発露





三橋の様子がおかしい・・・・・?

オレはふと気付いた。
さっきまでぽつぽつと今日の試合のこととか楽しそうに話してた三橋が今は黙り込んでいる。

疲れた、のかな・・・・・・・?



今日はサッカーの試合の観戦にオレが誘った。
本当はプロ野球のがいいに決まっているけど。
でもたまたま親戚から貰ったチケットがサッカーだったんだ。
オレはスポーツなら観るのは大概なんでも好きだけど三橋はどうだろうと
内心で少し気後れしながら誘ってみたら、思った以上に嬉しそうな顔で頷いてくれたから。
三橋と2人きりで出かけられる (それも学校とは関係ない場所に!) というのが
単純に嬉しくて前から楽しみにしていた。

オレの三橋へのキモチは内緒だけど。
いつか通じるといいな  と思いながら告白する踏ん切りもつかず。
とりあえずその前にオレにめいっぱい懐かせようと、
下心満載でさり気なくいろいろ面倒を見まくっている毎日。

でもデート(?)に不自然でなく誘うのは意外に難しくて。
というかヒマねぇし。
その点スポーツ観戦なら違和感ねぇし、休日の夜だったから練習時間外だし。
自然に誘って応じてもらえて無事に当日を迎えて、2人で盛り上がって観戦したその帰り。
終わった後一斉に帰路につく観客で電車はすし詰めだった。
これ以上ないってくらい混んだ電車の中、すぐ隣にいる三橋の顔が変だ。
顔が変、 なんて失礼な言い方だけどホントに変だ。

真っ赤になって汗をかいていて、それだけならともかく目が潤んでいる。

三橋の目が潤んでいるのは全然珍しいことじゃねぇけど、
ついさっきまでは普通に話していたのに。

「三橋・・・・・・・?」

呼ぶとびくりと揺れた。
オレの顔をちらりと見てから慌てたように目を逸らした。

(???)

・・・・よく、わかんねぇな。
オレ何か気に障るようなこと言ったかな・・・・・・・・
それか泣かせるようなこと。 
・・・・言ってねぇよな・・・・・・・・
三橋は表情が豊かなくせに、微妙にわかりにくいところがあるんで
とにかく じいっと様子を観察した。

気持ち悪いのかな? と思ったけど不快そうではない。 むしろ。
「うっとり」 とも見える。 うっとり、なんて変な表現だけどそう見える。
・・・・・でもなんか、息が荒いような。
抑えているみてぇだけど。
ひょっとして。

「おまえ、熱あんじゃねぇの?」

右手を移動して (ぎゅうぎゅうに混んでるからそれすら大変だ) 三橋の額に当てた。

「ひ、 あっ??」

三橋は妙な声を出した。 何だよ。 オレに触られんのそんなにイヤなのかよ。

「あ、阿部くん・・・・・・・?」

とまどったように言いながらきょろきょろと視線をさ迷わせた。
かと思ったらいきなりさーっと青くなった。
赤いのに青い、というキテレツな顔色になった。
それからまたオレを呼んだ。

「阿部くん・・・・・!!!」

その声はもう完全に涙声だった。

な、何だよその必死な声は!

わけがわからないオレが問いただそうと口を開けた瞬間
電車に急ブレーキがかかった。
どーっと人の圧力がかかってきてとっさに三橋の背に手を回して支えてやりながら
重圧に耐えていたら、 がくん! と停まった。
続けてプシュっという聞きなれた音とともにドアが開いた。

あー、次の駅に着いたのか。  乱暴な止まり方しやがって。

と思ってからオレらも乗り換えする駅だと気付いて、慌てて三橋の腕を掴んで急いで降りた。

ホームで人の流れをやり過ごしてから改めて三橋を見たら、まだ少し変な顔をしている。

「三橋、大丈夫か?」
「・・・うん・・・・・」

言いながら依然として涙目だ。 やっぱり変だ。

「どうしたんだ?」
「・・・・・え・・・・・・」
「おまえ、ちょっと変。」
「・・・・・・。」
「つーかさっきすごく変だった。」
「・・・・・・。」
「具合悪ぃのか?」

ふるふる、と顔が振られた。 その顔はさっきよりはマシになっている。
けどオレは気になってしまった。
顔色は戻ってきたけど何かどうしても腑に落ちない。

「なんだったんだよ。」
「べ・・・別に・・・・・・・」
「嘘つけ。」
「・・・・ほ・・・ホントになにも・・・・・・・・」
「オレ、なんかヤなこと言った?」
「え?!」

三橋はさっきの倍の勢いで顔を横に振った。

「そんなこと・・・・・ない、よ!」
「じゃあ何だよ。」
「だから・・・・・・なにも・・・・・」

オレは奥の手を出すことにした。
卑怯だとは思ったけど気になって仕方ねぇ。  絶対聞き出してやる!

