ハタメイワクな男





その時田島がふと 「柔らかそうだなー」 と思ってしまったのには別に
下心とかやましい気持ちとか本当に全く、皆無だった。
自分たち以外に誰もいない教室じゃなかったら、そう思っても軽く流して終わり、だったろう。


その日は三橋が日直で、組んでいた女子は何だかどうしても外せない用事があるとかで、
授業終了後に 「三橋くん!ごめんね!お願いね!」 とか何とか弾丸のようにまくしたてて
三橋がぼーっとしているうちにさっさと帰ってしまった。
もっともお人よしの三橋のことだからぼーっとしてなくても
「オレ、やっとくよ。」 くらいは言いそうである。

その後泉と田島にも 「先行ってて・・・・」 と気弱な笑みを浮かべながら言い、
三橋は1人残って日誌を書いている。
いや結果的には2人、なのだが。

いつもなら 「そっか? じゃ先行くな!」 と言いそうな田島だったが、
その日は何となく三橋が気の毒になって 「オレ手伝ってやるよ」 と言って残ってやっている。
といっても田島だからあまり手伝いになってない、  というか全然なってない。
「適当でいいんだよそんなん。」 などと言いながら見てるだけである。
(それでも三橋は嬉しいわけであるが)

その田島が、悪戦苦闘している三橋をぼんやり眺めながら、先刻の思考に至ったわけである。
何が柔らかそうか、というと。

三橋の唇   である。

さらに田島は考えた。

(女の子のよりやらかそうだなー。 それに赤いよなー。)

思ったことがそのまま顔にも口にも出てしまう正直な (考えなしとも言う) 田島は早速言った。

「三橋、おまえの唇ってやらかそうだな!」
「・・・うぇ?!?」

三橋はぱたりとシャーペンを取り落としてみるみる赤くなった。
そのワケはもちろん唐突にそんなことを言われた驚きもあるけど、
それよりつい最近阿部に 「おまえの唇ってホントやーらかくて気持ちイイ・・・」 と言われたことを
思い出しての結果だった。
が、田島はもちろんそんなこと知るわけがない。
なので続いてあくまでも屈託なく好奇心満々で聞いた。

「なぁ、三橋ってさ、キスしたことあんの?」

三橋は激しくうろたえた。
あるかと言われれば、ある。 ゲンミツに言えば「した」というより「された」という感じだけど。
それを含めていいんであれば「ある」どころの話じゃない。
三橋が阿部と友人以上の仲になったのはそんなに前の話じゃないけど、
お互いの気持ちを確認できてからというものの、阿部は隙あらば三橋の唇に触れてくる。
今まで誰にも見られてないのが奇跡ってくらい頻々と。

なのでますます赤くなっておろおろと視線を彷徨わせた。
そんな三橋の様子に、でも田島は別の解釈をした。

「やっぱまだ? おまえって下手すっとそのへんの女よりかわいーもんな!」
「・・・・・・・・・。」

それから。 いきなり田島バクダンが炸裂した。 田島にとっては軽い冗談だったが。

「ねえ、ちょびっとしていい?」
「・・・・・へ・・・・・・・?」
「ちょびっとだからさ。」
「・・・・なに・・・を・・・・・」
「だからさ、チュー。」
「!!!」

三橋はびっくりして、それからもちろん 「ダメ」 と言おうとした。
ヤだったから。 というのもあるし、何より阿部に悪い、という気持ちがまずあった。
なのに「ダ」と口を開きかけたところでチュっという音とともに田島の唇が降ってきていた。 速攻である。
気がついたときはもう離れた後で、三橋は唖然とした。

そこで終わっとけば何てことない冗談で済んだかもしれない。 が。
田島は感動した。 してしまった。

「・・・・すっげーー!! すっげやらかい! ねね、もっかいしていい?? もっかいだけ!」

三橋があっけにとられて絶句している間にまたされてしまっていた。 またもや速攻。 しかも。

今度はすぐには離れなかった。








○○○○○○

その少し前。

グラウンドで、阿部は 「遅い!」 と叫んでいた。
泉から聞いて事情はわかっている。 けど、たかが日直日誌を書くだけにしては遅すぎる。
まぁあの2人ならさもありなん、という気もするが。
そうは思いつつ、本来短気な阿部はイライラした。

なので、花井に 「オレちょっと見てくる。」 と言い置いて、教室のほうに向かって歩き出した。







○○○○○○

三橋の唇の表面を自分のそれでむにょむにょと探りながら田島は引き続き感動していた。

(へ〜〜。 男の口でこんなに気持ちいんなら女の子はもっとかなぁ。
それともこいつが特別なのかなぁ。 へえぇ。 やっらけぇ・・・・・・・)

しかし田島とてそんなに長々としつこくやっていたわけではない。
多分時間にして数秒だったけど。
その僅かな時間が終わる前に、田島は自分が強く後ろに引っ張られるのを感じた。

アレ? と思ったときはもう体は後ろに移動していて次の瞬間
顔に強い衝撃を感じて 次に我に返ったのは、
自分の体が一瞬宙に浮いてその辺の机にぶつかった後だった。

(?????????)

