一番大事なもの





花井が何気なくそれを言った時、目からウロコだった。

三橋の写真集。

確かに自分で作ればいいんだ。
花井の言ったとおりデジカメで撮って (携帯じゃダメだ。 画質が荒いから)
パソコンに取り込んで質のいい紙に印刷して製本も自分ですれば、
世界中でたった1冊しかないオレだけのお宝に。

そう考えたオレはうきうきした。
三橋とはしょっちゅう会えるから顔が見れなくて寂しい、ということは
ほとんどないけど、やっぱり夜中とかにふと会いたくなる時だってある。
そういう時に写真集があれば大分違うかも。

浮かれた気分でどんな写真を撮るか、ということに思いを馳せた。

やっぱり笑顔は外せない。
赤くなってはにかんだ顔とかもいいな。
正面だけでなく後ろ姿も1枚欲しいし、横顔も撮っとこう。

それから。

色っぽいのは絶対必須。

はっきり言えば、 裸。  
普通の裸のほかに普通じゃない裸も。

そこまで考えたところで鼻の奥が熱くなった。
慌てて鼻を押さえた。
押さえながら、どうやってそれらの写真を撮るか、ということを具体的に考え始めた。






○○○○○○○

まず学校で何枚か隠し撮りした。
これはかなり難しかった。
大体学校でデジカメなんぞ堂々と使っていたら教師に見咎められる。
新聞部とか写真部ならともかく、理由がない。 怪しいにも程がある。
それに日常生活の中の「自然な」表情を撮りたいから、本人に悟られるのもまずい。
なので服の中に隠し持っていて教室の入り口あたりから
適当に狙って素早く撮るわけだけど、モニターを覗きながら撮れないから
うまいこと三橋が画面に入らない。
でもそこはデジカメの気安さでとにかく数を撮って、ダメなのはどんどん消した。
10枚に1枚くらいの確率で「いい」のが撮れた。
田島と話している時の自然な笑顔の三橋とか、
思いがけなくいいのもあってオレは満足した。

でもやっぱりカメラ目線のも欲しいし、なによりとにかく、    ハダカ。



というわけでひととおり学校での隠し撮りを終えたオレは次に
三橋を家に呼んだ。  もちろん「泊まり」の約束で。

三橋に 「写真撮らせて?」 と正直に頼んだら最初きょとん、として
それから赤くなってもごもごと何か言って、でも最後には
恥ずかしそうな顔で頷いてくれた。
さらに正直に 「本にする」 なんて言ったら嫌がられることは必至、という気がしたんで、
そんなことは一言も言わなかったケド。

でもこれも意外と難しかった。
なにしろ 「笑う」 ということができない。
意識してそうしようとすると照れなのか緊張なのか、引き攣りまくる。
「もっと自然に」  と言うとますます引き攣る。
しまいには涙を浮かべて 「ごめん、ね」  なんて謝り出す始末。

まぁ仕方ないよな三橋だし。

半分諦めつつも、冗談を言って笑わせたところを撮ったり (気分はもうカメラマンだぜ)
いろいろな角度からも撮ってそこそこ満足した。
「横向いて」 とか 「後ろ向いて」 とか指示するたびに三橋は微妙に不審気な顔をしたけど。

「いっぱい撮りたいんだ」

と言うと (本当のことだし)、また赤くなりつつも特に追求もしてこなかったんで、
オレはホっとした。

けどもちろん、一番の難関は次だ。
一番の難関で、かつ一番の目的でもある。

「裸撮らせて」  と言って三橋が  「どうぞ」  と言うことは
天地がひっくり返ってもないだろう。 じゃあどうするか。

オレは1回カメラを机の上に置いた。
いかにも 「これで終わり」 という雰囲気で。

それからキスをした。
元々三橋もそのつもりで来ている(はずだ) から、ちゃんと応えてくれる。
しながらシャツのボタンを外してはだけさせた。  当然、抵抗はない。
唇を離して見てみたら 「半分脱げている」 のも欲しくなった。
それはそれで、大変色っぽい。

なので素早く、またカメラを手にしたら三橋の目がまん丸になった。
構わずにその まん丸目で、かつ乳首なんか晒しちゃっている三橋をぱちり、と1枚写した。

「阿部、くん??!!!」

三橋にしては大きな声が出た。
も の す ご く 焦った声だった。

「い、い、い、今、撮った・・・・・・・・?」
「うん」

言いながらまたぱちり。

モニターの中の三橋の顔が 「驚愕」 だけでなく何事かに 「気付いた」 感じになったかと思うと
ささっと服の前をかき合せてしまった。
その表情から、もうはっきりとオレの意図がバレてしまったのがわかった。
当たり前だけど裸を隠し撮り、 というのはどうしても無理だ。
本人の承諾が要る。
何とか上手いこと頼み込まないと。

「いーじゃん。 撮らせてよ」

ぶんぶん! とすごい勢いで顔が左右に振られた。
だけでなく、怯えた顔になった。
ずきっ  と胸と他のある部分が同時に傷んだ。 
ゲンミツに言うとある部分のほうは 傷んだ、とは別の意味の 「ずき」 だけど。
いつも思うけど、三橋の怯えた顔ってのはタチが悪い。

表情を見る限り、どんなに言葉を尽くしてお願いしても無理そうだと、頼む前からわかってしまった。
それは想像の範疇だったにも拘わらず、具体的にどうするかマヌケにも考えてなかったオレの頭に
一番手っ取り早い方法が掠めた。

黙って近づいて両手首を掴んだ。 たちまちその大きな茶色い目が水分でいっぱいになった。
両手をまとめて左手で掴み直してから、右手にまたカメラを持った、その時。

心の中で悪魔が囁いた。 もっと確実に撮れる方法を。

(縛っちゃえよ)

