君が笑ってくれたから





クリスマスだからってそれをきっかけにしようなんて、微塵も考えていなかった。

それどころか母親が 「ケーキあるわよ」 と言うのを聞いて 「なんで?」 と
思ってから、そういえばクリスマスイブだったと、思い出したくらいだ。
つまりそれだけ無頓着だった。 少なくともオレは。



だから部屋にケーキを持って行って2人して食いながら
三橋の口の端に付いたクリームが気になった時も。

「三橋、クリー・・・」

「ム付いてる」 という後半を呑み込んだのは、ふと悪戯心が湧いたからで
そのままあわよくば、なんて他意はなかった。 でも。

黙って顔を寄せて、そのクリームをぺろりと舐め取ったら真っ赤になって、
それは予想どおりだったけど。
その赤くなった頬が何だか近付いてきた、 と思った次の瞬間唇に柔らかいものが当たって、
え?  と驚いてから、事態を認識するなりいきなり理性が飛んだ。
キスはもう何度もしたけど、三橋からしてくれたのは初めてだったから。

部屋の空気が一気にピンク色になったのは決して気のせいなんかじゃない。
しかもそうしたのはオレだけじゃなく、三橋もだ。
だもんでケーキそっちのけにして引き寄せて、今度はオレからした。
拒否はあり得ない、とわかっている分すぐに深くなった。
お互いケーキを食べてる途中だったから、眩暈がするほど甘い。
でも甘いのはそれだけの理由じゃきっとない、 
なんて大概オトメなことまで浮かぶくらい嬉しかった。
三橋もいつもより積極的に応えてくれてるような気がして、ますます嬉しくなった。

舞い上がって長々としているうちに、手がむずむずしてきた。  
体にも触れたくて仕方ない。
背中に回した手を服の上からそろそろと動かして撫で回してみる。

「ん・・・・・・・・・」

色っぽい声とともに三橋の上半身が捩るように動いた。
嫌がっているというよりは、悶えた、というほうが近いような動きに思えて。
そこに至ってふいに気付いた。

(これってチャンスなんじゃ・・・・・・・・・・)

服の中に手を入れて直接触れたいという欲求が湧き上がる。

そのままなだれこみたい衝動をぎりぎりで抑えて、一回口を離して顔を見た。
三橋はうっとりしたように目を瞑っていて、
すんげーいい雰囲気に見えるのは絶対目の錯覚じゃないと思う。 思いたい。

今なら、言えそうな気がする。 結局誕生日には言えなかったこと。

「三橋」
「・・・・・・ん」
「クリスマスプレゼントくれる気、ない?」
「え」

ぱちりと三橋は目を開けた。

「オレさ、欲しいモンがあんだけど」

言うと三橋はなぜか焦ったような顔をした。 と思ったら。

「オ、オレも、あの、 あげたいものが・・・・・・・・」

予想外なことを言った。 なんだろう、と好奇心だのヨロコビだのが湧いたけど。
でもその前に言いたかった。
ダメでもとにかく言うだけは言いたい。
言ったからといって、それで振られることだけは絶対ないだろうし。

「オレの欲しいモンくれたら他はナンもいらねー」
「え」

うろうろと彷徨い始めた視線に一瞬躊躇ったけど。
清水の舞台からダイブするような気分で口を開いた。
過去の学習を活かして文章にすることも忘れない。

「おまえの全部が欲しい、 んだけど」

煩い心臓を持て余すオレの目の前で、   意外なことが起きた。 
彷徨っていた視線がオレの顔に固定された。  その顔は。

覚悟したような驚愕でも恐れでも拒絶でもとまどいでもなく。

はにかんだような 笑顔、 だった。

またもや完全に予想外で、びっくりして呆けていると三橋の口が動いた。

「い、いよ!」
「へ」

ますます呆けた。 
今自分がものすごくマヌケな顔をしているという自信がある。
思わずつぶやいていた。

「・・・・・・・ウソだろ・・・・・・・」
「えっ」

三橋の顔が今度はうろたえた。

「ウ、ウソ、 だった  の?   あ、 オレ  あの その、 えと」

慌て始めた三橋の言葉に、我に返って三橋以上に慌てた。

「や、 違、 オレのはウソじゃねーよ!?」
「え、 あの、  そ」
「おまえがいいっつったのが」
「オ、オレもウソ、  じゃない よ!?」

またぽかんとする。 我ながらアホ面のオンパレードだという自覚はある、けど。
だって上手く実感が湧かない。
「全部」 ってケーキ全部とか思ってんじゃねーの?
いやそれなら 「いいよ」 なんて言うわけねーか。
だとすると洋服全部とか教科書全部とかすげーありそう

なんて疑うのは三橋並に後ろ向きだろうか。
つーか怒涛の勢いでアホと化している。  とにかく。

「・・・・・意味わかってる?」
「わ わかってる、 よ!」
「・・・・・・・・・・・・。」

今なら空も飛べそうだ  なんて輪をかけてアホな思考が頭の片隅をよぎった。
割にはまだ半分くらい信じられない気持ちで、改めて三橋の様子を見て。

潤んだ目をして頬を染めながらもオレから目を逸らさない、その表情が。

(・・・・・本当に、わかってんだ・・・・・・・)

いきなり実感が湧いた。  と同時に頭が真っ白になった。 
 
気付いたら手を伸ばしていた。  後先考えずに強引に抱き寄せようとした、 ところで。


「タカーー!」


うっ、  と止まった。 三橋も 「う」 という顔になった。
2人して顔を見合わせた。
そういえば夕飯がまだだった。 案の定続いて聞こえた母親の声は。

「夕御飯よーっ」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」

三橋の顔が真っ赤だ。  多分オレも真っ赤だ。
なんかもうとんでもなく嬉しいやら邪魔が入ってがっかりやらで
我ながらとっちらかった気分、 だけどとりあえず今は。

「・・・・・・・・食うか」
「う、 うん」

立ち上がりながら、まだ夢でも見ているようなふわふわした心地で思った。
クリスマスにどうこうなんて考えてなかったけど。
今はクリスマス有難う有難うと100回くらい言いたい気分。

そこでハタと思い出した。  
今日この後夕飯を食ったら三橋は帰る予定だった。
元々は夕食前に帰るはずだったのを引き止めたのは、オレの母親だ。
てことは実質的なこれ以上の進展は今日は望めない。  でも。

思えば長い道のりだった。
最初に三橋のハダカが夢に出てきてから随分経った気がする。
パンツの洗濯だって何回したかわからない。
ソッコーで意思表示した (正しくは、うっかりしてしまった) 割には
延々と我慢し続けたのは、三橋の嫌がることをしたくなかったからだ。
さっきの言い様からすると、流されたとかじゃなくて
三橋もオレと同じ気持ちにいつのまにかなってくれていた、のかも。

ということがわかったから。 
それだけで天にも昇るくらいのプレゼントだったから。
今までだって我慢できていたんだし。
別に今日じゃなくても。





とぼーっと思いながら口から出たのは、真逆の言葉だった。


「・・・・・・・今日さ、泊まれねぇ?」


今度はオレの予想は正しく当たった。

三橋は赤面しながらも頷いてくれて、 それからまた、

恥ずかしそうに でも間違いなく幸せそうに、 笑ってくれたんだ。

















                                         君が笑ってくれたから 了

                                            SSTOPへ







                                                    ホントに長かった。