いつかそのうち





その時その質問を泉がしたのに深い意味はなかった。

田島が誕生日に家族から貰ったモノの話をしていて、
それが前から欲しかったナンダカという変わったイキモノで
「飼いたかったんだオレ!」  と目を輝かせている田島に、
「良かったな」  とお愛想を言った阿部の言い方が、大分冷めていただけでなく
ほんの少しといえど、何やら嘲りのようなニュアンスが含まれている気がしたからかもしれない。
だからつい聞いてしまったのは知りたいとかでは決してなくて、反射的なものだった。

「おまえは誕生日に何欲しいのさ阿部?」

物憂げに、阿部は泉に目を向けた。

誕生日に欲しいもの。
誕生日と言わずいつだって欲しいもの。

先刻田島の話を聞くともなしに聞きながら阿部は考えていた。

(そうか田島の誕生日って先月だった)

そして次に (てことはオレの誕生日はもう来月じゃん) と思い出し芋づる式に
(オレの欲しいものは) ということに思考が及んでしまった。
うっかりそれを思い浮かべてしまったもんだから
欲しい欲しい欲しい欲しいで体中がいっぱいになって
(今から練習なのに変なこと考えてどーするオレ!) と我に返ってぐったりしたのだ。

浮かんでしまった 「欲しいもの」 (の欲しい形態) をせっせと散らしながら
目の前の無邪気に喜びながら着替えているチームメイトにお愛想でかけた声が
無意識に  おまえはいいよなそういう悩みとは無縁そうで  的な響きを帯びてしまったのも
そういった個人的事情があったわけである。

己に向けられた泉の問いかけにソッコーで浮かんだ返答は
もちろん直前に蹴散らしたばかりの1つしかない。
再び 欲しい欲しいでいっぱいになった自分への戒めに忙しくて
元々大して持ち合わせてもいない周囲への気配りをきれいさっぱりと忘れた阿部は、
半眼で泉を見据えながら答えるために口を開いた。

「み」
「阿部!!!!」

一文字言った時点で、しかしそれは花井によってさえぎられた。

「今日の練習メニューで変更がひとつあるんだ!」
「は?」
「ちょっといいか?」

有無をも言わさぬ調子で阿部を打ち合わせに引っ張りながら、花井は顔を顰めて泉を一瞥した。
それで泉も 「あー」 と納得した面持ちで肩をすくめた。
何も考えずについ聞いてしまったけど、阿部の欲しいものなんて決まりきっている。
そしてそれを阿部がバカ正直に答えようとしたことも、別段驚くようなことじゃない。
この件に関してだけは阿部は驚くほどバカになるということは
野球部一同、ヘタすると学校中が知っている。
だからといって公共の場である部室の中で、堂々と不純同性交遊を望む言葉が出るのは
如何なものかとは花井でなくたって思うことだ。

大人しく練習メニューの説明を聞き始めた阿部に、
その時その場にいた数人の人間は一様にやれやれと息を吐いた。

が、1人だけ楽しそうにきらきらと目を輝かせた人物もいたのであった。








〇〇〇〇〇〇〇

そんなことがあったせいで、阿部の頭の中は自分の誕生日の一ヶ月も前から
「三橋から欲しいプレゼント」 でいっぱいになってしまった。
阿部は悶々と考えた。

(いつまでもキス止まりじゃ嫌だ)

もう少し進展したい。 本音を言えばもう少しじゃなくて
大幅に進展したい。 自分としては明日入籍したっていいくらいなのに。

(いやいやそれはいくらなんでも突っ走り過ぎ)

うっかり新婚生活にまで想像を膨らませかけてから、阿部は頭を振って現実に立ち返った。
学校中が公認の立派な恋人どうしなのに、しかもそれなりに長いのに
未だにキスどまりなのはひとえに自分が我慢しているからだ。
でももうそろそろいいんじゃないかと阿部は思う。
誕生日はいい機会だ。
思い切って 「おまえの全部が欲しい」 と言ったって別にバチは当たらないだろう。
自分がそれを切望していることは、どうせ本人にだってとっくにバレているんだし。

結論を出しながら阿部は力強く拳を握った。





なので翌週たまたま部室で2人きりになった、だけでなく
三橋のほうからその話を振ってきた時、阿部の胸はどきどきと高鳴った。
着替えを終えた三橋は唐突に、何の脈絡もなく切り出したのだ。

「ら、来月 阿部くんの誕生日、だね?」
「あー、まーな」
「あのオレ、プレゼント 考えて て」

頬を染めながら言った三橋に、阿部は緩みそうになる顔を必死で押し留めた。
何気ないふうで問いかけた。

「何かくれんの?」
「あ、あの、 ね」
「うん」
「・・・・・・・・・・・・。」

三橋は赤い顔のまま黙り込んだ。
普段はせっかちな阿部であるが、わくわくしながら次の言葉を辛抱強く待った。
三橋は誕生日を覚えていてくれたどころか、何かくれようとしているらしい。
それが何であれ、嬉しくないわけがない。
一番欲しいものはそれとは別におねだりしてみようなどと
こっそり目論見ながら待っていると。
やがて三橋は意を決したように目をぎゅっと閉じてから口を開いた。

「オ、オレ」
「うん」
「・・・・・・・あの、 阿部くん」
「うん」
「オ、 オレ」
「うん、なに?」

三橋はそこでぱちりと目を開けて はふっと、息をついた。

「え・・・・・と・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・?」
「阿部くんの、欲しいものって何・・・・?」
「は?」
「オレ、それあげる・・・・・・・」
「え、あのさ」
「・・・・・・・。」

