言わせたい言葉





聞きたい言葉がある。
簡単に聞けそうなのに意外と聞けない言葉。
ただ待っているだけでは聞けそうもないので、言わせるように仕向けてみることまで考え始めた。
問題は、 と阿部は思った。

(どうやって言わせるか。)

何をか、と言えば。
阿部は三橋に 「好き」 と言ってほしいのであった。

もちろん言われなくても三橋の気持ちはもうわかっている。
それに言えない気持ちもわかる。 そんなこっぱずかしい言葉なんて
普通の高校男子ならそうそう言えないだろう、多分。
大体自分だってそういうイミでは滅多に言わない。 言えるかってんだ。
もちろん必要だと思ったら惜しまない。
けど、それほど簡単なことでもない。
人によっては簡単に言えるのかもしれないけど自分はダメだ。
でも、 とさらに阿部は思う。

自分はその分態度で示してる。 もうそれはそれは頻繁に。
三橋はだから自分の気持ちに不安を抱くことなんてないだろう、という自信がある。
最初こそ不安にさせまくっていた苦い思い出があるけど、
今にして思えば当時は三橋にとっては始まってもいなかったわけだから
それは一応除外として。
その後はおそらく辟易するくらい (と考えるといささか凹むけど) 意思表示している。
大体において元々あまり自分に自信がないヤツだから、放っとくと簡単に不安になって
勝手に間違った結論を出しかねない。  危なっかしいことこの上ない。

もっとも態度で示しているのはそのためではなくて、
それこそ示さざるを得ない衝動をいつも抱えているから、必然的にそうなるわけなんだけど。
それに自分だって三橋の気持ちに不安を感じているわけでもない。 基本的には。

でもな、 と阿部はまた最初と同じ思考に立ち返る。

やっぱりたまにはそういう甘い言葉を聞きたいわけだ。
理性が半分すっ飛んでいる時のどさくさに紛れて言わせるんじゃなくて
もっとこう、普通の状態のときに。

(きっと真っ赤になっちゃうんだろうなぁ・・・・・・)

阿部は想像してニヤついて、それから はっと我に返って少しムナしくなった。
三橋の赤い顔を見る機会はしょっちゅうあるけど (日常でもすぐ赤くなるから)
そういう場面では、ない。
言われたことないから。
ゲンミツに言えば一回だけあるけど、あの時三橋はこれでもかってくらい盛大に泣いていたし、
自分は両手で抱き締めていたから、顔は見てない。
この先 (涙抜きの) そんな場面があるかどうかわからない。

「オレのこと好き?」 と聞けば頷いてくれるだろう。 けどそうじゃなくて。
できればちゃんと言葉で聞きたい。


そんなことを延々と考えている阿部は、三橋に相当トチ狂っているのであった。






○○○○○○

そんなわけで阿部は小学生レベルの一計を考えた。
でももうそんなでも試してみたくなる程にはナリフリ構わない心境になっていたので
思いついた翌日、三橋と2人になった時早速やってみた。

「三橋さ、これから質問するからさ。」
「へ?」
「好きか嫌いか、で答えて。」
「・・・・・・?・・・・うん・・・・」
「野球好き?」
「・・・・え?・・・好き・・・・だよ・・・・。」
「数学好き?」
「・・・・嫌い。」
「じゃあ、肉まん好き?」
「・・・???・・・好き・・・・・」
「じゃあオレのことは?」
「!!・・・・・・・・・・」

わくわく。

三橋は真っ赤になった。 そこまではまぁいい。 むしろ予定どおり。
でもわくわくしながら返事を期待している阿部の前で、三橋は黙って深ーく俯いてしまった。

「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「ねえ、答えは?」
「・・・・・・・・・。」
(ダメか・・・・・・・)

ケチ。  と阿部は思った。
けど、それをそのまま言うとまた涙目になるのはわかっていたので
内心で (ちぇっ) とふて腐れたもののそれすら顔に出さずに我慢したのだった。

健気な男である。







○○○○○○

三橋は最近阿部が変なのに気が付いていた。
変、というか自分にある言葉を言わせたがっている。 でも。

(・・・・・・恥ずかしくて・・・・・・)

言えないわけである。
ましてや期待に満ち満ちた目で待たれたりすると余計に言えない。
かといって何かの拍子にさり気なく、なんて芸当も自分にはできない。

(・・・・・大好き、なのに・・・・・)

