キスが甘くなる時 -4
その次の時。 皆が帰った後の2人きりの部室で、また口付けてきた阿部に いつものように 「イヤだった?」 と聞かれた時、 三橋は少し前から考えていた言葉をやっと口にした。 「・・・・・いや、 だった。」 途端に阿部の顔色が変わった。 はっきりと、傷ついたような目をした。 三橋はそのことにちょっと驚き、それから (ああ) と内心で納得した。 阿部は賭けに負けたのだ。 自分のせいで。 それを申し訳なく思う気持ちと、当然だとどこかで非難する気持ちが同時に湧いた。 ふと もうどうでもいいと思った。 三橋は疲れ果てていた。 何も考えずに口を開いた。 「オレ、・・・・・・・・ずっと好きだった。 阿部くんの・・・・・・ことが」 自分でも驚くくらいすんなり言葉が出た。 ひどく投げやりな気分だった。 どうせ失恋するのは最初からわかっていたことなのだ。 「だからもう・・・・・、 こんなことは・・・・・・・」 つらいからしないで、 と続けようとしてできなくなった。 すごい勢いで手で口を塞がれたからだ。 驚いて、三橋は改めて目の前の阿部を見てそして、さらに驚いた。 阿部は顔を赤く染めて、でもその表情は 「びっくり」 を絵に描いたようなものだった。 目をまん丸にして、焦っているようにも見えた。 「ちょ・・・・っと待った!」 「・・・・・・・?」 声も上擦っている。 こんな阿部は珍しい。 しかし三橋のとまどいをよそに阿部は手はそのままに あらぬ方向を睨んでぶつぶつと早口でつぶやいた。 「ウソだろオイ・・・・・・・・・・・・」 「まさかこんな展開に」 あっけにとられている三橋の顔に視線を戻して、それから慌てたように手を離した。 「あ、わり・・・・・・・」 「あ、あの」 「だからちょっと黙ってろってば!!」 「ひっ」 「じゃなくて、・・・・・・・あーもう」 萎縮した三橋を見て阿部はため息を1つ、吐いた。 「だから、」 らしくなく、言葉を切った。 だけでなく顔の朱が濃くなった。 ごほん! と咳払いをしてから阿部は三橋をまっすぐに見つめた。 真面目な顔だった。 「オレも、好きだよ。」 (え・・・・・・・・・・・・?) 「・・・・・・てのはオレから言うつもりだったのに」 阿部の言葉がすんなりと入ってこない。 けれど阿部はまだ頬を染めて、嘘を言っているようには見えない。 夢でも見ているのかと、思った。 呆けていると訝しげに呼ばれた。 「・・・・・・・三橋?」 それでようやく少し、我に返った。 頭の中に浮かんだ言葉をそのまま口に出した。 「うそ・・・・・・・・・・」 「嘘じゃねーよ」 「・・・・・・・・・・。」 「てかそれはこっちのセリフかも」 「へっ・・・・・・・?」 「あのさ」 「う?」 「さっき ずっと、 って言ったよな?」 「・・・・・・・・う、 ん」 「ずっとって ずっと前から・・・・・・?」 「え、 えと、 うん」 急に気恥ずかしさを覚えながらも三橋は頷いた。 阿部は脱力したように肩を落とした。 「じゃあオレの今までの努力は一体」 「・・・・・・・???」 「いや嬉しいけどさ」 「・・・・・・・・。」 「さっさと言えば良かった」 「・・・・・・へ?」 「必死で誘惑してたのに。」 「!!」 三橋は驚いた。 誘惑、という言葉に。 立ち聞きしてしまった後は おそらくそうなのだろうと、認識はしていたけど 改めて言われると信じ難い気がした。 それにそんなことをしていた理由が、 とまだ混乱しきった頭で考えたところで 阿部が小さく苦笑した。 「途中から半分意地になってたんだぜ?」 「・・・・・・・。」 「なのにおまえ、オレのこと避け始めるし。」 「・・・・・・・。」 「今日はもう、どうなっても言っちまうつもりだったけど」 「・・・・・・・・。」 「てか、オレから言いたかったんだけど」 でも、 と思いながらも驚きのほうが大きくて何も言えない。 そんな三橋をよそに阿部は思い出したように、続けて言った。 「あん時の背中のキズな、」 そういえばあれが最初だった、 と三橋はあの日のパニックを思い出した。 「あれ、ウソ。」 「!!!」 「血なんて嘘。 アザになってただけ。」 また混乱が深くなった。 そこまでは思い至ってなかった。 (でも・・・・・もし保健の先生がいたら・・・・・・) どうするつもりだったんだろう、 という 内心の疑問を読んだかのように阿部は笑った。 「あん時、保健の先生が職員室に入るのが見えたんだ」 「え」 「それで咄嗟に思いついて」 三橋はまだ上手く信じられない。 