何をくれるんだろうと待ち構えていた阿部は、予想外に問われてしまって
一瞬拍子抜けしてから、次に一気に心拍数を上げた。
自分の欲しいもの。

を正直に言ったらくれるのだろうか。
今の三橋の雰囲気なら何でもくれそうだと思うのは願望が都合よく
己の目とか脳内を曇らせているんじゃないだろうか。

仮にそうでも。   どちらにしても頼むつもりだったのだ。
今日言う気はなかったけど、三橋から話を振ってきてしかもお伺いまで
立ててくれている今はいわゆる絶好のチャンス、てやつじゃないだろうか。
阿部は無意識に大きく息を吸った。 
何より欲しいものは。

「『三橋』」
「は、 はいっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」

いやそうじゃなくて、  という言葉は呑み込んだ。
もう一度言う。

「だから 『三橋』・・・・・・・・・・・」
「は、い!」

えーと、 と阿部は内心だけで唸った。  訂正が必要だ。
『欲しいものは三橋の全部』  と文章にして言えばいいんだうん。
再再度口を開く。

「欲しいモノ、は」
「・・・・・・・・・・・?」

冒頭のみ言ったきり固まった阿部を三橋は不思議そうに見つめた。
見つめ返しながら阿部は固まったまま続きを言うことができない。
舞い上がったせいで見落としていたことに、その時突然気付いてしまったからだ。

三橋は常よりも大量に汗をかいていた。 多分暑いからじゃなく。
だけならまだしも手が細かく震えている。
阿部に誕生日のリクエストを聞き出すだけで、これだけ緊張している今の三橋に
「おまえが欲しい」 などと言おうものならどうなるか。

(卒倒すんじゃねーか・・・・・・・・・・)

ちらりとそう掠めたらもうダメだった。

「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・阿部くん?」
「あー、欲しいものな・・・・・・・」
「う、ん」
「・・・・・・・考えとく・・・・・・・」
「あ、 うん・・・・・・・・・」

ホっと、小さく息をついてへにゃと笑んだ三橋の顔を見ながら
阿部は 「これでいいんだ」 と己に言い聞かせた。
もちろんだからといって諦めたわけじゃないけれど。
でも今回の誕生日にダメならダメでも別に。

(ゆっくりで、いいんだ・・・・・・・・・・・・・)

ふにゃふにゃした頼りないその笑顔に飽かず見惚れながら。

(三橋が本当にその気になってくれてからで、いい・・・・・・・・)

強がりではなく、阿部はそう思うのだった。








〇〇〇〇〇〇

「どうだったー?」

田島の屈託のない問いかけに三橋は力のない笑みを返した。
田島の顔がわずかに曇った。

「言えなかったん?」
「・・・・・い、言った」
「え、言ったの?」
「・・・・・・・うん」
「『プレゼントにオレをあげる』 って?」
「・・・・・・うー、 う、ん」
「したら?」
「・・・・・・・・伝わらなかった」
「え」
「・・・・・そう言ったつもり、だったんだ、けど」
「・・・・・・・・・・。」

田島はぽかんと口を開けてから ははぁ という顔になった。

「じゃあさ、聞いてみた?」
「うん・・・・・・・・」
「え、それでもダメだった?」
「考えとく、 て・・・・・・・・」
「え〜・・・・・?」

田島の顔がわかりやすく疑問符一色になった。

「おっかしーなぁ」
「阿部くんは」
「へ?」
「・・・・・・きっと別にオレなんか、」
「ストップ!!」
「ぐ」
「阿部の欲しいもんはぜってーおまえだよ!」
「・・・・・・・・・そうかなぁ」
「ゲンミツにそうだ!!」
「・・・・・・・・・・・。」
「1たす1よりカンタンにそうだ!」

力強く断言する田島に三橋は尚も 「そうかなぁ」 と考えながらも
どこかで 「そうかも、しれない」 とも思う。
だって以前阿部は明確にそう言った (なんてもんじゃなく、怒鳴った) からだ。
実際にやろうとしたことだってある。 本人覚えてないようだけど。
あの時から結構経つから変わったのかもしれないけれど、
でも阿部の気持ちが常に真っ直ぐに自分に向いていることは
後ろ向き思考の三橋にも分かり過ぎるくらいよく分かっていた。

そして田島の入れ知恵に、これ以上ないくらい緊張しながらも実行してみたのは
焚きつけられたからではなかった。
自分が望んでいたことだったからだ。
阿部とキス以上のこともしたい。
でもそれを言うのは恥ずかしい。
以前強引に押し倒してきたことを考えれば、
待たずともすぐにそうなるだろうと密かに期待していても、
意外にも阿部はキス以上のことを仕掛けてこないまま月日が過ぎていく。
誕生日はきっかけになるかもしれない、と三橋なりに
ぼんやりと考えていたところの、田島の発破だったのだ。

頑張りは結局不発に終わってしまったけど。 それでも。

(いつか、そうなれたら、いいなぁ・・・・・・・・・)

でも、 と三橋は続けて考えた。

(焦らなくても、自然にそうなったら、いいな・・・・・・・・)

それから、気遣わしげに自分を窺っている田島の視線に気付いて
へらりと、 自分で自覚している以上の  幸福な笑顔を返したのである。

















                                                いつかそのうち 了

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                                                       じれったいざますね。