決壊





最初はほんの冗談のような思いつきだったんだ。

だっていつだってオレしかおまえのこと見てなくて。

いや、もちろんおまえに必要とされてるのはわかってるけど、
でもオレのこと未だに時々怖がってるみてぇだし。

オレって普通の顔してても怒ってるみたいに見えることあるらしいから
そのせいだと思うけど。
仲がいいってったら田島とか栄口あたりのほうがよっぽど打ち解けているような。

別にいいんだけど。 それでも。

でもオレおまえのこと好きなんだよな。 信じられないことに。
友だち以上に好きみたいなんだよな。

みたいじゃなくてそうなんだ。
もうわかっちゃったんだ。

だから気が付くと目で追ってたりして、自分で自分にうんざりしたりするワケよ。
そんなふうに悶々としているのに、おまえは怖がったりするしさ。

だからその時、 ちょっとだけでいいから、

焦ってくんないかな とか 心配そうにしてくんないかな とか

求めていたのはその程度のささやかなシアワセだったんだ。







○○○○○○○

『阿部くん?! 阿部くん!!?』

電話の向こうで三橋の焦った声が聞こえる。
オレは悪いとは思いつつも少し踊るような気持ちでそれを聞きながら
口のほうはいかにも苦しそうに 「大丈夫だから」 とつぶやいた。

『で、でもまだ痛いんでしょ??』

三橋にしてはスムーズに言葉が出てくる。 いい感じじゃん。

「うん・・・・・・・・・でも平気。」
内容とは裏腹にまた苦しそうな声にしてみたりして。

『でででもお母さんたち、いない、んでしょ?』
「うんまぁ・・・・。 寝てれば治るから。」

言いながらオレは 思ったよりずっと心配そうな声が聞けたしもういいや と思って
そろそろ電話 (元々は連絡網の電話だ) をおしまいにしようと考えた。

したらあいつが。

『阿部くん!! 待ってて、 ね!』

と言ったかと思うといきなりぶつりと通話が切れた。

・・・・・・え・・・・・・・・・・・・・・・?

オレは ツー・ツー という無機質な音を聞きながら
しばし呆然と立ち尽くした。

待ってて・・・・・? て言ったか? あいつ今。
・・・・・まさか。
・・・・・・・・来る、気じゃねぇだろな・・・・・・・・・・


そんなことあるワケない、 とオレは思った。

もう夜だし。
外は寒いし。
寒いどころか雪までちらつき始めている。
でもじゃああの言葉の意味は何なんだ。

オレは三橋の携帯に何度かかけた、けど全然繋がらねぇ。
自宅の番号にももちろんかけたけど誰も出ねぇ。

どうしたもんかと所在無い気分でうろうろしていたら。
玄関のチャイムが鳴った。
時計を見るとちょうど三橋の家からオレんちまでかかるくらいの時間が経過していた。



・・・・・・ホントに来た・・・・・・・・・・・

玄関を開けて三橋の姿を見て、
半ば予想していたはずなのに、にわかには信じられない気持ちで
まじまじと凝視してしまった。

オレのそんな内心の驚愕などには気付く気配もなく、三橋はオレの顔を見るなり言った。

「あ、あ、阿部くん!!  大丈夫・・・?」

言われて思い出した。
あ、そうだオレ 今腹痛いことになってんだっけ。  それもすっごく。

でも流石に面と向かって演技するのも気がひけまくって

「や・・・・今はもう大分良くなった。」

と嘘をついた。 てか最初から嘘なんだけど。

三橋はへなへなと座り込んだ。

「お、おい! 三橋?!」

三橋は蹲って顔を伏せたまま、じっと動かない。

・・・・・・罪悪感が・・・・・・・・・・・・・


「と、とにかく中入れよ。  そこ寒いだろ。」

言うとようやく顔を上げた。

その顔は、林檎みたいに真っ赤で。

涙でぐしょぐしょに濡れていた。

「よ・・・・良かったぁ・・・・・・・・・・」

言いながらまたぼろぼろと涙を零してそれから  くしゃりと、 笑った。


その顔を見た瞬間

アタマが真っ白になった。

罪悪感すら吹っ飛んで。




そんな顔すんなよ三橋・・・・・・

我慢できなくなっちまう・・・・・・・・・




黙って俯いてしまったオレにまた三橋は焦ったようだった。
慌てたように立ち上がる気配がする。
続いて心配そうな声で一生懸命言っているのが聞こえる。

「阿部くん・・・・? どうしたの・・・・? やっぱりまだ痛い・・・の・・・・・・?」

痛くないよ、
と答えてやらなきゃ  と頭の片隅でちらりと思いながら

それができない。    それどころじゃないから。

オレはその時、


このまま三橋を引き寄せて抱きしめたい、という衝動とひたすら闘っていた。











オレさ、おまえのこと好き、だけど言う気はねぇんだ。
無理だもんな。   諦めるつもりなんだ。

けど、そんなふうに。

オレの下手な嘘に簡単に引っかかって飛んできてくれたり。

そんな顔して笑われるとオレもう。


ダメかも。

おまえのこと、諦めらんない、かも。

オレ男だし、おまえも男だし、絶対ダメそうだし。

奇跡が起きて上手くいったとしても
おまえの人生 めちゃめちゃにしちゃいそうで。
だってオレ、付き合う、なんてことになったら
きっとひどいことするよ、おまえに。
ヤダって言われても聞けない、ような気がする。
もうおまえのほんのちょっと、カケラのとこまで全部全部、オレのにしないと
気が済まねぇよ多分。

だからオレ言わねぇでこっそり諦めるつもりでいたんだけど。

でもダメかも。

諦めないって決めちゃったら、オレきっともっと大変なことになる。
おまえもきっと大変なことになる。

上手くいっても、いかなくても。

それでもいいか?

















必死で衝動を抑え込みながらオレはぐるぐると考え続けていた。
考えたいわけじゃないのに勝手に思考が溢れてきて止められない。



そうしながら


それまで長い時間をかけてせっせと地道に築いてきたはずの堤防だか防波堤だかが

あっけなく崩れて なす術もなくどんどんなくなっていくのを





ただ        感じていた。
















                                               決壊 了

                                              SSTOPへ