一刻も早く逃げ出したい




練習を終えていつものように着替えた後、オレはふと思い出した。
もうすぐ三橋の誕生日だ。  
だから聞いてみた。 
何となく、だったけど何かやりたいと思ったのは本当だ。

「誕生日、欲しいもんある?」
「え」

三橋は目を丸くして少しキョドったけど、すぐに嬉しそうな顔をしてくれた。
その後思案顔になって、次には赤くなった。
何か思いついたらしい、とは見てるだけでわかった。 
三橋は時々すげーわかりやすい。

けどそれから1分間ほど口をもぐもぐさせやがった。
どうせまた遠慮してんだろうと踏んで、我慢して待つ。 オレも慣れたもんだ。
でもあと1分このままだとヤバいな、何がってオレの忍耐力が、
とかそっちの心配をしていると幸いその前に三橋はごにょごにょと何か言った。

「・・・・・・・・・・・・・・でほしい」
「は? もっかい言って」
「あの」
「・・・・・・・・・・。」
「だから」
「うん、なに?」
「・・・・・・・ナマエで 呼んで 
ほしい かな なんて

はい?

聞き間違い? と一瞬疑ったけど、違う。
名前で呼んで、て言った。 確かにそう言った。
それはつまり 「三橋」 じゃなくて 「廉」 と 呼べってことで。

具体的に考えた途端に心臓がおかしなことになった。
心臓だけじゃなく体中おかしくなった。
汗が噴き出るわ顔が火照るわ、どーしちゃったんだオレ! 

と突然の異変に焦ったけど、ばくばくしながらも何とか言い聞かせる。
ちょっと落ち着け。
別に大したことじゃない。 「三橋」 を 「廉」 にするだけだ。
でもまさかそうくるとは思わなかった。
前言撤回。 全然わかりやすくない。 オレの予想から完全にはみ出している。
といっても何か予想していたわけでもねーんだけど、仮に予想しても外れてた。

てか何でそれがプレゼントになるのか、よくわかんねー。 変じゃねーか?
まあ三橋が変なのはいつもだからそこは気にしないとして、オレが変だ。
何だってこんなにどきどきしてんだろう。
いやもちろんイヤなわけじゃない。 むしろ嬉しい、けど!

「あの、ダメ、ですか・・・・・・?」

その上目使いはよせ!! 変がひどくなるから!

そう文句を言う代わりにオレはにっこり笑ってやった。 
それから何でもないことのように言ってやる。 実際なんでもない、ことだしな。

「あー、別にダメじゃないぜ?」

ちくしょう声が上擦っちまった!!

「あ、ありがと・・・・・」
「お、おお」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・えーとさ、確認だけどこれからずっと、ってことだよな?」
「へ? ・・・・・あ、・・・・・・・・・・うん」
「そ、そうか・・・・・・」
「・・・・・・・あの」
「なに?」
「・・・・・・・試しに 今」
「え」

今? 今って言った? 今って、今さっそくそう呼べってことか?
・・・・・・・いや、うん、これからそう呼ぶんなら予行演習しといたほうがいいかもしんねーな。

「えっとじゃあ・・・・・・・」

の後が続かない。 
あからさまに待っている三橋を見るとやりづらい、落ち着かない。
期待に満ちた目でじっと見つめるのはやめてほしい!!

とか正直に言ったらめたくそキョドるだろうし、さっさと呼んで終わりにしよう。 
簡単なことだ。 れん、と2文字言えばいいだけだ、よし、いくぞオレ!

「れ」

の時点で三橋の顔がタコと化した。 
言いかけたのとほぼ同時のコンマ1秒という勢いだったんで、驚いて止まっちまった。
つられてオレの顔も同程度の色になった、のを感じた。
自分じゃ見えないけど、絶対なってる。 だってすげー熱い。
なんでこんなに恥ずいんだ、オレも変だけど三橋も悪い。
てか三橋が悪い!
だってその顔はないだろ。 こっちだってそれなりに照れ臭いんだから
もっと普通の顔してくんねーとやりづれえったらありゃしねーちっとはオレのことも考えてくれ!

と弾丸のように文句をかましていると (ココロで) 三橋の顔のタコ度合いがすっと引いて、
だけならいいけどみるみるうちに普通を通り過ぎて、どよんとしたオーラを出しやがった。
なんでだコノヤロウ!!

「・・・・・・・・あの、やっぱイヤ、なら」

出た三橋の悪いクセが。

ちょっとぐったりしたけど、間を置いちゃもっとダメともわかってるんで急いで言う。

「イヤじゃねーよ!!」

これはほんとだ。 イヤじゃない、イヤなわけない。
むしろ嬉しいなんて言わねーけど、早く証拠を見せて、
じゃない聞かせてやんねーと三橋の誤解が解けない。 そんでまた落ち込む。
ああもうなんて面倒くさい奴なんだ。 わかってることだけど!

うし! とオレは気合を入れた。
次こそは呼んでやる。 普通に普通にさりげなく。

「・・・・・・れ」

掠れてしまってまた切った。 くそっかっこわりー
一言呼ぶだけなのになんでこんなに大変なんだ。
咳払いしてから再々度口を開く。 今度こそ!

「・・・・・廉」

うわああああなんだこの恥ずかしさ!!!!

