きらきら光る、たくさんの
             * 「理屈じゃないこと」のプロローグ とリンクしてます。





ソファに座った阿部くんがテレビを付けてぱちぱちとチャンネルを変えたのは
よくあることだった。 特に目当ての番組もない時はそうやって適当に探して、
結局消してしまったりもする。  でも今日は違った。 
止まったところが映画だったんでオレはちょっと驚いた。 
阿部くんには珍しい。

オレもつられてソファの反対の端に座りながら何気なく見て、
そしてすぐに気付いたから。

「・・・・・なんかこれ、見たことあったっけ?」

阿部くんが不思議そうにつぶやいた時可笑しくなった。
見たことはある、けどあの時阿部くんは始まっていくらも経たないうちに
寝てしまった。
オレもほとんど見てなかったから詳しい内容は覚えてない。
けどタイトルはよく覚えていた。

質問というよりぼやきに近かったから返事をしないでいると、
阿部くんもそれ以上何も言わずに黙って見ていた。
オレは見る振りをしながらあの日の自分を思い出していた。

嬉しくて、幸せだった。 
デート気分はオレだけだったけど一生片想いのつもりだったから
こんな機会はもうないと思った。
あの時存分に眺めた阿部くんの寝顔と手の温もりは
今でも大事に宝箱の中に入っている。
思い出したら、胸が少し苦しくなった。

安心したくて阿部くんを見ると、目が閉じられていた。
阿部くんは、いつのまにか寝ていた。
ふふ、と笑ってしまった。 あの時と同じだ。
疲れているのもあるんだろうけど、阿部くんは興味のあることとないことが
はっきりしているし、態度にも出る。

そんな阿部くんの寝顔をぼうっと見つめた。
映画そっちのけで、あの時と同じように。
よく似ているけど、違うこともある。
あの時は片想いだったけど、今は違う。

(不思議、だなあ・・・・・・)

まだ時々そう思ってしまう。 でも、本当のことなんだ。

阿部くんは熟睡しているわけじゃなかったみたいで
コマーシャルになったところでうっすらと目を開けた。
と思ったらぎょっとしたような顔になって、がばりと身を起こした。

「どうした三橋?!」
「・・・・・・・へ?」

どうもしないよ、と首を傾げた。 何でそんなことを聞くんだろう。

「なに泣いてんだ?!」
「え」

言われて初めて気付いた。 証明みたくぽたりと膝に滴が落ちて
自分でびっくりした。 

「・・・・・・そんなに悲しい映画?」
「へ?」

急いで顔を横に振ったら、阿部くんの顔が心配気になった。

「・・・・オレ、なんか変なこと言った?」

さっきよりもいっぱい顔を振った。
違うって伝えたい。 阿部くんのせいじゃないって。
でもじゃあ何で涙が出たかなんてオレにもよくわからない。 けど多分きっと。

「あの ね」
「うん」
「し、幸せだなって 思って」

阿部くんの顔がぽかんとした。 理由になってなかったみたいだ。
でも本当にそうなんだ。 もっと上手く、いろいろ言えたらいいのに。
とにかく涙を止めようと思ってごしごしと目を擦っていたら、阿部くんが言った。
やけに真剣な声だった。

「この映画さ」
「う?」
「・・・・・前も見たっけ? おまえと」

うん、と頷いた。 阿部くんは、覚えているんだろうか。
顔を上げて見たら、じいって感じで睨まれていた。
ちょっとドキドキした。 これは何か考えている顔だ。
不安になったんで、思いついたことを言ってみる。

「オ、オレの宝物、なんだ」
「・・・・・何が?」

あの日のこと、 と言おうとして急に恥ずかしくなった。
でも咄嗟に上手い言葉も見つからなくて。

「・・・・・この 映画」
「はあ?」

阿部くんの顔が訝しげになったんで、オレは後悔した。 
変なこと言っちゃった。
おまけに、次に今度は目が座った。
変ならともかく、マズいことを言ったのかもしれない。
気に障るようなことじゃないと思うんだけど、自信がない。

