危険地帯





いつものように朝練のために着替えている時に、何気なく三橋を見て。

気付いたから当然教えてあげた。

「三橋、それ値札付いてる」

え? という顔で慌てる三橋に、続いて 「取ってやろうか?」 と言ったのも
ごく当たり前のことだと思う。
大体が動作の遅い三橋だからアンダー(多分下ろしたて) を脱いで値札を取ってまた着る、
だけでも何だか大分もたつきそうだ。
オレがハサミで切ってあげるのが一番手っ取り早い。

一瞬遠慮するような素振りを見せた三橋は、でも思い直したように
はにかんだ笑顔で言った。

「あり、がと。  栄口くん・・・・・」

その瞬間オレはちょっとしみじみしてしまった。
入学当時からすればえらい進歩だ。
人に甘えるどころか、ろくに目も合わせられなかったんだから。

同時に 自分に対して今ではそれだけ打ち解けてくれているんだ、とも思った。
まぁ流石に1年近く経つんだからそうじゃないと困るんだけど。
何しろ三橋だから。  やっぱり嬉しいよなうん。

そんなふうにしみじみしながら部室に常備してある道具箱を覘いて
ハサミを探していたら、すぐ近くにいる花井と目が合った。
花井は微妙に変な顔をしてオレを見ていた。

「? なに花井?」

思わず問うと花井は 「あ」 という顔になって

「いや別に・・・・・・」

と曖昧に濁すとすぐに着替えの続きを始めた。
ちょっと引っかかったけど 深く考えずに目的のハサミを取り出して
三橋の首の後ろ部分に付いている値札を切り取ってやった。

「あ、りがとう・・・・・・・」
「どーいたしまして」

言いながらふと、視界を掠めたものがあった。
三橋の首の後ろの髪の生え際、髪に半分隠れているところに何か見えた気がして。
よせばいいのに、何も考えずに指で髪をちょいとどかしてそれを見てしまった。

小さな赤い点だった。

「あ」  無意識につぶやきが漏れた。

・・・・・・・これ。
虫刺され・・・・・・・・・じゃ、ないよね・・・・・・・・・

とすぐに気付いて(2回目だし) 赤面してしまった。
瞬間それが付いた (であろう) 時のシーンが勝手に脳裏に浮かんでしまったからだ。
だけなら別に良かったんだけど、三橋が。
オレの 「あ」 に敏感に反応した。
とまどったような顔で振り向いてオレを見た。
ありありと不安そうな表情だった。

「あの、」
「え」
「な、なにか・・・・・・・・」

声も不安そうだ。 オレが変な声を出したからに違いない。
慌ててごまかした。

「や、別に何でも」
「・・・・・・・・・・。」

不安な色が消えない。
でもまさか本当のことは言えない。
言えばきっと三橋は真っ赤になって恥ずかしがるだろうし。
かわいそうなくらいうろたえて謝ったりするんだろう。
そしてもう2度と頼んでくれなくなるかも。
こんなささいなことにまで気を遣わせたくない。
せっかくここまで進歩(?)したのに。

「ホントに何でもないよ。 オレのと同じメーカーだなと思って。 そんだけ」

精一杯何気なさを装ってすらすらと言ったら、あからさまに安堵した表情になった。
オレも内心でホっとした。

まったく阿部もなぁ・・・・・・・・

心の中だけでぼやきながらハサミを片付けて部室を出ようとしたら
その原因のご本人がちょうど入ってきて鉢合わせになった。

「うっす」

ぶつかりそうになって一瞬驚いた顔をした阿部は、でもすぐにいつものように挨拶してきた。

「・・・・・はよ」

返しながらオレはまた かぁっ と顔が赤くなるのが自分でわかった。
またもやさっき想像しちゃったシーンが  ぼん! と頭に蘇ったからだ。
阿部は変な顔をした。

「・・・・・・・なんだよその顔」
「え、 いや・・・・・・」
「朝から気色わりー顔してんなよな」

誰のせいだと・・・・・・・・・・

口に出しかけて堪えた。  まだ三橋がいるんだから。

何だってオレが。
こんなに三橋に気を遣ったり (いや三橋のせいじゃないしそれは別にいいんだけど)
元凶のヤロウに赤面した挙句 「キショクワルイ」 なんて言われなきゃならないんだ・・・・・・・

ムカつきながら黙って外に出てグラウンドの整備に向かったら
花井がいて、また目が合った。
その顔を見てオレは唐突に、気付いた。
さっきの花井の何か言いたげな顔。

「花井さ」
「え?」
「もしかして知ってたの?」

我ながら怒ったような声になっちゃった。
でも知ってたんなら言ってほしかった・・・・・・
けど八つ当たり気味に怒りの矛先を向けたオレに、花井は 「え?」 という顔をした。
しらばっくれようたってそうはいかない。

「三橋のキスマーク」
「い!!」

花井は本当に驚いたみたいな顔になった。 てことは知ってたわけじゃないのか??

「さっき花井、なんか言いたそうな顔してなかった?」
「あー、うん・・・・・」
「なんで?」
「・・・・いやまぁ」
「・・・・・・・・・。」
「そうか今日もあったんだ・・・・・」
「え??」
「いや今日のはホントに知らなかったけどさ」
「今日のは?」
「だからさ、三橋の首の後ろってさ」
「うん」
「割と・・・・・危険地帯なんだよな・・・・・」
「キケンチタイ?!」
「うーん。 オレも前 似たようなことがあって」
「!!!」
「それから気をつけて見てるとあの辺って、結構よく、その」
「・・・・・・・付いてんだ・・・・・」
「うん・・・・・・・・・・」

朝からぐったりした。

「花井さ、阿部に言ってやれば?」
「いやだ」
「なんで!?」
「無駄だから」

・・・・・・・・わかる気が。

「それに実は以前一回は言ったんだ」
「そしたら?」
「『だって簡単に付いちゃうんだ』 とか言いやがって」

さらにぐったりした。

「一応あいつも気をつけてはいるみてーなんだけど」
「・・・・・絶対見えないとこに付ければいいのに」
「着替えで確実に見えないとこってちょっとしかないからな・・・・・・・」
「それはそうだけど」

ぼやきながら 「確かに」 と思った。

阿部だって少しは考えているはずだ。
目立つところに付ければ一番恥ずかしい思いをするのは三橋なんだ。
それを知りながら阿部が平気で付けるとは思えない (あいつはそういうヤツだ)。
今日のだって一応髪で隠れてて ぱっと見ただけではわからないところだった。

てことは見えないところにはきっといっぱい・・・・・・・・・・・・

そこまで考えてその「絶対確実に見えないとこ」  だの何だの、  がまた勝手に頭に浮かんでしまった。


またもや顔が熱くなるのがわかった。
まだ早朝なのに今日はもう3度目だ。

ふと隣を見ると花井も真っ赤な顔をしていた。
きっとオレと同じことを想像したに違いない。

オレたちはお互いに赤面しながら顔を見合わせて、

どちらからともなく はーーーーー っと、

太くて長ーーい ため息をついてしまったんだ。















                                                   危険地帯 了

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