人選失敗





そのクラスメートには借りがあった。
文字どおり、金を借りていた。
大した金額じゃねーけど、何しろ金欠でまだ返していない、という負い目もあった。 それでも。

「いるだけでいいから!!」

そいつに拝むように (というかまさに拝まれた) 言われた時、
オレは全然行く気なんてなかった。 でも続いて

「でもオレ、阿部が来るから、って女子に言っちゃったんだよぉ」

と半泣きされて 「仕方ねーか」 という気になった。
どうせその日は三橋は用事で会えねーし。
「その代わり会費はいらないからさ!!」
という条件も魅力だった。

そんなワケで、そのクラスメートが幹事になって開かれたいわゆる「合コン」 に
オレは参加することになった。
もちろん三橋には内緒にしておきたかったから (また余計な気を回すに違いない)
花井にも水谷にも、野球部の誰にも言わなかった。






でも当日10分も経たないうちにオレは来たことを後悔した。
何しろ退屈。
男がオレを入れて5人、女も5人。
女はよその学校とうちの学校が混ざっているようだった。
中学繋がり、てやつらしい。
幹事のやつが挨拶らしきことを言って、始まったはいいけど、なにすりゃいいのかわかんねぇ。
話したいやつもいねーし、話したいことがあるわけじゃなし。
大体きれいに装った女より三橋のほうがずっとかわいい。
というかもうそれ以前の問題だし。

オレはひたすら食った。
食わないとやってらんねー。

でも気付いたらオレの目の前に女の子が3人、固まっていた。
オレは食うのに忙しいのに、なんだかんだと話しかけてくる。
「げっく」がどうとか (げっくってナンだよ!!) 某お笑いタレントがどうとか、映画がどうとか、
はっきり言ってコメントしづらい話題ばっか。
だってそんなもん観てる暇なんてねーもん。

けどそのうち1人がようやく答えられる話題を振ってきた。

「阿部くんて、彼女いるの?」
「いるよ」

即答した。 ゲンミツに言えば「彼女」じゃないけど
「恋人」という意味では嘘じゃねえ。

答えた途端に一瞬静かになって、それから 「きゃあ」 という黄色い声が上がった。

・・・・・・・・なんなんだ。

「ねね、どんなコ?」
「かわいいコ。」

また黄色い声。 なんでだ。 

「おない年?」
「そう」

きゃあきゃあとまた歓声が起きる。 一体何がそんなに嬉しいんだ。
オレはいささか (いやさっきからだから さらに、というべきか) げんなりした。
しながら、ふと、思った。

ここには花井も田島も栄口もいない。
(栄口にもバレてると、最近知った)
どころか、野球部は1人もいない。
てことは。
いっくら惚気ても不審に思うヤツはいないってことだ。

オレは急にうきうきした気分になった。
だってさ。
恋人のことをわざわざ惚気る趣味なんてないけど。
たまにはそういうことをしたくなる時だってある。
でも一番気安く言えそうな花井とかには流石に言いづらい。
本人を知っている人間にはやっぱ言えない。
オレはともかく、三橋が 「へぇ〜」 て目で見られるのはかわいそうだもんな。
でもここでなら。
幸い9組の女はいないみたいだし、おまけにそういう話題でも別に違和感ねーみたいだし。

そう結論を出したオレは今度は楽しい気分で口を開いた。

「外見はさ、色が白くて華奢で、目が大きくて茶色で髪も茶色でかわいいんだ」

一段と黄色い声が大きくなった。 構わずにどんどん続ける。

「触ると柔らかくて気持ちいーんだ。 髪も肌もふかふかしてんだ。
あ、肌はふかふかって感じじゃねーな。 すべすべだな。
恥ずかしがりやだから普段はあんま触らせてくんないんだけど」

どわーって感じでまた黄色い声。
でもオレは大変気分がいい。
好きな人間のことを説明すんのって快感なんだな・・・・・・・・・・・・

「泣き虫だし、おどおどしてるし、自信なくてすぐに凹むヤツなんだけど、
でも努力家で根性はあんだ。」

黄色い声が少し小さくなってきた。

「それなのに 努力している、ていう自覚が全然ねーんだ。
逆に、もっと頑張んねーと、 とか思い詰めるヤツなんだ。
頑張り過ぎないように時々言い聞かせなくちゃなんなくて、ある意味手がかかってしょーがねえ。」

「それに一見弱々しいんだけど結構芯は強いんだよな。
崩れそうで崩れないっつーか、1本通っているもんがあるってか」

「あー、でも勉強はダメだなぁ。 も少し根性入れてかかんねーとヤバいぜってことが
よくあってハラハラしたりすんだ。」

「それから細いくせによく食うんだこれが。
一体どこに入ってんだってくらい。  甘いものも好きでさ。
あれで何であんなに華奢なんだろって時々不思議になる・・・・・・」

「それから、すぐに赤くなるんだよな。 ささいなことでしょっちゅう赤面すんだ。
色が白いから余計目立つんだと思うけど、
ポーカーフェイスができねーってか感情が顔に出やすいんだ。
でも何考えてんのか思考回路がよくわかんねーんだよな・・・・・・・・」

