けじめ





試験が終わった。

試験最終日の放課後はようやっと終わったという開放感からか、
教室の中は陽気な声に満ちていてダラダラと残っているヤツが多い。

部活は今回は明日から再開だから、田島あたりが遊ぼうと騒ぎそうだなと
阿部がぼんやりと思っていたら、案の定来た。

「今日さ、皆で遊んでこーぜ!」
「どこで?」
「カラオケは?」
「金ねーよ。」
「その前に何か食いたい。」

7組の教室まで出張ってきたのは田島の他に栄口だの泉だの、それに当然花井と水谷はいるし
いつもの面々でわーわー言い合っている。
最終的には野球部ほとんど全員になるに違いない。

三橋もいる。

「阿部も行くだろ?」
「や、オレ今日はパス。」
「え〜?何で〜?」
「ちょっとな。」

変につつかれないうちにとっとと教室を出よう、と阿部は考えた。
阿部には今日はこの後大仕事があるのだ。


少し前に三橋の家を訪ねたとき、阿部は三橋の寝顔を眺めながら
つくづくわかったことがあった。
自分がいかに愚かで最低なことをしたかということだ。

三橋を忘れるために女の子を利用しようとした、けど全然ダメだった。
却っていかに自分の気持ちが真剣なのか、思い知らされるだけの結果になってしまった。

だから阿部は三橋を見ながら決めたのだ。   別れようと。
別れるというほどちゃんとした付き合いでもなかったけど、
そういう前提で始まった付き合いだから きちんとはっきりさせなければならないと思う。

勝手な自分に嫌悪感を覚えたけど、もう無理なのはわかっていた。
だからといって、三橋とどうにかなれるとも全然考えてなかった。
ずっと片思いだ。  でもそれでいいと思った。
というより、 それしかもうどうしようもない。
自分に選択の余地などないのだ。
いつか普通の友達でチームメイトに戻れる日が来るかもしれない、
あるいは来ないかもしれないけど、しんどくでも受け入れるしか道はない。
気付くのが遅かったけど、これ以上どうしようもない泥沼にはまる前に
せめて軌道修正しなければならない。

そう結論を出した阿部は、
今日いっしょに帰ろうと誘って どこかで言おうと思っていた。
が、思いがけず昨夜のうちに相手のほうから電話がきて、放課後に会う約束をした。

阿部は これから人を傷つけなきゃいけない、という逃れようのない現実を考えて気が重くなった。
教室を出る時、ちらりと三橋のほうを盗み見たら、こっちを見ていて目が合った。
『阿部くん、行かないの?』  と問うているようなその目を振り切って背を向ける。

(許してもらえなくてもいいし、グーで殴ってくれてもいい)  などと思いながら、
かなり悲壮な面持ちで待ち合わせの場所に向かって、阿部はのろのろと重い足を運んだ。






○○○○○○○

ところが実際は阿部にとって予想外の展開になった。
顔を見るなり彼女は 「もうやめよう?」 と言い放ったのだ。

「へ・・・・・・・・?」

思わずマヌケな声を漏らした阿部に
「だって阿部くん、全然会えないじゃん。 つまんないんだもん。」 とあっさりと言った。

「そうだな。 いいよ。」

あからさまにホっとした声にならないように気をつけて答えた阿部に、続けて彼女が言った。

「それに阿部くんて・・・・やっぱり私のこと何とも思ってないよね。」

阿部は何も言うことができない。

「・・・・・・最初はそれでもいいと・・・・・思っていたんだけど・・・・・」

言ったその語尾が変に掠れた。 俯いていて顔が見えない。

「・・・・・ごめん」

謝ることしかできなかった。

「いいよ。 ちょっとでも付き合えて良かった。
 今日はそれだけ言うために会ってほしかったんだ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「じゃ、ね。」
「うん・・・・・・ごめんな。」

走り去る前に最後に顔を上げた彼女は、泣いてはいなかったけど目元が少し赤かった。

正直安堵したけれど苦いものが胸に残った。
本当に悪いことをしたんだと、 今さら阿部はまた思い知る。

そして

(あんたいいコだから、オレなんかよりもっとずっといいヤツがすぐ見つかるよ。)

心からそう思った。













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