恋心





最近気になることがある。
最近というのはここ数日のことだけど。

三橋が変だ。 

何がどう変かというと妙に明るい。 明る過ぎる。

最初は田島と話している時だった。
はしゃいでじゃれつく田島にいつもなら少しとまどったような顔をするあいつが
同じように明るく笑いながららしくない冗談なんぞ言っていた。 (スベっていたけど。)
その時は特に変とも思わず 「へぇ。 珍しいな」 と思っただけだった。
でも。
他の連中と話す時も気後れした感じが薄くなった、ような。
積極的に自分から話しかけたりもしていて。

それに気付いた時、まず感じたのは不快な感情だった。
いい変化なはずなのに、なぜこんなにイヤな気持ちに、 と思って
理由はすぐにわかった。

嫉妬 だ。

三橋は未だに少しおどおどしたところが残っていて (残っているというかもう体質としか思えない)
それはオレに対してさえまだ時折 (というよりちょくちょく) 発揮される。 その三橋が。
それでもオレといる時が一番なごんでいるように見える瞬間も少しずつ増えてきていて
内心それが堪らなく嬉しかった。 密かに誇らしくもあった。
自分だけに許された特権のような気がして。
それがなくなると思っただけで、じわじわと焦りとか寂しさとか苛立ちが湧いてしまう。

気付いた時自分に嫌悪を感じた。
何て心が狭いんだ。
誰よりも三橋の幸せを喜んであげなくちゃならないオレが、こんなせこいこと考えてどうする。

でもそれでオレに対してだけびくびくしていたら傷付くよなぁ とか思っていたら。
三橋はオレといる時もやたらとよく笑うようになった。
今までのこいつを考えるとあり得ねぇくらい。
そこに至ってオレは強烈な違和感を感じた。 けど。

「三橋」
「へ?」
「・・・・・最近おまえ、変じゃねぇか・・・・?」
「え?何が?」
「何が・・・・・て・・・・・」
「・・・・・・・・・。」
「何となく。」
「別に、同じ、だよ?」

三橋は明るく言って笑った。 やっぱ変だ・・・・・・・

でもまさか 「明るくなったのがおかしい」 なんて言えないし。
違和感を拭えない釈然としない気分のまま、数日が過ぎた。







○○○○○○

その日の昼休みオレは少し早目に屋上に来た。
4限目の授業が早く終わったうえに
水谷と花井は購買にパンを買いに行ったんで、オレだけ一足先に来たからだ。
9組の連中はまだ来てない。
晴れ渡った気持ちのいい日で ふと、給水塔の上に上りたくなった。
あそこに寝っころがって空を見たら気分いいだろうな・・・・・・と思った途端に
うずうずしてさっさと上ってしまった。
横になってぼーっと青い空を眺めながらオレはまた最近の三橋の変化を思った。
確かにいい変化なんだけど、どうにも腑に落ちないのは嫉妬だけでなく。
妙に不自然に見えるせいだ。   言ってしまえば無理、をしているような。
ずっと以前三橋に 「感情が顔に出まくるのは投手としてどうなんだ」 と言ったことがある。
まさか今さらそれを気にしているとも思えないけど。
でも基本的にわかりやすいあいつの感情の機微が、わざとらしい明るさのせいで見えづらくなった。

そんなことをつらつら考えていたら、屋上の扉の開く音がして、
起き上がって見たら当の三橋が1人で出てきた。  泉と田島の姿はない。
三橋はきょろきょろと周りを見回している。 探しているんだ。

「三橋、ここ」

声をかけると驚いた顔でオレを見上げた。

「阿部、くん」
「田島たちは?」
「購買に・・・・・・・・」

今日は弁当はオレらだけか。 購買は混むからしばらく来ねーな。

「おまえも上がってこいよ」

誘うと素直に頷いて上がってきた。

「気持ちいいぜ」
「・・・うん」

言いながら三橋はほんのりと笑った。
その笑顔は見慣れたもののように見えてオレは少しホっとした。

(・・・・・・・キス、してーな・・・・・・)

最近チャンスがなくてしてないし、誰もいないし、なんてオレは不埒なことを考えた。
あいつらが来ねぇうちにちょっとだけ、なんてうきうきと思いながら
そーっと三橋に向かって手を伸ばしかけた時、また扉の開く気配がした。

(ちぇ、来ちゃったか。 やけにはえーな。)

