迷わない事





練習が半日で終わった日曜日に。

「今日の午後どうする?」  と聞いたら 珍しく
「買い物、しなきゃならなくて」  と三橋は言った。

2人で過ごせるまとまった時間は
割合としてはどちらかの家 (なるべく親が不在なほう) に行くことが多い。
だってお年頃だもん。
オレは三橋に機会があればキスしたいし、触りたいし、
はっきり言っちゃえばやりたい。
三橋にだって当然性欲くらいあるから (オレより大分少なそうだけど)
余程のことがない限り嫌がらないし、
最後まではできなくても部屋でいちゃいちゃすることが多いんだけど。

でもたまに外に出ることもある。
それはそれで楽しいし、好きだ。
野球以外の三橋のいろんな面が見れて面白い。

けど、今回は 「買い物」 の内容が 「洋服」 だと聞いて、少々嫌な予感がした。
手持ちの服が皆小さくなってきて母親に 「適当に買ってきなさい」 と金だけ渡されたらしい。
なぜ嫌な予感がしたかというと。

三橋は迷う。
何しろとにかく迷う。
日常生活でもささいなことでいちいちはっきりしなくて迷うこいつのことだから
「選ぶ」 という行為が得意なわけがない。
そして予感は的中した。

「これとこれ、どっちがいい、と思う・・・・・・・・?」

おずおずとオレに聞いてくる。

「こっち」

教えてやってもまだ迷う。
イライラして 「もうこれでいーじゃんよ!」 と我ながら不機嫌な声で言うと
「う、ん」 とまだ煮え切らない様子でやっと決める。
さっきからそんなことの繰り返しだ。
三橋の着るものをオレが選んでやる、というのはある意味楽しい作業でもあるんだけど
基本的にオレは (おそらく三橋も) 特に服装にこだわりがあるわけでもなし、
そこそこおかしくなければいーや、 という感じなので
遅々として進まない買い物に苛立ちのほうが先に立つ。

それでもようやく予定していた服類をひととおり買ってホっとして、
「腹減ったー」 と入ったマックで今度は何を食うかでまた迷う。
迷った挙句、オレと同じ物にもう1個多く注文したりしている。

どうしてそんなに迷うかな。

内心で呆れるけど、ずけずけとそう言うと涙目になるのもわかっているので
言わないどいてやる。
正直イライラするんだけど、
でも人の性格のいいところと悪いところって裏表っつーか
結局オレは今やもう三橋の全部、ひっくるめて好きなんだからしょーがねーか、
なんてこっそりと諦めのため息をついたりする。
こーゆーのっていわゆる 「惚れた弱み」 っていうんだろな・・・・・・・・・・






○○○○○○

出たところで 「この後どうする?」 と聞いたら案の定また迷い始めた。
迷うとわかりつつ聞くオレもどうかと思うけど、
そうしないと全部オレのしたいようにすることになって
三橋の意思とか希望とかを聞く機会が皆無になる。
それはそれでちょっとモンダイがあるような気がすんだよな。

こいつが迷うのって、どうしたいか本当に自分でわかってないのか、
それともわかってはいるけど周囲に (今はオレに) 気兼ねして言えないだけなのか
よくわかんない。



迷う三橋を見ながらそんなことをぼんやりと考えていたら、聞き覚えのある声が聞こえた。
だけでなくその声はオレの「ナマエ」を、呼んだ。

「タカヤ!?」

見る前からわかってしまった。
大体がオレをナマエで呼ぶヤツなんて、そんなに多くねぇし。
こんな街中で偶然会うなんて珍しいっつーか運が悪いっつーか。

「・・・・・・ちわっす」

ぶすっとした声で挨拶したオレに、元相棒であった榛名サンは
屈託なく手を振って笑いかけてきた。

「おー、休みの日もデートかぁ?  仲いいなーおまえら」

・・・・・・あんたとはそういうことはしなかったすね、

とか思いながら黙っていた。
ふと隣を見ると、三橋の目がきらきらと輝いている。
そういえばこいつは榛名に尊敬とか憧れとかの念を抱いてたんだっけ。
三橋は元々速球コンプレックスを持ってるからさもありなん、とは思うけど。
オレとしてはいささか複雑な気分になる。

