・・・・。

「あ、でも大丈夫。 誰にも言ってないし。」
「う、ん・・・・・・」
「応援してるし!!」
「あ、ありがと・・・・・・・」

お礼を言いながらも恥ずかしくて堪らない。
だって、最初の言葉を考えるときっと、いろいろ、全部バレてる。
しかもそれだけじゃなかった。
休み時間に今度は田島くんにも

「ミハシブソクだよっ てオレが教えてやったんだぜぇ!!
だってあいつ、すっげーイライラしてっからさぁ!!」

なんて言われておまけに
「補充してやったんだな三橋!」  と背中を叩かれた。

さらに放課後の部活の時花井くんにまで。

「いや三橋、ご苦労さん」

なんて気遣わしげな表情で言われてしまって。 (しかも視線はあさっての方向だった。)

そのたびにオレはもう、穴があったら入りたいくらい恥ずかしかった。
だって。

これじゃあ いつ 「補充」 したのかってことが
知っている人には  ば  れ  ば  れ  なワケで。

恥ずかしくて死にそう。

だからそんなに明らかに不足する前に早めに言ってきてほしい・・・・・・・・
とかも思ったんだけど。
そんなことを言ったら、それはそれでまた大変なことになるような気がすごくして。

やっぱりこれは黙っていよう・・・・・・・・・・

と、オレは思ったんだ。














                                         ミハシブソク 了

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                                                   すぐ不足するからね。