残念に思いながら下を見たら違った。
女の子が2人、連れ立って出てきた。 何やらしゃべりながら。
別に聞く気はなくても嫌でも耳に入ってしまう。

「あれ? いないなー」
「誰が?」
「三橋くん。 さっきここに向かってるの見たんだけど」

三橋の名前が出てきたんで今度は聞き耳を立てた。

「ミハシ? て誰だっけ」
「あのー、ほら、髪が茶色い子。 変なしゃべり方する・・・・」
「あぁ、何だかおどおどしたヤツ?」
「そうその子。」
「あの子、ちょっと変わってるよねぇ」
「変わってるっていうか、気持ち悪い?」

オレは即行動した。 こういう時の判断は我ながら素早い。
その辺にあった小石 (なぜ給水塔の上にそんなものがあるのかなんて知らねーけど) を
当たらないように、でも近くに落ちるように放り投げた。

こん!! と硬質の音が響いた。

女の子はびくっとしてオレらのほうを見上げた。  そしてはっきりと気まずげな表情になった。

「あー、わり。 落ちちゃった。」

平然と、でもわざとらしく言ってやった。
2人はこそこそと何事かを囁きあった後、 「行こ?」 と言いながらそそくさと去っていった。

さっさと行け。
悪気はねぇんだろうけど、生憎本人がここにいるんだよ!
ひでぇこと言ってんじゃねーよまったく。

心配しながら三橋のほうを見た。  当然情けない顔をしているだろうなと思いながら。  
もちろんきっちりフォローしてやる気満々で。
でもその顔を見るなりオレは固まった。

三橋はうっすらと目に幕を作っていて。 (それは予想どおり)
なのに。
顔はにこにこと笑っていた。 それはもう楽しそうに。

も の す ご く 変 な 顔 だった。

「・・・・三橋」
「え?」  にこにこ
「おまえ、・・・・大丈夫か・・・・?」
「え? 大丈夫、だよ?」  にこにこ
「・・・・・・・・。」
「オレ、本当に変だし。 自分でわかってるし。」  にこにこ
「・・・・・・・・。」
「中学の時も、よく、言われてた、し」  にこにこ
「・・・・・・・・。」
「全然、平気。」
「・・・・でも涙出てんじゃん。」
「な、泣いてなんか、ないよ!!」

にこにこと笑いながら袖でさり気なく目を拭った。
ムカムカした。

「ふざけてんじゃねーぞ」
「え」

オレの低い声に三橋は怯えた顔になった。 瞬時にしてにこにこが消えた。
と思ったら、次の瞬間また笑った。 にっこりと。

オレは  それで  切れた。 

「ふざけてなんか、な」

皆まで言わせずにやにわに腕を掴んで引き寄せた。
掴んだまま至近距離で じぃっと顔を見た。  三橋の顔からまた笑みが消えた。

「・・・・なにやってんだ三橋」

我ながらすごく不穏な声になった、のがわかったけど。
オレはもう我慢できなかった。

「なに無理してんだよ」
「無理なんか、してない」

三橋の顔は今度は能面のようだ。 何を考えているのか全然わからない。
イライラが加速度をつけて身内にせり上がってくるのをはっきりと、感じた。

そんな作った顔をすんな!
他のヤツにはともかく。 オレにまで。
オレに、 本当の顔を、 見せやがれ!!

「嘘つけ」
「嘘、なんか」
「うるせぇ!!」

思わず怒鳴ったら びくっと、三橋の体が揺れた。 怯えた顔になった。
胸がかすかに痛んだけど、さっきみたいな作った顔よりはよっぽどマシだ。
なのに。

三橋はひくりと、また 笑った。

「本当に、無理なんて」

衝動的に口を塞いだ。
これ以上取り繕った言葉を聞くのが耐えられなかった。
怒りに任せて乱暴に、深く貪った。

「ん・・・・ん・・・ぅ」

三橋が苦しげに身を捩るのがわかったけど、容赦しなかった。


やっと口を離したとき、三橋の目には新しい涙が浮かんでいた。
でもそれが落ちることはなく、2人して荒く息をつきながら数秒睨み合った。 
(といっても睨んでるのはオレだけだけど。)
ふい と三橋が目を逸らした。

「オレの目ぇ見ろ」

許さねぇ。 

オレに嘘をつくのなんて。 絶対に。

三橋はおずおずとオレを見た。  見慣れたいつもの三橋だった。

「なんでそんなにへらへらしてんだ。 泣きたいくせに」
「そんなこと・・・・・・・」
「だから嘘つくなって!」
「嘘なんて」
「オレにわからねぇと思うのかよ!!!」
「・・・・・・・・・・・・。」

