初恋の人





「オレは幼稚園かなぁ」
「はえーな水谷は」
「そうかな普通だろ?」
「桃組のセンセイってか?」
「違うよ。隣の席のまりちゃん」
「ははは」

昼休みの屋上にて今日も元気な野球部面々が5人。
珍しく田島がいなくて (弁当を忘れてお金も忘れて家に食べに戻った)
いつもより少し静かである。

「阿部は?」

泉が話題の矛先を阿部に向けた。

「は?」
「だーかーら、阿部の初恋は?」
「・・・・・・・・。」
「阿部は早そうだよなー」
「入園前とか」
「ありえる。」
「おまえらな・・・・・・」
「マジでいつ?」

阿部は少ーし、笑った。 そして言った。

「高1」

三橋が目を丸くした。
花井はあさってのほうを向いた。
その他2人は色めきたった。

「えぇ?」
「マジ?」
「今じゃん?!!」
「誰?」

はは、 と阿部は今度は声を出して笑った。

「教えろよ」
「あ、まさか」

ふと、泉が顔を曇らせた。 水谷も 「あ」 という顔をした。

「ちょっと前の彼女・・・・・・・?」
「ちげーよ。」
「え、違うの。 付き合ってたクセに」
「・・・・別に好きだったわけじゃ・・・・・・・」

2人ともそれでとりあえずホっとして軽口が出る。

「ひっでぇヤツだなー阿部ぇ!」
「中学の時は? だれーとも付き合わなかったの?」
「・・・・・や、少しは・・・・・・・」
「好きじゃなかったってこと?」
「今、思えば。」
「はー・・・・・・・・」

泉と水谷はびっくりしたように阿部を見た。
花井と三橋が今度はそろって俯いた。

「好きってさ。」

阿部がつぶやいた。

「ホント、大変だよなぁ・・・・・・・」

一同(三橋以外)ぽかんとして阿部を見つめた。

「こんなにいろいろと大変だなんて知らなかった。」
「「「「・・・・・・・・・・・。」」」」
「これに比べれば、今までのなんか・・・・・・」
「「「「・・・・・・・・・・。」」」」
「あ、そんなにねぇけどさ。」
「「「「・・・・・・・・・・。」」」」
「全部恋じゃなかったんだよなぁ・・・・・・・・」

阿部が遠い目をしている。  と一同思った。
泉が気を取り直して言った。

「今好きな子ってそんなに好きなんだ・・・・・?」
「好き。」

(((うわぁ・・・・・・・・・・・)))

一同おののいた。 それぞれの立場でびっくりした。
阿部はまだどこか放心したような遠い目をしている。

「好きでどうしようもない・・・・・・・・・・」
「も、もうわかったから! 阿部!!」

花井が叫んだ。 そして話題を変えようとした。

「きょ、今日の練習さ」
「どんな子?」

あっさりと、花井の苦労を踏みにじって泉が質問した。

「かわいい子。」
「かわいいんだぁ・・・・・・・」
「色白で」
「いいねーそれ」
「目もでかくて」
「性格は?」
「難しい。」
「ふぅん・・・・・」
「でも、強いよ」
「「「へえぇ」」」

水谷と泉に花井まで加わってハモってしまった。

そして阿部はまたぼーっとした顔になって聞かれてもいないのにつぶやいた。

「もう好きで好きで」
「「「「・・・・・・・・・・・。」」」」
「気が狂いそう・・・・・・・」
「あ、阿部・・・・・・」

水谷がちょっと感心したような声を出した。

「誰?」
「あ、オレも聞きたい。 この学校?」

にっこりと阿部が笑った。

「内緒。」
「えーいいじゃん教えろよ〜」
「協力してやるぜ?」
「秘密。」
「ケチだなぁ。」

阿部は黙ってまた少し笑った。

「あ、三橋は知ってんじゃねぇ?」
「そうだよ! 三橋知ってる?!」

目を輝かせて顔を三橋のほうに向けた水谷と泉はでも、三橋の様子に気がついて驚いて言葉を止めた。

三橋は俯いたままひっそりと泣いていた。
本人隠しているようだけど震える肩とか濡れた手の甲とか見れば、わかってしまう。

「ど、どうしたんだよ三橋・・・・・」

水谷が言い終わらないうちに
すーっと阿部の腕が伸びて、三橋の頬にまだ残っている涙を素早く拭ってしまった。

「泣くなよ三橋」
「・・・・・う・・・・・」
「バカだなおまえは」
「・・・・・だっ・・・て・・・・・」


その瞬間、


花井は真っ赤になった。
水谷は2人の周囲に結界(?)みたいなものが見えた気がして目をごしごしとこすった。
泉は (三橋って阿部のこと好きなのかな・・・・・?) と思った。

そして3人に共通していたのは何だかよくわからないけど(花井だけはわかっていたが)、
何となくいたたまれないような気分になった、ということだった。


阿部は三橋を見ながら静かに笑っている。
笑顔ではないのに、なぜか笑っているように見える。
(そうか目が笑ってるんだ、と泉は気が付いた)
三橋はとりあえず泣きやんだらしいものの俯いて黙り込んでいる。
花井は妙に赤い顔をして天を睨んでいる。
泉と水谷は三橋に聞こうとしたことも忘れて、もぞもぞと意味もなく身じろぎした。


奇妙な沈黙が落ちた。


静かになったその場に昼休み終了の予鈴が鳴り響いたとき、
約2名はまたわけもわからずに何となくホっとして、
事情を知っている1名は 「た、助かった・・・・・」 と
泣かんばかりの心境で思ったのは言うまでもない。










                                                 初恋の人  了

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                                             ご馳走さまとしか言いようが。