「あっそ。 言わねぇんだ。」
「・・・・・・・・・。」
「オレって信用ねーんだな。」
「・・・・・・・・・。」
「こんなじゃ、バッテリーも無理、かな。」

三橋の顔色が見事に変わった。 かわいそうなくらい。
実際かわいそうになっちゃったけど、ここは我慢だ。 白状させるため。
黙って待っていたら三橋は意を決したように口を開いた。

「さ・・・さっきの電車・・・・・で」
「うん。」
「・・・・・・・・痴漢が・・・・・・・・・・」

はい?

「痴漢?!!」
「・・・・・・・。」

オレは瞬時に理解した。  同時に猛烈に腹が立った。   何にかっつーと、

その痴漢ヤロウに。 すぐに言わなかった三橋に。 そして。

その場でそうと気付かなかったマヌケな自分に。

「・・・・どこだよ??!!」
「へ・・・・・・・?」
「どこ、触られたんだよ!!!?」
「・・・・・・・。」
「言えよ!!!」
「う・・・・お・・・お尻・・・とか・・・・・・」
「なにぃ?!!!」
「・・・・・・・・。」
「ゆ・・・許せねぇ・・・・オレのモンに勝手に触りやがって・・・・・!!!」


オレは怒り心頭に達していたんでしばらく自分の発した言葉に気が付かなかった。
怒りのカタマリの処理にかかりきっていて三橋の表情の変化にもすぐには気付かなかった。
あれ?  と思ったときは三橋は目を丸くしてオレを凝視していた。


・・・・えーと・・・・・・・・・
・・・・オレ今なに言ったっけ・・・・・・・・・

・・・・・・・・『オレのモン』 (=三橋の尻)・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・ヤバ・・・・・・・・・・・・



さすがのニブちんのこいつでも変に思ったみたいだ。
ものすごく、何か言いたそうな顔してオレを見てる。 まずい。

聞くなよ三橋。 今聞かれるとオレきっと言っちまう。
怒りでアタマぐちゃぐちゃだし全然冷静じゃねぇし。
今聞かれたらもう絶対言っちまう。

「阿」
「大体さ!!!」

三橋が何か言い出したんで思い切りさえぎった。

「何でその場ですぐにオレに言わねんだよ!!」

そう、 これはぜひ怒っときたい!!! 
我慢してねーでオレに助けを求めてくれたっていいじゃんか水臭ぇ!!!
速攻で殴って・・・・・・・じゃない、 捕まえてやったのに!!!!

「・・・・・だって・・・・・」
「だって何だよ!?」
「・・・オレ・・・・・」

言ったきり三橋はまた黙り込んだ。  あーもうイライラする!!!

「バッテリー解消かなぁ」

わざとらしくつぶやいてやった。 早く言え!!

三橋はぎゅっと目を瞑った。

「・・・・かと思ったんだ・・・・」
「え? 何だって?」
「・・・・・最初は、阿部くんかと・・・思った、 から・・・・・・・・」
「は?」
「・・・・・・・・だから、 触ってるの・・・・・・・阿部くん、かと・・・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?


今度はオレが目を丸くする番だった。
アタマの中も真っ白になった。
しばらくしたら真っ白な中に2つのギモンが浮き出てきた。

1つは

「オレのことそんなヤツだと思ってたのか・・・・・?」  という疑問。 (怒りを通り越して脱力)

もう1つは。

「オレだったら、触られても良かったのか?」  (それも尻だぜ!?)


間違いに気付く前の三橋の表情を思い出した。

赤いうっとりした顔して目を潤ませて息を荒くして・・・・・・・・・


触ってんのがオレだったら。









オレはバカみたいに2つのことだけぐるぐるアタマん中で巡らせながら
三橋のことをじっと見ていた。

気が付けば三橋も、オレのことをいつもよりでかい目でじぃっと見ていた。


2人して言葉もなく見つめ合いながら、
今いるところが駅のホームで春先にしては気温が低くて
寒風なんかも吹きすさんでて相当寒いハズなんだけど、
何でか全然全く寒く感じねぇな・・・・・・・・とかどうでもいいようなことをぼんやり考えた。


それから。


その痴漢ヤロウにちょっとだけ、   本当にほんの少しだけだけど

感謝みたいな気持ちを抱いた。












                                                  発露 了

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