兆し





何だかヤバい。  ような気がする。

西浦高校野球部正捕手阿部隆也は心中こっそりつぶやいた。

何がヤバイって、最近相棒の三橋廉が。

変だ。


最初からあんなだったはずはない。
最初は、すぐ泣くしはっきりしないしおどおどしているし
正直イライラして、なんてウザいヤツなんだと思った。

なのに。

いや今でもやっぱり高校男子にはあり得ないくらいよく泣くし (涙腺に異常があるとしか思えない)
すぐびくびくするし大して変ってないような気もするのだけど。

でも変わった。
何がどうしてあんなふうになった・・・・・?
あいつ何か変じゃねーか・・・・・?

てか変なのは自分のアタマかそれとも目が悪くなったのか。
・・・・・・・・・・・・わからん。






○○○○○○

そのままにしておいても別に良かったんだけど
何となく、休み時間に雑談していた三橋とも共通の仲間でもある
野球部主将に阿部は話を振ってみた。


「は??!?」
「だからさ、三橋って最近変じゃねぇか?」
「元からだろ」
「ああそうか。  ・・・・・・じゃなくて!  何か変った・・・・ような気がすんだけど。」
「あー・・・そう言われてみれば少しは・・・・・・・」
「だろ?」
「最初に比べればちったー目も合うようになったし、落ち着いてきたんじゃねえ? 良かったよな!」
「・・・うん・・・・・。 ・・・・・・や、だからそうじゃなくて。」
「何だよ。」
「顔がさ。 変ったんじゃないかってこと。」
「・・・・・顔??」
「うん・・・・・・・。」
「表情のせいじゃねぇの? こんな短期間で顔は変わらないだろ・・・・・」
「・・・・なのかな。 やっぱり、そうだよな・・・・・」
「どう変ったって思うんだよおまえ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・かわいくなった・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「オレの目がおかしいのかな・・・・・」
(・・・いや目っていうか・・・・・)

花井は口に出さずにつぶやいた。
(おまえ何だよその顔・・・・・・・・。 自分じゃわかってないんだろうけどちょっと何か・・・・・・・)

阿部の顔を見ながら、花井は急速にいたたまれないような気持ちになった。
ありていに言えば恥ずかしい。
よく考えれば花井が恥ずかしがる理由などどこにもないのだが、とにかく何でか恥ずかしい。
その理由を花井はわかるような気が一瞬したけど
心の中で明確な言葉になる前に無意識に無理矢理あさっての方向に蹴飛ばした。
本能的に逃げを打ったのである。
でもとにかく何か言わなくちゃならない。
目の前のタレ目はこっちの言葉なんかもはやどうでもいいような
どこかぼーっとした目をして自分の世界に入っているような風情だけど、
そのままにしておかないほうがいいような気がするすごくする。

「それきっと気のせいだよ阿部。」

え?!  という表情で我に返る副主将を見つつ、ぐっと息を詰める花井。
心なしか空気が冷えたような気がしないでもないけど、それはきっと気のせいだろう。 
そういうことにしておく。

「・・・・やっぱそうかな。」
「そうだよ。」
「ふーん・・・・。  ・・・・・だよなおかしいもんなそんなの。」

その時チャイムが鳴った。
いつもは鬱陶しい授業開始のチャイムの音が、
その時の花井にとっては救いのセレナーデ (てなんだよおい と自ら突っ込んだ) に聞こえたが、
自分の席に戻る阿部の背中を見送りながら
そんなあれやこれやもとりあえず皆まとめてどっかに飛ばす。
とにかく。

(・・・・・・深く考えるのはよそう・・・・・。)
とだけ心に誓う花井だった。

その後ことあるごとに同じような微妙にいたたまれない、恥ずかしい気持ちにさせられることなど
その時点ではつゆ知らない花井の賢明な、そして無駄な決心なのであった。









                                                  兆し 了

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花井くんの受難の始まり