オレはふいに悲しくなった。 何でわかってくんないんだ。 どうしてオレに。

そんなに距離を置くんだ・・・・・・・・・・・

「オレにまで無理すんなよ三橋」

僅かに、声が震えた。  三橋は驚いた顔をした。

「マウンドでもねぇのに。」   オレしかいないのに。
「・・・・・・・・・・・。」
「悲しいのに無理して笑うおまえなんて見たくねぇよ・・・・・」

その瞬間三橋の目にみるみる涙が盛り上がった。 そしてぱたり、と零れ落ちた。
慌てたように俯く三橋を見ながらオレはようやく少しだけ安堵した。
泣かせて安心するというのも変だけど。
どうしても本音を知りたかった。

「・・・・最近おまえ少し変だよな」
「・・・・・う・・・・・」
「何で?」
「・・・・・・・・・・・。」
「なんかあったのか?」
「・・・・・・・・・・・。」
「言ってくれよ。・・・・頼むよ。」

懇願、という声になった。 でも構わなかった。 必死だった。
ここ数日、近くにいても三橋を遠くに感じた。 それがたまらなく嫌だった。

「・・・・だって・・・・・・」

三橋がつぶやいた。

「・・・べくんが・・・・・」
「え?」
「阿部くんが・・・・・・・・」
「オレが?」
「・・・・言った、から・・・・・」
(はぁ???)

「何を?」
「・・・・かるい子がい・・・・」
「え?」
「・・・・明るい子が、・・・・・・いいって」
(えぇ??)

わけがわからない。   そんなこと言った覚えはない。
でも三橋の変な様子の原因はどうやらオレ、らしい。  オレは真剣に慌てた。

「言ってねぇ」
「言った・・・・・・」
「いつ?」
「・・・先週・・・・・」
「おまえに?」
「・・・・・新聞部の・・・・・・・・・」

それでオレは 「あ」 と気付いた。
脳裏に鮮やかに あるシーンが浮かんだ。

新聞部のヤツが「取材」と称して練習中にいろいろ聞いてきて。
最後に 「取材ばっかでデートする暇がない」 とか何とか惚気みたいな愚痴を言ったんだ。
それで。     大変だな、とかおざなりに返したら
「でも明るい子だから助かるよ」  とかまた惚気られて。

(・・・・あの時、オレ、何て返したっけ・・・・・・・?)

思い出そうと目を瞑って考え込んでたら三橋の小さな声が聞こえた。

「阿部くん、 『明るいのが一番だよな』 ・・・・・って」
「・・・・・・・・・・・・。」
「言った・・・・・・・・・」

ぽかんとしてしまった。
そういえばそんなことを言ったような気もする。 適当に。
まさか三橋は。
それを聞いていて (確かにあの時近くにいたような) それで・・・・・?
オレが明るい子が好きだって思ってそれで、あんなふうに。

無理して。
無理しまくって。

およそ似合わない行動を、この1週間ほど頑張ってしていたと?

「・・・・・・ば」

か、 と言おうとして黙った。   ふいに胸が詰まった。

花井たちが遅れまくってくれるようにと祈りながら
さっきから俯いたままの三橋の体を引き寄せて そっと抱き締めた。

「バカだなぁおまえ・・・・・・」

ひっく、と三橋がしゃくりあげた。

「ほんとバカ・・・・・・」

腕に力を込めながら囁いた。  どうしても 伝えたい コトバ。

「おまえがどんなでも」
「・・・・・・・・。」
「オレは好きだよ。」

腕の中で三橋がしゃくり上げながら小さく頷くのがわかった。
ホっと、安堵のため息が出た。


本当にバカだな三橋。
もう無理して笑顔作んなよ。   泣きたい時は泣けばいいんだよ。
つい 「泣くな」 って言っちゃったりもするけどさ。
オレがちゃんと慰めてやるからさ。
オレの仕事減らさないでくれよな・・・・・・・・・・


そんなことをぼんやり考えながら、
これ後で忘れずに全部言ってやろう、とも思って、 でも今はとりあえず。


泣いている三橋を時間の許す限り抱き締めていたい

とオレはまた腕に力を込めた。














                                                          恋心 了

                                                         SSTOPへ
 








                                                        健気な三橋くん。