表面化-2





三橋はここしばらく最低の気分で過ごしていた。
別のクラスの女の子に阿部との仲をとりもってくれと頼まれたのだ。

最初は断ろうとした。

「阿部くんて彼女いるの?」
「・・・・・いない。」

嘘は言ってない。 というか自分だって恋人と果たして言えるのかどうか。
多分、違う、 と三橋は相変わらず思い込んでいた。

「じゃあお願い。 練習で忙しいのは知ってるけどどうしても。」
「あ・・・あの・・・・・でも」
「とにかくきっかけが欲しいの。 あなたに迷惑はかけないから。」

畳み掛けるように言い募られて、断る隙も与えられないままチケットを押し付けられた。
気の弱い自分に嫌悪感を覚えたけれど、
渡されてしまったチケットを突き返すことはついにできなかった。
渡された瞬間 「阿部くんは、でも喜ぶかも」 とどこかで思ってしまったことも
事実だった。


でも言われたとおり阿部を誘ったあとは、もっとひどい気分になった。
だましている後ろめたさと、それ以上に自分がつらかった。

(阿部くんがもし、気に入っちゃったらどうしよう・・・・・・・)
(それで付き合おうってことになったら・・・・・・・・・)

いつ飽きられてもいいと思っていたはずなのに、
一度知ってしまった心地よさや目の眩むような幸福感を失うのかもしれないと思うと
目の前が真っ暗になった。
どんどん後悔が大きくなる。
練習中に何度も言いそうになった。
「違うんだ」 と。 自分じゃなくて別の子が行くんだ、と。
そして本当は言いたかった。

「だから、 行かないで」 

心の中だけで繰り返し繰り返しつぶやかれたその言葉が
最後までついに三橋の口から出ることがなかったのは、
結局自分に自信がなかったからだった。











○○○○○○

当日の朝電話を切ったあとオレは何をする気にもなれなくて、
ごろごろと無駄な時間を過ごしていた。
つかの間の幸せな日々を思い起こして、ともすれば泣きそうになった。

(オレが嘘ついたの・・・・阿部くん、どう、思ったかな・・・・・・)

それで嫌われても仕方ない、と諦めの気持ちが湧く。

(今頃はもう映画が終わって・・・・・・・どっかに行ったかな・・・・・・)

考えまいとしても、笑いながら楽しそうに歩く2人の姿が浮かんでしまって涙がにじむ。
胸の中に鉛が詰まっているようだった。

(・・・・・・・練習、しよ・・・・・。)

自分でやったことだと、自らを叱咤して庭に出るために立ち上がったところで
玄関のほうで声がした。

(お母さんが・・・・・・何か言ってる・・・・・・・・誰か、来た??)

まさか。


恐怖と期待で内心パニックになりながら動けないでいるうちに、足音が近づいて
全然心の準備ができないままに阿部くんが入ってきた。

その顔を見たとたんに

頭が真っ白になった。








怒ってる。

それも、  ものすごく。

(・・・・・・・・どうしよう。)
(あ、阿部くんに、こんなに  怖い 目で 見られたの、初めて、かも。)

そう思ったら心臓がどくどくと嫌な音を立てた。  頭ががんがんする。
何か言ってるのが、かろうじて聞こえた。

(・・・・・・やっぱり  怒ってる。)

空気が痛いくらい、ぴりぴりしてるのがわかった。 

説明しなきゃと思う。 けど頭が回らない。 口が開かない。



オレがだましたから、嘘なんかついたから。
本当はイヤだった。 イヤで堪らなかった。 でも。
だって断れなかった、  なんて言ったらきっともっと呆れられる・・・・・・・・・。
これ以上、怒らせたく、ない。 でももう 遅い のかも。
こんなに怒らせて もうダメだ。
オレってバカだ。 せっかく幸せだったのに、自分で壊すような真似を、



アタマの中でぐるぐる益体もない思考が回るだけで、言葉にすることができない。

麻痺したみたいに茫然としていたら怒鳴られて、喉元の塊りが大きくなった。
こらえなきゃ と思った途端にいきなり腕を掴まれた。
え? と驚いた時にはもう口を塞がれていた。

「?!!」

(阿部くん、怒ってるんじゃないの?)