阿部はいつも態度で示してくれるのに自分はそれすらできない。
言いたい。 言って阿部くんの喜ぶ顔を見たい。
と思うのに、どうしても言えない。 恥ずかしくて。

(・・・・ごめんね・・・阿部くん・・・・・)

三橋はため息をついた。







○○○○○○

そんなふうに2人して、
人が聞いたら 「ああもうやってらんねーぜ!!」 と絶叫しながらアタマをかきむしりたくなるような
しょーもないことで悶々としていたある日のこと。


その日は学校の都合で部活が早めに終わった。
なので、野球部面々は皆でぞろぞろと田島に家にやってきた。
名目は 「他校の情報勉強会」、 実質は単なるお遊びである。
田島の部屋に車座に座って買ってきたジュースなど飲みながら、およそ野球とは関係ない話題で
わいわいと平和に盛り上がった。
花井だけは最初こそ 「真面目にやろうぜ!」 とか何とか戒めてみたりしたものの、
すぐにアホらしくなって今や自分もバカ話に興じてしまっている。
平和で楽しくなごやかなひと時。

その時、泉と田島の間に ぽーっと座っていた三橋がついと立ち上がった。
それからすーっと阿部のほうに歩いていったかと思うと、阿部の隣に座っていた水谷をぐいぐいと押して
空いたその場所にちゃっかり座り込んだ。

一同は内心でちょっと驚いた。
三橋がそういう強引な行動に出る、ということがすごく珍しかったからだ。
でもそれだけなら別に何てことないことだったかもしれない。 が。
次に三橋はすりすりと阿部にすり寄った、のである。
その時点でわいわいと賑やかに交わされていた会話が少ーし減って、若干静かになった。

三橋が変だ。

いや三橋が阿部に懐いているのは皆 (阿部との仲を知らない者も) 知っているから
変ではないのかもしれないけど、そういうことを皆の前で堂々とやる性格では断じてない。
なので、全員が何だか違和感とか居心地の悪さを感じて一様にもじもじしている中、
阿部はといえば内心焦りまくっていた。
驚愕していた、というほうが正しいかもしれない。

明らかに三橋の様子がおかしいからである。
もちろん嬉しい。 けどおかしい。
大体こんな嬉しいことはどうせするんなら周りに誰もいない時にしてほしい。

そんなことを思いながら、すり寄ってくる三橋の顔を見て阿部は今度こそ仰天した。

その顔はほんのり赤くなっていて (それはよくあることだけど) 目が。
やけに潤んでいる。 通常ではあり得ないくらい。 通常でない時に見られる目に近い。
つまりはっきり言って妙に色っぽい。
阿部は激しく動揺した。

(・・・お・・・押し倒してぇ・・・・・・・)

でも流石に皆がいるところでできるわけがない。 生殺し状態である。

(な・・・何だってこんな時に・・・・てか、こいつどうしちゃったんだ・・・・・・?)

そんな阿部の内心の疑問に答えるかのように、その時泉がすっとんきょうな声を上げた。

「あぁあ!!! 三橋のこれ!!」

言いながら先ほどまで三橋が飲んでいたジュースの缶を持ち上げた。

「これお酒じゃん!!!」
「えぇ?!」
「あーホントだ。」
「ジュースに見える・・・・・・紛らわしいなー」

てことは。

「・・・・三橋酔っちゃってる・・・・・?」

一同納得。

しかし納得したところでめでたしめでたし、とはならなかった。
皆の見つめる中、三橋が頭を阿部の肩にすりすりと寄せながら 「えへへへ」 と笑ったからである。
というかその、様子が。
あまりにもかわいらし過ぎたからであった。

今や部屋の中はしーんと静まり返った。
みーんな唖然として三橋を凝視してしまっている。
阿部はさらに焦った。

(こ・・・こいつこんなに酒に弱いんだ・・・・・)

なんてことがわかったところで、もう飲んでしまったものはどうしようもない。
自分は生殺しだし、皆の注目浴びまくりだし、どうすりゃいいんだと慌てるもののどうにもならない。
とか困りながらも、とりあえずよしよしと三橋の頭を撫でてやったりして。

そこで田島が部屋の微妙な空気に一向に頓着なく
「三橋はホント、阿部のこと好きだよなぁ!」 と豪快に笑いながら言った。
皆もそこで 「そうだなぁ」 と適当に笑ったりして場が元の空気に戻れば大変ナイスな発言だったのだが。
あいにくとそうはならなかった。

