オマケ2 (3ヵ月後)




オレも慣れたもんだぜ、と花井はふっと笑った。

視界に映る2人が必要以上に親しく見えるのなんか慣れている。
バレンタインの一件の後、完全に開き直ることはできなかったけれど
それでもなるべくスルーする努力をしたことは、ある程度功を奏した。
泉の達観には遠く及ばないものの、これくらいならもう動じない。

グラウンドの隅にある体育倉庫に1人でいると
連れ立って歩いてきたバッテリーが見えたので、倉庫に用事があるんだなと思ったら
5メートル手前で立ち止まって何やら話し始めたのが5分前のことだ。
以前なら2人の距離がちょっと近いなともやもやしたところだけど、
今はむしろ普通に思えて、そんな自分に満足した。

(だってあの2人だもんな)

余裕の笑みすら浮かべながら花井はそう思った。
この言葉は便利だ。
努力の甲斐あって、呪文のように唱えるだけで大抵の場合はスルーできる。

立ち止まった場所が大きな木の影なのは日差しを避けるためだろう。
倉庫の中に自分がいることに2人は気付いてないだろうから
盗み見しているような格好なのは気が引けるけど、
用事が終わってないから仕方ない。 そもそも気が引けるような理由もない。
くだけた雰囲気から察するに野球に関する必要事項の類じゃなさそうだが
会話の内容までは聞こえない。

見るともなしに見ていると、阿部が何か囁いて三橋がくすくすと笑った。
「いちゃいちゃ」 という単語が掠めたけど、別におかしなことではない。
だってあの2人だから。

(スルースルー)

今度は三橋のほうが阿部に何か言っている。
人気のない場所なのに耳元近くまで口を寄せて頬を染めている様は
さながら恋人どうしのようだけど大丈夫だ問題ない。 
だって何しろあの2人だから。

(・・・・・・・・・スルースルー)

そこで阿部の右腕が三橋の腰にするりと巻きついて、花井の笑みが少々引き攣った。
でも多分どうってことない。 だって何故なら以下同文でスルースルー。

と慣れた手順を踏んだところで、阿部が巻きつけた腕をぐいっと引き寄せたので
元々あまりなかった2人の距離がゼロになった。 
どこかで見たような気が、と既視感を覚えた次の瞬間だった。

「えっ・・・・・・・・・」

思わず声が出てしまった。 呪文もスルーも唱える余裕などなかった。
もっとも余裕があっても無理だったが。
慌ててがばりと自分の口を塞いでもすでに遅くて、
弾かれたようにこちらを見た2人とばっちり目が合った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

まるで時間が止まったかのようにそれぞれが固まって、
痛いくらいの静寂がその場に満ちた。

(・・・・・・・・今、・・・・・・・・・・・・・・キス、したよな・・・・・・・・・)

花井としては見間違いだと思いたかったが
そうじゃないのは三橋の表情を見れば明らかだった。
その顔は真っ青で、今にも泣きそうに引き攣っていた。
最初に動いたのが阿部だったのは、おそらく三橋の様子に気付いたからだろう。
そっと腕を離しながら告げた声は落ち着いていた。

「三橋、先戻ってろ」
「・・・・・・・阿部、くん、でも」
「いいから心配すんな。 また後でな」

聞いたこともないような優しい声音に驚いた、と同時にうっかり感心もしてしまった。
だからと言って受けた衝撃は変わらなかったが。
ゲンミツには納得もあったけれど、気にしないように努めていたことが
この場では仇になった。 
推測から除外していた現実に咄嗟に対応ができない。
三橋が不安そうな様子ながらも言われたとおりに去った後、
阿部は花井のほうに顔を向けて小さく肩をすくめた。

「バレちったな」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「まあそういうことだから」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・そんな顔すんなよ」

まだ固まっている花井に、阿部は微かに笑いかけた。
笑ったといっても苦い、痛々しくも見えるその顔にようやく硬直が解けて
少し余裕ができた。
落ち着いて見えるけど、阿部にとってだって不測の事態だったわけで、
驚いたのはお互い様なのだ。
しかしそんな余裕は次に言われた恐ろしい一言で吹き飛んだ。

「大体こうなったのは、おまえのおかげでもあるんだぜ?」

えっ と嫌な汗が噴き出す。
どういう意味、と反射的に浮かんだ疑問の答など知りたくもなかったのに。

「バレンタインの時のこと覚えてっか?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「あん時の菓子がきっかけだったからなー」

花井は気力を振り絞った。

「で、でもさ、その前から好きだった・・・・・・んだろ?」
「いやーそれが実は、あの日までは自覚してなかったんだけど」

聞かなきゃ良かった、 と花井は心の底から後悔した。

「やった後でそういやバレンタインだよなとか思い出して」
「・・・・・・・・・・・・。」
「三橋もそう思ってたらしくて、そんでまーあの後ちょっといろいろあってさ」
「・・・・・・・・・・・・。」
「でも気付けて良かったよ」
「・・・・・・・・・・・・。」
「だからサンキュー、花井」

今度の笑顔は晴れ晴れと明るかった。 あの時見た夢と同じように。
正夢だったな、とぼんやり考えながら
もはや何を言う気にもなれない花井だったが。

「あ、いろいろの中身聞きたい?」
いや結構です

それだけは全力できっぱりとお断りした。










                                         オマケ2 了

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                                                  そのいろいろを書けよって話ですね。