オマケ2 (瑠里ちゃん視点)






久し振りにイトコから電話があったと思ったら、その声は最初から変だった。
上擦っていて、どこか切羽詰っているような。

『あの、あさって うちに来るよね?』
「うん」
『オレ、その次の日 部活ないんだ、けど』

瑠里が連休を利用して泊まりで遊びに行くことになったのは、
イトコに会うためもあるけど、その近くに用事があるからだ。
だからその日イトコに練習がないのは知らなかった。
様子が変、と不審に思いながら聞いていると。

『た、頼みがあるんだ』
「頼み?」

続いてつっかえながら告げられた内容に瑠里はまず驚いて、
その後理由を聞いて一応納得はしたものの、唸ってしまった。

(難しいんじゃないかなあ・・・・・・)

思っただけでなく口でも言いながら、実のところは早くも手持ちの服を思い浮かべていた。
貰い物の服で、サイズが大きくて着られないワンピースがクロゼットで眠っている。
あれなら着られるだろう、とそれを身に着けたイトコを脳裏に描いてみた。

(似合いそう・・・・・・)

俄かにうきうきとする瑠里だったが、次に聞こえたイトコの声にまた驚いた。

『そ、それじゃ ダメなんだ!』

涙声だった。 尋常でなく必死な様子が機械越しにも伝わってきて、
それで心が決まった。
協力してあげましょうとも。
面白そうだし、 と付け加えた一言は声にはしなかったが。


そして予定どおり連休2日目にイトコの家に行って、
本人の顔を見た瞬間に瑠里は悟った。 予想していたよりも遥かに。

(必死だわこれは・・・・・・・)

挨拶もそこそこに、思い詰めたような顔で何か言いたそうだ。 
非常にわかりやすい。
言わないのはその場に母親がいるせいだ、と気付いた。 
つまり親には内緒なのだ。

(そりゃそうよね・・・・・・・)

女装した姿なんて親には見せたくないだろう。 いくら人助けとは言っても。
叔母は翌日は仕事だと言っていた。
自分も用事で出かけるが、午前中は空いているのでその時間に協力するつもりだった。
周囲に誰もいなくなった隙に、案の定イトコはすぐさま聞いてきた。

「あの、電話で頼んだこと・・・・」
「大丈夫! いろいろ持ってきたから。」
「ありがとう・・・・」
「お母さんに借りてきたんだー、お化粧品も!」
「・・・・化粧なんてオレ、できない」
「任せて!」

請合うと、あからさまにホッとした顔になった。

「でもさ、その阿部くんて人も何でレンレンに頼むわけ? 女の子じゃなくて」
「え、多分 冗談、で」
「そうなの? じゃあ何で引き受けたの?」
「え、それは」

顔が焦った。 目がうろうろと泳いでから赤面して、口をもぐもぐとさせた挙句。

「と、とにかく役に立ちたい、んだ!」
「・・・・・ふーん」
「相棒、だし!」
「ああ、キャッチャーだっけ」
「め、迷惑だった?」

必死を通り越して涙目なことに呆れた。

「私はいいけど・・・・・・
でもレンレンがそんななのに阿部くんも本気でそうするなんて、随分ね」
「阿部くんは悪くない!」

びっくりした。 野球以外のことで何かを強く言い切るのは珍しい。

「オ、オレ、オレが したくてするんだ。 阿部くんは全然」
「あーわかったわかった、 悪かったわよ」

必死すぎる、と瑠里はまた思った。
何だか腑に落ちないけど、イトコがこれ以上ないくらい真剣なのだけはよくわかった。


そして当日、瑠里は頑張った。 
頑張った、という表現はそぐわないかもしれない。
何故なら大変楽しい作業だったからだ。

イトコは必死なだけあって、ひたすら従順に言うことを聞いてくれたので、
あれこれ指示をしたり顔をいじったりしながらのりにのった。
予想以上に様になる。 いわゆる化粧栄えのする顔というやつだろう。
一番の懸念事項であった肩と首もスカーフを使うことでうまく隠れたし、
ウエストに至ってはヘタすると女性よりも細かった。
最も楽しい顔の化粧は丹念に、でも濃すぎて下品にならないように気を付けながら、
気分はもはや芸術家である。
最後に上から下まで念入りにチェックしてすっかり満足し、
気を良くした勢いで声のレッスンまでしたところで、チャイムの音が響いた。

「あ、き、来た、かも」
「早く開けてあげなさいよ」

おろおろとうろたえるイトコを急かしたのは、「阿部くん」 の反応を早く見たかったからだ。
後ろから付いていって、廊下の角からこっそりと窺った。

「阿部くん」 は実に素晴らしい反応をしてくれた。
まず本人と思わずに、自分と間違えた。
次に耳まで真っ赤になってうろたえて、その後長々と見惚れていた。
顔には 「信じられない」 とくっきりと書いてある。 
一言も発しない代わりに表情と仕草に感嘆っぷりがダダ漏れしていて、
瑠里は大いに満足した。
そうでしょうとも、と満面の笑顔でイトコに助け舟を出すべく出て行ってやった。