三橋がへにゃりと笑って言ったのである。
それも や け に 色っぽい声で。

「うん。 オレ、 阿部くん、 大好き。」

空気が凍った。

赤くなる者、青くなる者、いろいろだったが、とにかく皆内心でのけぞった。
それくらい三橋のその時の声と顔が艶っぽかったからだ。
田島でさえ、ぽかんとした顔で三橋を見ている。
でも次の瞬間の花井の焦ったような叫び声に皆一斉に我に返った。

「お、おい!!! 阿部!!?!」

阿部に視線を移した一同は ぎょっとした。
阿部は血だらけになっていた。

正しくは阿部のシャツが、であるが。
阿部は自分の顔(の下半分)を片手で押さえているけど、指の間からまだ血が滴り落ちている。
一見するととても単なる鼻血には見えない。 けど鼻血である。

「だ、大丈夫か? 阿部!!!」
「うわーすげー血・・・・・・・・。」

泉が慌ててそばにあったティッシュボックスを掴んで渡そうとしたら
阿部より先に横から三橋が取ってしまった。

「オレ、拭いて、あげる。」

三橋はにこにこと嬉しそうにティッシュを手にした。

(((((((・・・・・勘弁してくれ・・・・・)))))))

一同心の中でそろってつぶやいた。
しかし阿部とてそれは同じだった。
三橋に拭かれたら止まるものも止まらない。
なので急いで  「いい!」  と言いながら乱暴に箱を奪い取って自分で拭き始めた。
三橋の目にみるみる涙が盛り上がった。

(((((((うわぁ・・・・・・・)))))))   

またもや一同心の声。

「な、な、泣くな!!三橋!!」

阿部はこの状態で泣かれるともっとヤバいことになると瞬時に判断して叫んだ。
と同時に仕方なく箱を手渡した。
三橋はあっというまに涙を引っ込めて嬉しそうににっこりと微笑んだ。
うっ と阿部は内心で呻いた。

(もうダメだこれ以上ここにいたらダメだ!!)

と実に的確な判断を下した。
なので未だだらだらと血を流しながらすっくと立ち上がり、叫んだ。

「オレ帰る!!」

みんなは別の意味で焦った。

(((((((こ、この状態の三橋を置いて・・・・・・?!?)))))))

2人の仲を知る者も知らない者もそれぞれ焦りまくった。
が、続いて阿部がくるりと三橋のほうを向くなり 「帰るぞ三橋!!」 と怒鳴ったので
一同は はーっと安堵と納得のため息を漏らしたのであった。

田島の 「そのティッシュやるよ。 箱ごと。」 という言葉に有難く甘えて
片手にティッシュ箱、片手に三橋をひっつかんだ血だらけの阿部が
「じゃな!! お先!!」 
と言って帰っていった後、残った連中 (田島以外) が一様に脱力して
がくーーっ とへたり込んだのは言うまでもない。







○○○○○○

まだぽわんとしている三橋の手をひいて歩きながら阿部は考えた。

(このままお持ち帰りしてぇ・・・・。)

でも今日は自分の家は家族がいるし三橋の親も心配するだろう。
我慢して大人しく家まで送っていくしかない。

(ったく何で皆がいる時にこんな美味しい状態になりやがるんだこいつ・・・・・・・)

でも、ひとつわかったことがある。

三橋は酒に弱い。
てことは他の連中がいる時には絶対に飲ませてはいけない、ということだ。
逆に自分と2人だけの時、それもこんな外じゃなくてどちらかの部屋で2人きりの時に、
ちょびっと飲ませたら (ジュースにでも混ぜたらわからないだろう) どうなるんだろう。
言わせたくてたまらない言葉、だっていくらでも。 (さっきみたいに。)

それはもう当初考えていた 「通常の状態で」 というのからは程遠いのでは、なんてことは
もはやどうでも良かった。
というか頭からすっ飛んでいた。

それを想像しながら思わず頬を緩ませつつ阿部が横にいる三橋を見ると、
三橋は心から幸せそうな笑顔になった。  そしてまた言った。

「阿部くん、大好き。」


当然の結果として阿部はシャツの赤い染みをさらに増やしたのだった。














                                                 言わせたい言葉  了

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                                                  阿部はシャツ1枚ダメにした。