転げ回りたくなりながら三橋を見ると、あっちも相当おかしなことになっていた。 タコ大復活。

どこじゃなかった。
顔と首以外にも腕まで真っ赤になるわシュワーっと湯気を出すわ (器用だな!)
目があっちこっち忙しなく動くわ、トドメにへなへなと座り込みやがった。
ヘタりたいのはオレのほうだっつーの!!

「・・・・・呼んだぞ」
「・・・・・うん」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・なんか、あの」
「・・・・・なに」
「・・・・・はずかしい ね」

おまえが言うなーーーーーーーっ

と瞬間かっとなった勢いでぽろっと転がり出た。

「おまえも言ってくれよ」
「・・・・へ?」
「オレんこと、ナマエで呼んでみてよ」
「ほげ?!!!」

ほげってなんだよ失礼だろーがオレに呼べってんなら
おまえだってそうしてくれんのが筋ってもんじゃねーのか、ああ?!

とか筋もへったくれもないことを喚きながら (ココロで) 睨み付けてやった。

「・・・・・オ、オレ、も・・・・・?」
「おお」
「・・・・・・む、む、む」
「無理、とか言う気じゃねーよなまさか」
「うぐっ」

さあ呼べすぐ呼べ今すぐ呼べ!! と目で催促していると
三橋は俯いてすうっと大きく息を吸った。

「・・・・・・・た、た、た、た、た」

イライラする、だけじゃなくなんともおかしな気分になる。
おかしい、というかむず痒いというかいたたまれないというか照れ臭いというか
ぶっちゃけ恥ずかしい。 呼ぶならさっさと言ってほしい!

自分のことは棚上げしてじりじりと待つオレ。

「・・・・・・・た・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
かや

咄嗟にがばりと自分の口を塞いだ。 呻きが漏れないように。
右へ倣えしてしゃがみこみたいのを堪える。
でも顔色までは操作できないからこっちは右へ倣えしてタコその2になった、きっと絶対。
熱くて熱くてたまんない。
「た」 と 「かや」 の間が離れすぎてる! それじゃ呼ばれた気がしねー!
なんて文句ももちろん言わない。 呼ばれた気がしなくてこれなら、
すんなり呼ばれでもしたらどうなるかわかったもんじゃねえ!!
と頭も体もかっかしていると、タコその1がオレを見上げた。

だからその上目使い、やめてくれーーーー!!

「・・・・・ど、ですか」

どうって言われてもどうもこうも。

「うんまあ、いやまあ」

わけわかんねーよオレ! と自分で突っ込みつつもそれ以上なんも言えない。
男に 「かわいい」 なんてそれこそ失礼だし
死ぬほど照れくさい、なんて死んでも言いたくねーし。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「あの、阿部くん」
「・・・・・・なに」
「やっぱ、・・・・ずっとは いい、や」
「へ・・・・?」
「今のだけで、いい」
「え・・・・・」

それってつまり。

「なしにするってことか?」
「うん・・・・・・・・」

がくっとした、のと同時に心配にもなったんで慌てて確認。

「なんで? オレ別にヤじゃねーぜ?」
「あ、うん、その  どきどき、して ちょっとタイヘ・・・・・・・だし、それに」
「・・・・・・・・・・。」
「ほ、んとは 一回だけ、のつもりで言った、んだ。 最初」

・・・・・・・・・・・・・あ、そう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なら、いいか、うん。 残念な気もすっけど。
確かに毎回こんなふうになったら練習どこじゃないし、心臓に悪くて消耗が激しいのも問題だ。
慣れるまで時間かかりそうだしな。 お互い。

残念な一方でホッとしたのも本当だったので。

「そうだな、じゃあ今までどおりってことで」
「うん・・・・・・・」

2人で顔を見合わせてへらっと笑い合う。
急速に気が抜けたせいか、我ながらしまらない顔になったなとわかったけど
別にいいやと思えるのは、三橋の顔も緩み切っているからだ。
三橋は今のだけでいいと言ったけど、これだけじゃナンだから当日なんか奢ってやろう。

密かにそう決めて、満足感に浸ったその時だった。

「あのさ」

声をかけられてびっくりして飛び上がった。 オレだけじゃなくて三橋も。
そういや花井がいたんだった。 すっかり忘れてた。

「・・・・・・話は終わった?」
「あー、終わった終わった。 なに?」
「なにって、ミーティング」

それで思い出した。 
そうだった、そんなのがあったっけ。
それも今日はオレたちバッテリーと花井、というメンツでだから花井は残ってたわけで。
きれいに飛んでいたことを思い出して切り換えようとしたのに、
花井は唐突に意外な提案をした。

「なあ、急でわりーけど明日にしていいか?」
「え? なんで?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・疲れたから」

言われて気付いた。 花井の顔は確かにげっそりしていた。
今日の練習ってそんなにハードだったっけ? と腑に落ちなかったけど
体調が悪いのかもしんない。 特に急ぎってわけでもねーし。

「そっか、なら仕方ねーな。 そうすっか」
「うん」
「早く良くなるといいな」

優しい言葉をかけてやったつもりなのに、花井の顔はもっと疲れたように見えた。













                                     一刻も早く逃げ出したい 了

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                                               タイトルは花井くんの心の叫びでした。