その後並んで歩いていく後姿にも目を細めた。
イトコのほうが小柄なせいで、充分カップルに見える。 
元々内股だから、歩き方にも違和感はない。 悪くない。
見送りながら、後で成果を聞かなくちゃと瑠里はうきうきと考えた。



けれどその後自分も出かけて用事を終え、帰った時
イトコはまだ帰宅していなかった。 もう夕方に近い。 
叔母もすでにいて、夕食の下ごしらえにかかってしまった。
自分の出発まではまだ時間があるものの、心配になった。
ひょっとすると何か失敗でもして、こじれているのだろうか。
まさか夜になることはないだろうけど、と気を揉み出した頃にようやく帰ってきたのが
窓から見えた。 阿部もいっしょだった。
叔母に見せないためにはまた協力が必要かもしれない、
と機転を利かせて急いで庭に迎えに出た。

が、声をかけようとして、瑠里はぴたりと止まった。
2人は門の前で立ち止まって話していて、その雰囲気が何だか。

(邪魔しちゃ、悪いかな・・・・・・)

ごく自然にそう浮かんでしまってから、我に返って苦笑した。 
まるっきりデート帰りのカップルに見えるけど、よく考えれば2人とも男なのだ。 
気を遣う必要などない。

そうは思うものの、理性とは逆に瑠里は植え込みに身を隠した。
どうしても、邪魔になる気がしてしょうがない。
悪いとは思いつつ聞き耳は立ててしまったけれど。

「ありがとな、三橋」
「ううん」
「おばさん、帰ってるかな。 見られたらマズいよな」
「いると、思う けど。 先に部屋行くから、平気」
「そっか」
「うん」
「・・・・今日は疲れたろ?」
「え、だいじょぶ」
「用が済んだらすぐ帰るつもりだったんだけどさ」
「あの オレ、も ゆっくり したかったから」
「・・・・・そうか?」
「うん!」
「天気良かったしな」
「うん」
「最初だけはアレだったけど、後はいい骨休みになったなー」
「楽しかった、ね!」
「たまにはさ、こういうのもいいよな?」
「うん! すごく楽しかった!」
「・・・・・・なら良かった」
「オ、オレも役に立てて、嬉し・・・・」
「三橋・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「あ、写真もサンキュな」
「え、うん」
「大事にすっから」
「え・・・・・・」


なんだこの雰囲気。

瑠里はそう思った。 背中の辺りがむずむずする。
何だか恥ずかしくて堪らないのだが、バッテリーとはこういうものなのか。
妙ないたたまれなさを感じながら、
誘惑に負けてそっと2人の様子を覗き見して、もっと恥ずかしくなった。

なんだろうか、あの2人は。

どこからどう見てもカップルにしか見えないのは、
格好以前の問題の気がするのだけど、何が一体そうさせるのか。

と考えて、その理由はすぐにわかった。 2人の表情だ。

(まあバッテリーだし・・・・・・)

仲が良くて当然か、と納得したところで会話は終わって阿部が去っていくのが見えた。
長々と見送っているイトコを辛抱強く待ち、
やっと門から入ってきたところで今度こそ声をかけた。

「レンレン!」
「あ」
「おかえりー」
「た、ただいま」
「どう? 上手くいった?」
「うん! ありがとう!」
「遅かったから心配しちゃったじゃない」
「あ、ご、ごめん。 その後、ちょっと 遊んできて」
「そうなんだ? なにして?」
「えっと公園行って、から 映画、観たよ!」

嬉しそうな笑顔につられて笑いながら、先刻考えたばかりのことをそのまま言った。

「阿部くんて、なんか似てるね」
「・・・・へ?」
「レンレンと似てる」
「えええ?!?」

そのびっくり度合にびっくりした。
確かに顔立ちが似ているわけではないが、正直な感想だった。

「ど、どこが?!」
「・・・・・すぐ赤くなるとことか」
「へ・・・・・・・」
「2人して赤くなっちゃって、なんかかわいい」
「ええええ?!!」

なんでそんなに驚くんだろう。 かわいい、という形容が心外だったんだろうか。
まあ今日は廉の格好のせいで例外だったのかもしれない、と思い直して
フォローしてみる。

「あ、でもあの人かっこいいよね。 もてるのわかる」
「ダ、ダメだよ!」

えっ、とまた驚いた。 結構な剣幕だった。 ダメって何が。
そう聞く前にイトコは叫ぶように繰り返した。

「阿部くんは ダメ、だよ!」
「・・・・・なにが?」
「阿部くんは、野球で忙しいんだ から!」
「・・・・・あ、そう」
「そう!」

ふーん、と返しながら可笑しくなった。 誤解されたらしい。
大事な相棒なのはわかるし、野球バカが相変わらずなのも喜ばしいことだけど、
そこまでムキになることだろうか。

「レンレンたらヤキモチ?」
「えっ」
「誰もとらないから安心して」

その瞬間のイトコの表情に、瑠里はあっけにとられた。
軽いからかいのつもりだったのに。

さっきの雰囲気といい顔といい、何だかもうこれはまるで

と次に浮かんだことは、口には出さずに呑み込んだのである。













                                            オマケ2 了

                                            SSTOPへ





                                                     花井くんが見なくて良かった

                                                                   と思ったけど、そういうわけにもいかなくなった。 花井くんごめん。 (追記)