「タカヤの投手くん」
「ははははい!!」

背筋まで伸ばしちゃって。
そんなに緊張するような相手じゃねんだから。

「タカヤのお守りは大変だろ?」

ぴきっ  とキレそうになりつつもここは我慢だ。
余計なことは言わずに流すに限る。
ヘタに返せばますますからかわれるのがオチだ、 とオレはよく知っている。

「え、あ、そ、そんな・・・・・・・・」

もごもごと口ごもる三橋を見ながらオレは少し、悲しくなる。
きっぱりと否定してくれたっていーじゃんか。
(いやマジでそう思われてたらショックだけど多分、違う。)
でもまぁ三橋だから仕方ねーか・・・・・・・・・・

「でもこいつ、割といいキャッチャーでしょ?」
「あ、 は、」

へぇ、 とオレは思った。
いろいろと一口では言えないワダカマリのある相手ではあるけれど、
褒められればやっぱり悪い気はしない。
でも三橋はさらにもごもごと口ごもった。 完全に「あがって」いる。
そんな三橋に、次に榛名は爆弾発言をかました。

「だからこいつさ、オレに返してくんない?」
「「え」」

思わずハモっちゃった。
からかってんだ、とオレはすぐにわかったけど (本気でたまるか)
冗談でも三橋にとってはイヤな言葉だろう。 (自惚れじゃなく) 
内心で慌てながら三橋の様子を盗み見た。
予想どおり三橋は早くも目を潤ませて、おろおろしているのがわかる。
オレが、フォローしてやんねーと、 と口を開いた、  その時。



「や    です」



え・・・・・・・??


空耳??


刹那そう思ってしまった。
榛名もぽかんとした表情で三橋を見ている。
オレもぽかんとして三橋を見てしまう。

三橋はやっぱり涙目で、おそらく少し震えていて。 (実際手がぶるぶるしている)

でも今聞こえた声は、確かに三橋のものだった。

榛名は ふっと真顔になってからすぐに、にやーっと笑ってまた言った。

「そんなこと言わずにさ、返してくれよ」
「や、 です」

今度は即答だった。
オレはますます呆けてしまった。


何にでも迷いまくる三橋の、 滅多に聞けない、  迷いのないコトバ。   


オレがボケっと呆けている間に榛名は

「冗談だよ」 とか言って笑って (当たり前だ!)
「タカヤ、愛されてんじゃん」  となかなかいいことをヌかして
「オレも、実はこれからデートなんだ」  とフザけたことを言ったかと思うと
「またな」 とさっさと人ごみに消えていった。

あっというまに現れて あっというまに去っていきやがった。
その後姿をぼんやり見送りながら、オレはまだちょっと呆けている。

「阿部、 くん・・・・・?」

三橋の不安そうな声で我に返った。
顔を見ると今にも泣きそうだ。
零れ落ちないように堪えながら(多分)不安そうな声のまま、三橋は続けて言った。

「ごめ、んね・・・・・・・・」
「へ?」  

何が?

「オレ、・・・・・図々しいこと・・・・・・・・言って・・・・」
「は?」
「オ オ オ オレ、 阿部くんが、も、もし、  戻りたいって」
「バカ!!!!」

皆まで言わせる気はなかった。
それよりも。

猛烈に2人きりになりたい。 今すぐ。 できればソッコーで。
その辺の物陰に連れ込んでぎゅーってしたい。
でもきっとそれは三橋がすげー嫌がるから。 (そういえばそのテのこともはっきりしてんな)

「オレんち行こうぜ?」
「へ?」
「誰かいるかもしんねーけど。」
「・・・・・え・・・・」
「別に変な気はねーから」

疑わしげな三橋に正直に本音を言ってやった。

「抱き締めたいだけ」
「え」

面白いように赤くなる。 

「それともここでしていい?」
「う?」
「人いっぱいいるけど、オレは別に構わないぜ?」
「え、 ダ、 ダメ・・・・・・・」
「じゃあ決まりな!」

三橋の腕を掴んで歩き出した。
早く、部屋で2人になりたい。  それで思い切り抱き締めたい。
それだけじゃ済まなくなるような気もするけど、とにかく抱き締めたい。
今の気持ちを、伝えてやりたい。
言葉じゃダメだ。  伝えきれないから。


三橋は。

すぐ迷う。 いろいろと迷う。  はっきりしない。
自分の要求がわからないんだか気兼ねなんだか、ハタで見ててもさっぱりわかんねーけど。

でも迷わないこともあるんだ。

ただの一瞬も、 これっぽっちも迷わないことだって   ある。



それで   充分だ。




顔がだらしなく緩んでしまうのを感じながら それを抑えようとする努力も放棄して、
オレは精一杯足を速めた。














                                              迷わない事 了

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