今にも自宅の自分のベッドで目覚めて、すべて夢だった ということになるんじゃないかという気がする。 それに先刻からしつこく片隅で感じている小さな棘みたいな引っ掛かりがある。 三橋は俯いて、それから勇気を振り絞った。 「賭けは・・・・・?」 「賭け?」 その声音には純粋な疑問の色があった。 「・・・・してた、でしょ・・・・」 「なにそれ」 「・・・・・阿部くんが、言ってた・・・・・」 「は?」 「クラスの人と、話してるの・・・・聞いちゃって・・・・・・・」 「誰と?」 三橋がその生徒の名を告げると阿部はしばし考え、まもなく 「あぁ」 と思い当たった表情になった。 そして事も無げに言った。 「それゲームの話だけど」 「・・・・・・・へっ?」 「どっちが早く攻略できるか賭けない? とか言われてさ」 「・・・・・え・・・・・」 「最初断ったんだけど、勝ったら援団に入ってやるっつーからうっかりその気になって」 「・・・・・・・・。」 「でもオレ、やってる時間ねーからすぐ負けたけどな。」 (じゃあ・・・オレの勘違い・・・・・?) かあっと、頬が火照るのを感じた。 勝手に勘違いして、勝手に絶望して恨んでいた、自分が。 (恥ずかしい・・・・・・・・・・・) 阿部がそんな人間じゃないのはよくわかっているのに。 短気だけど、曲がったことはしない。 わかっていたはずなのに、信じられなかった。 うろたえている三橋に阿部は目ざとく気付いた。 小さくつぶやいた。 「まさか・・・・・・」 三橋はさらに慌てた。 それが墓穴を掘った。 「まさかおまえ・・・・・・誤解してた・・・・・・・?」 「あ・・・・・あの」 「オレが、 おまえを、 賭けの対象にしてたって・・・・・・・?」 「だ、 だって・・・・・・・」 信じられなかった。 なにより自分が信じられなかったわけだけど、 三橋にそれを言うことはできない。 三橋の心は自分を責める気持ちでいっぱいだ。 阿部はきっと傷ついただろうと思う。 湧いてきた涙を必死で堪えた。 「・・・・おまえ・・・・・・・」 「ご、 ご、 ごめんなさい・・・・・・・」 「もしかして、ずっとそう思ってたのか・・・・・・・・?」 阿部の声が低くなった。 怒らせてしまった、 と三橋はうなだれた。 (オレが悪いんだ) (だってオレなんかのこと・・・・・・・まさか阿部くんが) ぐるぐると巡る言い訳は口には出せない。 阿部の顔を見ることもできない。 つかのまの、幸せだったなぁ と三橋はぼんやりと考えた。 これでもう愛想をつかされても不思議じゃない。 ろくに実感もできないうちに逃げていこうとしている。 でもそれこそ自分には相応しい、 とどこかで納得もしていた。 怒声を覚悟してぎゅっと目を瞑った、次の瞬間。 (・・・・・・・・・え・・・・・・・・?) またもや三橋は混乱した。 何が起きたのかよくわからなかった。 抱き締められたんだ、 と認識した後も頭が真っ白で何も考えられない。 呆けている三橋の耳元で声がした。 ひどく苦しそうな声だった。 「じゃあ、しんどかったな・・・・・・・・」 「え」 「ごめんな」 「・・・・・・・・・・・・。」 「オレが妙なこと考えないで、さっさと言えば良かったんだな。」 今度こそ、涙が溢れてきた。 「でも絶対片想いだって思ってたから」 「・・・・・・・・・・。」 「いきなり言って玉砕すんのヤだったし」 「・・・・・・・・・・。」 「体からその気にさせてやろうと思って」 夢かな? と何度目かの同じことを三橋は思った。 けれど。 (・・・・・・本当、なんだ・・・・・・・・。) そう自分に言い聞かせながら、何もかも信じ難い展開でまだ頭が上手く回らない。 とりあえずわかったことは。 自分は今日、きっぱりと失恋するつもりだったんだけど。 (しなくて済んだ・・・のかな・・・・・・・・。) ぼうっとそれだけ考えていたら、抱いてくれていた手が緩んだ。 それから涙を拭ってくれる指を感じて。 その温かさに安心して、じっと目を瞑って拭われるままになっていたら。 そっと唇が下りてきた。 唇は優しく瞼に触れてから頬に触れて、それから唇に。 三橋にとっては生まれて初めての、甘いキスになった。 次第に深くなるそれに夢中になりながら 本当は全部すごく感じてたよと、 後で言ってみようかな、 と三橋は思った。 キスが甘くなる時 了 SSTOPへ |
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