阿部くんがその顔のまま長々と黙っているんで、オレの不安も少しずつ大きくなる。
でも顔がちょっと戻って、ホッとしたところでちょいちょいと手招きされた。
怒っているようには見えない、ことを頼りにおそるおそるにじり寄ったら。

いきなりぎゅうぎゅうと抱き締められたもんでびっくりした。

「あ、あの 阿部くん・・・・?」
「あのさ、三橋」
「は、はいっ」
「明日って予定ないよな?」
「・・・・うん」
「デートしようぜ?」
「へ」
「なんか映画観てメシでも食ってさ」
「・・・・・・?」

何でいきなり、と不思議だったけど単純に嬉しくなって。

「何か観たいものでも、あるの?」
「ない」
「へ」

じゃあ何でだろう。

「明日って何か特別な日、だっけ・・・?」
「全然」
「・・・・・・なら」
「明日だけじゃなくて、いっぱいしよう」
「・・・・・なんで・・・・」
「当たり前だろ?」
「・・・・・・当たり前」
「だってもう恋人なんだから」
「へ・・・・・・・・」
「特別なのが当たり前なんだよ!」
「・・・・・・・・・。」
「そんで宝物がいっぱいになりすぎて」
「・・・・・・・・・。」
「ガラクタみたいになるってのどう?」

え? とまたびっくりしてしまった。 なるわけない。
でもそれでわかった。 阿部くんの意図が。
ごまかしたつもりだったけど、きっとバレたんだ。
阿部くんの気持ちが嬉しくて、じーんと噛み締める。
それからハタと我に返って、言われたことを考えてみた。

阿部くんの言うとおりかもしれない。
宝物のような事がたくさんになったら、あの特別な日も
特別じゃなくなるのかもしれない。 でもやっぱり。

「・・・・・・ガラクタにはならないと 思う」
「そうか?」
「うん」
「でもなるんだよ」

別の意味でどきどきした。 反論するのって今も少し怖い。 
それに阿部くんはきっとわかってくれて、気遣ってくれてるんだ。
でもこれだけは。

「・・・・・ならない よ」
「なる」
「・・・・ならない」
「なる」
「ならない」
「なるっつってんだろ!」
「ならない、もん」

喧嘩みたいになった。
なのに阿部くんは腕を解こうとしない、ことがオレは嬉しい。
認めてくれているみたいな気がして。

「っとに頑固だなおまえは!!」
「でも、ならない」

半分意地になって言い返すと阿部くんは吹き出した。 オレの肩の上で。

「・・・・じゃあならなくてもいいけど」
「うん・・・・」
「とにかく、明日はデートな?」
「うん!」

最後まで逆らってしまった、けどガラクタになんかならない。
はっきりと覚えている、あの日の阿部くん、あの日の気持ち。
幸福で嬉しくてドキドキして、とてもとても切なかったあの瞬間を。
思い出すとぎゅうっとするけど、忘れない。 忘れるわけがない。

だからオレの中の小さな宝箱もなくならない。
でももうそれは開けなくてもいいんだ。
一生とっておくけど、開ける必要はないんだ。 だって、

と思ったことをそのまま言ってみる。
阿部くんの優しさを踏みにじったようで、悪い気がしていたから。

「デート、しなくても」
「うん?」
「今は毎日、宝物、だよ・・・・・・・」

うっ と変なうめき声が聞こえた。

「・・・・・・ったくおまえは・・・・・・」

何かぶつぶつと阿部くんが言った。
よく聞こえなかったけど、腕の力がもっともっと強くなった。
なのですっかり幸せな気分になって、ぼうっとしながら目を瞑ると、
目蓋の裏にきらきらと、たくさんの宝箱が並んだ。
最初の1つが埋もれるくらいたくさん。
その時阿部くんがぼそりとつぶやいた言葉は、ちゃんと聞こえた。

「・・・・・・オレもだよ」

ぽん、 とまた1つ宝箱が増えた。
目を開けても、それは消えないんだ。
だって阿部くんは今ここにいるから。
そしてきっと、ちょっと怒ったみたいな顔で赤くなってる。
でもその後笑ってくれる、絶対。


オレの世界は今、阿部くんのくれるたくさんの宝物で満ちている。














                                  きらきら光る、たくさんの 了

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