事故





その時三橋はぼんやりしていた。

ありえないことに部室にグローブを置いたまま外に出て
練習が始まってから 「あれ?」 と気付いたのだ。
ぼーっとしたまま何も考えずに部室のほうに向かって歩き出した。
目は部室の方角しか見ていない。

「あ!!」 という誰かの声が聞こえた。
続いて 「よけろ三橋!!!」 という阿部の絶叫が聞こえた。

え? と思った次の瞬間、頭に衝撃を感じて後は何もわからなくなった。








○○○○○○○

それを見た瞬間オレは凍りついた。
三橋がとんでもないところをふらふら歩いている。
焦って呼びかけようとしたまさにその時、三橋に向かって球が飛んでいくのが見えた。
何か叫んだような気がする。
アッと思うまもなく球は三橋の頭に当たって
その場に崩れ落ちる三橋の姿がまるでスローモーションのように見えた。


走り寄ろうとして懸命に足を動かしているはずなのに、なかなか着かない。
たった15mかそこらがこんなに遠く感じたのは初めてだった。

「三橋!!」
倒れた三橋のところにようやく着いて声をかける。 動かない。

「動かさないで!」 

監督の声が聞こえた。

「頭打っているから。」

オレの後からわらわらと他の部員たちも集まってくる。
倒れた三橋を見下ろしながら、自分の頭からどんどん血が下がっていくのがわかった。
指先が冷たくなって痺れていく感覚がする。
オレは立っていられなくなって、三橋の側に膝をついた。

(オレが側にいれば)

どこ歩いてんだよって止めることができた。
できなかったのは離れていたから。 だから。

(・・・・・ちくしょう・・・・・・・)

自分で自分が許せない気がした。
シガポがどこかに電話している声が耳に入る。
オレは三橋の顔しか目に入らない。
田島が何か言っているみたいだけど、何を言っているのかよく聞こえない。

(目を)

(目を開けてくれ。 三橋!)

その時、オレの願いが聞こえたかのように、三橋の目がゆっくりと開いた。

「三橋!!!」

でも焦点がちゃんと合ってない。

「三橋くん? わかる?」

監督の呼びかけに手がびくりと動いたのが目の端に映った。
食い入るように見つめているうちに、少しずつ、表情が戻ってきた。
続いて、僅かに口が開いた。

「オレ・・・・・・ご・・・ごめん・・・・なさい・・・・・」

しゃべった。

オレは泣きそうになった。   それをごまかすように大きく息をついて、
しばらく息を止めていたことに初めて気がついた。






○○○○○○

結局打ったのが頭だからということで、一応病院にシガポが車で連れて行くことになった。

「オレいっしょに行きます!!」

ダメと言われても絶対に行く誰がなんと言っても行く と力みながら言ったら。
「そう? じゃあお願いね。 阿部くん」  
あっさりと許可が出てホっとした。   
どうしても、傍にいたかった。

車の後部座席に並んで座ってから改めて三橋の様子を見た。
普通みたいに見えるけど。

「大丈夫か?」

声をかけるとオレのほうを見て、小さく 「ごめんね」 と言った。

「何で謝んだよ。」
「オレ、迷惑かけて・・・・・・・」
「いいよ、んなの。」

確かに三橋は注意が足りなかったけど、それを責める気には全然なれなかった。
ずっと様子がおかしいのをオレは知っていた。
オレがもっと気をつけて、側にいてやれば・・・・・という思いでいっぱいで
そう言ってやりたかったけど、
オレは黙ったまま右手で三橋の左手を握った。 冷たい。
でもオレの手もまだ冷たい。

三橋は微かに揺れたけど、嫌がることもなくそのまま大人しく手を繋がれてた。
ぎゅっと力を入れたら少し温かくなってきた。


このまま、 離したくない。


それは強烈な思いだったけど。   
間もなく車は最寄の病院に着いて、 オレはそっと手を離した。







○○○○○○

打ったのが頭だったせいか病院では結構な量の検査があった。
オレはびったり三橋にくっついて回って、検査室にまでいっしょに入ろうとして
看護婦さんに止められた。 ついでに笑われた。
結果は幸い異常なしとのことだった。
聞いた途端体からすーっと力が抜けて、その場にへたりこみそうになった。
(けどもちろん我慢した。)

シガポがまた車で家まで送っていくと言う。
オレもいっしょに行きたかったのに方向が逆だった。

「阿部くんはここで帰りなさい」
「オレも送ってから1人で帰りますから」
言い張ってみたけど。

「君のほうが青い顔してるよ。 もう心配ないから今日は帰って休みなさい。」

強い口調でそう言われては、従うしかなかった。

車に乗る前に三橋は真っ直ぐにオレの顔を見た。

「今日は・・・・ごめん・・・なさい。  ・・・・・ありがとう、阿部くん。」 

言ってから、少し笑った。
久し振りに見た三橋の笑顔に胸がぎゅうっとなって、何かいろいろ、いっぱい言ってやりたかった。
でも結局ひとつも言葉にすることはできなくて。

「気にすんなよ。 また明日な。」     と言うのが精一杯だった。











                                                         事故 了

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