そうすれば、どんなかっこも思いのまま。 で、撮れる。
さらにそのままいたしちゃえば、裸で、かつ泣き顔じゃない表情だって。
あるいは泣き顔でも別の種類の泣き顔も撮れる、に違いない。
この状況で大人しく縛られてくれるわけはないけど、
本気でやれば三橋がどんなに必死で抵抗しても多分オレのが勝つ。

けど。

オレに両手を掴まれた三橋はみるまに ぶわっと涙を溢れさせた。

拭うこともできずにぼろぼろと落ちるに任せながら一言、言った。

「いや・・・・・・・・・・」

またもや胸と某所がずきんと。

「阿部、くん、  いや  だよ・・・・・・・・・・・」

言いながらいやいやと小さく首を振る。
体を震わせて、大きな目は悲しみと恐怖でいっぱいになっている。
涙は次々と溢れ出て、本気で嫌がっていることがよくわかる。

「や・・・・・やめて・・・・・・お願い、 だから・・・・・・・・」

声も震えを帯びている。
懇願を無視して無理矢理 手の自由を奪って服を剥いて、涙を流している三橋を撮りたい、
という残酷な、抑え難い欲求がむくむくと湧く。



なのに。



「あべ・・・・・・く・・・・・・・・・」






「・・・・・・・・・・・・・・・くそっ!!!」



オレは持っていたカメラを床に放り投げた。

それから左手で三橋の体を引き寄せながら、頭の片隅でぼんやりと悟った。

正確に言うと、とうにわかっていたことを再自覚していた。


三橋が泣きながら、 本当の  本気で嫌がっていることを、

無視して無理矢理なんて、オレにできるわけがないんだ・・・・・・・・・・・・・・













○○○○○○○

のはずだったんだけど。
オレは夜中に目を覚ましちまった。
そして隣を見た。
いつもより長く激しくしちゃったせいか、三橋は疲れきって熟睡している。


またもや悪魔がぴょこんと、 出てきた。


そして今度は抗えなかった。


音を立てないように起き上がって、そーっと三橋の着ているパジャマに手をかけた。
まず、上をはだけた。
オレが家庭科の課題を利用して三橋用に作った前開きのだから簡単だった。
胸を露にしても、三橋はすぅすぅと安らかな寝息を立ててぴくりとも動かない。
それに安心して続いて下をそろそろと慎重に下ろした。
全部取り去っても寝息は乱れない。   しめしめ。

ベッドの上でパジャマの上を引っ掛けただけで後は全裸の三橋、を見下ろしながら
床に放り出してあったデジカメをそっと拾った。

電気は豆電だけで暗いから、ピントの調整がうまくいくかどうかわからないけど仕方ない。
フラッシュで起きちゃったら、という気がかりはあるけど
撮ってすぐに後ろに隠しちゃえば大丈夫、
とにかく撮ってしまえばこっちのもの、 なんて思いながら
シャッターを下ろそうとした、  その瞬間。

ぱちり、 と三橋の目が開いた。

あ、 と思った次の刹那 三橋はあり得ないくらい素早く丸まって、
それだけじゃなく横にどかしてあった布団の上掛けを目にも留まらない速さで身に纏った。

それから涙目になって、言葉もなく立ち尽くすオレに向かって、口を開いた。


「阿部くん、  なんて、   き、」

あ、 言わないで。



「きら、 い、    だ!!!」



ずーーーーん、              と頭上に岩が落ちてくるような感覚がして。


オレは立っていられなくなって膝をついた。



再起不能



というコトバが頭の中をくるくる回ったりなんかして。

オレががっくりとうなだれているうちに、三橋がごそごそとパジャマを全部着直している気配がする。
ようやく顔を上げた時は布団にすっぽりとくるまって姿すら見えない。
丸い布団の塊りが静かにオレを拒絶している。


涙が出そう。


とにかく、許してもらえないとオレに明日はない。

なので必死で言ってみる。

「三橋、ごめん・・・・・・・」

反応のない塊りをしばらく見てから、勇気を出してそーっとめくってみた。
それでも動かないんで、えいっとばかりにもぐりこんでみた。

三橋は布団の中で縮こまってひっそりと泣いていた。

今度こそ、胸だけが ずき、っと痛んだ。
丸まっている背中にぴたっとくっ付いたら微かに震えている。

「ごめんな」
「・・・・・・う・・・」
「もうしねーから」
「・・・・う、 う・・・・・」
「許してくれ」
「・・・・・・・・。」

泣きそうな気持ちで頼んだら三橋の嗚咽がやんだ。
それからそろそろとオレのほうに向きを変えてくれた。

「もうしない・・・・・?」
「しない」 
「ほんと、  に・・・・・・・?」
「ほんと」
「・・・・・・じゃあ、 いい・・・・・・・・・」

言ってからおずおずとキスを、してくれた。
心の底から、 ホっとしながら抱き締めた。

あぁ良かった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







○○○○○○○

そんなふうにして、オレの「三橋写真集計画」は頓挫した。
部屋で撮ったのの中の一番いい笑顔の1枚を携帯の待ち受けにして満足することにする。 
動かない写真なんかより、オレに向けてくれる生きた笑顔のほうが100万倍も大事だ。

そのうちにもっといろいろ慣れて、うんと頼めば 「いいよ」 と言ってくれる日がくるかもしれないし。

来ないような気もするけど。









でも、やっぱりいつか。


・・・・・・・・三橋の色っぽい写真、

・・・・・・・・・・撮りたいなぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
















                                               一番大事なもの 了

                                                 SSTOPへ








                                                   危ねーなこいつ・・・・・・・・