「それから」

ごほん!! と咳払いが聞こえた。
何だかわざとらしい響きがあったような気がして、ふと言葉を止めて見回したら。

いつのまにか黄色い声はすっかりなりを潜めてて女子3人は
妙な顔でオレを凝視していた。
感じわりー。
それだけでなくオレ以外の4人のヤロウも、その他の女2人も
なぜかじーっとオレを見ている。
誰も何もしゃべってない。 やけに静かだ。

ナンだよ。 ダメだった?
でも話振ってきたのはそっちだぜ?
オレは懇切丁寧に 「恋人の話」 を披露しただけだぜ?
まだまだまだまだいっぱい言いたいんですケド。 これからなんですケド。

そう思いつつも、あまりにも静かなのと幹事のクラスメートがなぜか半泣きの表情なのが
気になって、とりあえずまた食うことに専念し始めた。

その後はもう誰もオレに話を振ってこなかった。
なので気楽になって食うだけ食ってから ぼーっと次の対戦相手のデータを
頭の中で反芻して対策を立てたりして過ごした。
時間は有効活用しねーとな。

1次会が終わって外に出て 「じゃーな。ごちそうさん。」 と幹事に挨拶してさっさと帰った。
何しに行ったんだかよくわかんねー。




けど三橋のことを気兼ねなくしゃべれたのは思ったより気分が良かった。
ただでいろいろ食えたし。

気を良くしたオレは翌日幹事のヤツに愛想良く言ってみた。

「また人が要るときは参加してやってもいいぜ?」

なのにそいつはその瞬間変な顔をした。
それからぼそりと、 言った。

「・・・・・・いや、いい」
「え〜? でも思ったより楽しかったぜ? ああいうのもたまにはいいな」
「いやもういい・・・・・・」

なーんだ、と思ったけど、それはそれで別に全然構わない。

「・・・・・・・阿部」
「なに?」
「彼女とお幸せにな・・・・・・・・」
「おう! サンキュ!」

晴々と言ったら何だか悲しげな顔になりやがった。
なんかまずいこと言ったかなオレ?

と疑問に思ったけどすぐに忘れた。







○○○○○○

けど後日ちょっとだけ宜しくないことが起きた。
参加していたコの1人が9組の女子と仲が良かったみたいで、
9組の教室でその話をして、しかもその場所がたまたま三橋と田島のすぐ傍だったらしい。

何でオレがそれを知ったかというと、
その日のうちに田島がわざわざ言いに来たからだ。

「阿部さ、合コン行ったんだってな!!」

田島がにやにやしながらそう言った時、オレは正直内心で青くなった。
三橋に知られた。
いや別に全然やましいことはないけど何しろあいつは未だに変な気遣いをするというか
自信がないというか、隙あらば身を引こうとしているようなフシがあって
油断がならない。
ささいなことでも落ち込んで思い詰めて 「さようなら」 とか言い出しそうで
気が気じゃない。 というよりむしろ怖い。

でも続いて田島はさらに面白そうに言った。

「そんで力いっぱい三橋の惚気をまくし立てただろ」

いや全然力いっぱいじゃねー。 半分も言えなかった。

という否定の言葉は呑みこみながら、当然の疑問が湧いた。
何でそこまで知ってんだろ・・・・・・

不思議に思って聞いたら、その女子はその内容まで一切合財しゃべったらしい。

三橋は「合コン」の段階で真っ青になったらしいけど続いての話を聞いて
(全部聞こえたそうだ)
今度は真っ赤になって今にも泣きださんばかりの風情だった とか。

見たかったな、ちぇっ

なんて瞬間思ったことは田島には言わずに 「ふーん・・・・」 とだけ言っておいた。

そこまで知られたなら、多分「不安」になることはねーだろう。
多分、だけど。
てか三橋はどう思ったのかな・・・・・・・・・・






○○○○○○

その日の放課後の練習の時、三橋に何か言われるかなぁと盛大に身構えて
どんなことを言われても冷静に対処できるようにあれこれ
シミュレーションしていたんだけど。

予想に反して三橋はオレを見るなり赤くなっただけで何も言わない。
練習中も何も言わない。
オレは逆に不安になった。
溜めてんのかもしれない。 それは困る。 絶対ロクなことにならない。
なので自分から言っちまった。

「あのさ、オレ、頼まれて合コンに出たんだ」
「・・・・・・うん」
「でもつまんねーし、もう行かねーからさ。」

みるみる安心した顔になった。
やっぱ気にしてたんじゃねーか。
三橋の表情がすっきりしたんでオレも内心でホっとした。 けど。


三橋のその安堵がオレが合コンに出ない、ことによるものか、
オレが遠慮のない三橋の惚気話ができなくなった、ことによるものか、

どっちなのか・・・・・てのは聞かないでおこう、

と 密かに思った。












                                               人選失敗 了

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                                                       両方だと思う。