一瞬そう思ったけど、それはいつものような優しいキスじゃなかった。
噛み付かれてるみたい。 すごく乱暴で怖くなった。
逃げようとしたらますます強い力で押さえつけられた。 容赦のない力だった。
気が付いたら壁に押し付けられてて、もう逃げ場がない。

怖くて苦しくて顔を振って必死で逃れた。 でも。
「や・・・・・・」
抗議の言葉を皆まで言えないうちに乱暴に顎を掴まれて、またすぐに塞がれてしまった。
きつく掴まれて痛くて、もっと怖くなった。

しかも、  舌が

入ってきて。


「ん!!」

びっくりして思わず声が出た、けど塞がれててまともな声にならない。 頭がくらくらする。
慌てて引っ込めようとした舌を絡めとられて強く吸われて、ぎょっとして力が抜けそうになった。
怖くて堪らない、のに。

恐怖と同時に押し寄せてきたのは、快感 だった。
初めての感覚に焦っているうちに、意思とは関係なく体がどんどん熱くなってくるのがわかる。

「・・・ん、 
・・・・・・」

勝手に変な声が出て、さらにぎょっとした。  一瞬自分の声だとは信じられなかった。

(い、今のオレの声・・・・だよね・・・・・・)

恥ずかしい、と思ったけど、あまりちゃんと考えられない。
すごく気持ちが良くてもう抵抗もできない。 立っているのがやっとだった、その時。

(・・・・・・・・・? 何か・・・・背中に・・・・・・・・)

手が。

オレはもっと焦りまくった。 同時にぞくりと、肌が粟立った。
阿部くんの手がオレの背中にシャツの下から、直接、
と思ったらすぐにするりと抜けてさらに。

「!!!!!」

とんでもないところに移動した。

そんなとこ   触られ たら。

(あっ・・・・・・・!!)

抗えない強烈な快感が押し寄せた けど。
それ以上の羞恥と恐怖でいっぱいになった。

(い、いやだ・・・・・・!!)

必死で身を捩っても執拗に探られる。
嫌と言いたくても声も出せない。
焦る気持ちとは裏腹に、体の力がどんどん抜けていってどうすることもできない。
その時  ふっと、 手が離れて。
ホっとしたのは、でもほんの一瞬だった。
その手がすぐにズボンのベルトにかかるのがわかって、  今度こそ 
パニックになった。

瞬間 頭の中が真っ白になって、


気が付いたら、目の前の体を無我夢中で 突き飛ばしていた。






解放された途端に膝が崩れ落ちた。 立ってられなくて壁伝いにずるずると座り込んだ。
顔がのぼせたみたいに熱くて 息が苦しい。

忙しなく息をつきながら、かろうじて目を開けると阿部くんも座りこんでるのが見えた。
オレが思い切り突き飛ばしたせいだ、 と気付いて少し我に返った。

「あ、ごめ・・・・・・・」

急いで謝ったけどこっちを見てくれない。

(ど、 どうしようオレ・・・・・・・・・・・)

内心おろおろしていたら。

「オレさ」

声が低い。  まだ 怒ってる。

「おまえが何考えてんのか全然わかんねぇよ。」


何も言えずに固まっているうちに、阿部くんは俯いたまま立ち上がって
それ以上一言も言わずにドアを開けて出て行ってしまった。
ドアの閉まる乱暴な音が胸に突き刺さった。


オレは茫然としたまま動けなかった。
何から考えればいいのかまるでわからない。


けど、混乱した頭でひとつだけわかったことは

自分のせいで阿部くんを、これ以上ないくらい怒らせた、      ということだった。













                                                 表面化-2 了

                                                  SSTOP