刹那疑問符でアタマがいっぱいになった。
何が起こったのかよくわからない。
でも目の前にはなぜか、ついさっきまではいなかった阿部がいて、
しかもすんごい形相で (鬼かと思った) 自分を睨み付けている。
つまり。
阿部に首根っこ引っつかまれて引き離されて、おまけに殴られて少しだけど吹っ飛んだ、
ということに気がついた瞬間、 なぜ とか どうして とかより先に猛烈な怒りが湧いた。
一方的に殴られて。

(・・・・・・黙ってられるかってんだ)

田島は起き上がりざま阿部の腹に一発入れた。
それは見事なくらい素早かったので阿部は不意を突かれてよけきれず、
まともに食らってよろけながらも これまた素早く今度は阿部の蹴りが田島の太ももに命中して
田島はまたもや後ろにぶっ倒れた。   机が倒れて派手な音が響き渡った。

「・・・・・・・のやろう・・・・・」

田島は低くつぶやいた。








○○○○○○○

(あっと、やべ。 教室に忘れてきた・・・・・・・)

花井はふと気がついた。
持って帰らないとまずい課題の道具を置いてきてしまった。
練習後に取りに戻ってもいいけど、それもダルい。
この休憩時間を利用してさっさと取ってきてしまおう。
それに、なかなか来ない田島と三橋にしびれを切らして迎えに行った阿部が
一向に戻ってこないのも気になるので、ついでにその様子も見てこよう と思いながら、
花井は足早に自分の教室に向かった。

7組の教室で用事を済ませ、廊下に出たところで変な音に気がついた。
音はこれから向かおうとしている9組の教室あたりから聞こえる。
結構派手な音である。 机と机がぶつかるような耳障りな音。

花井はイヤな予感がした。

9組までの僅かな距離を走り、中を覗き込み、それから仰天して花井は数秒立ち尽くした。
中では捕手と4番が大乱闘の真っ最中。 傍では三橋が涙目で何やら言っているが
2人の耳には何も聞こえてないようだ。
しかし素早く我に返った花井はこれでもかってくらいの大音量で怒鳴った。

「おまえら、なにやってんだよ!!!!」

でも びくっとして固まったのは三橋1人で、相変わらずその他2人は喧嘩で大忙し、である。
もう力ずくしかねえ! と的確に判断した花井は
2人の間に無理矢理割り込もうとしたけどやっぱりそれはやめて (とばっちりを食いそうだったから)
小柄なほうの田島を後ろから羽交い絞めにした。

「や め ろ っ て !! 2人とも!」

花井に掴まれてもがいている田島を見て、流石に阿部はそこで動きを止めた。
一気に静かになった教室に2人の荒い息遣いだけが響く。
2人してアザだらけの傷だらけである。
三橋は真っ青になって涙をこらえている。 (けど少しこぼれてしまっている)

しばらくそのまま睨み合っていたけど、ようやく少し落ち着いた頃を見計らって
花井は手を緩めた。

「くそっ・・・・・・」

田島が悪態をつきながらその場にいかにも疲れたという様子で座り込んだ。
阿部は憮然として黙りこんだままあさっての方向を睨んでいる。
そんな2人を忙しなく見比べながら花井は呆れて、先刻と同じことを今度はつぶやいた。

「・・・・・なにやってんだよおまえら・・・・・・・」

沈黙が落ちた。   誰も何も言わない。

「何だって喧嘩になったんだ。」

田島が口を開いた。

「オレだって聞きてーよ。 阿部がいきなり殴ってきて」
「おまえが殴られるようなことすっからだろ!!!」

花井は早くもぐったりした気分になったが、主将としては放っておけない事態である。

「・・・・・・一体なにしたんだ田島・・・・・・・」
「オレが三橋にキ」
「何でもねーよ!!!!」

田島がみなまで言わないうちに阿部がいきなりさえぎった。 おそろしい剣幕である。
中断された田島も敢えて続きを言おうとしない。
(流石の田島も多少は後ろめたいような気がしたからである。)
阿部がそう言う以上三橋に聞いても無駄だろうというのは容易に想像がついたので、
花井は諦めて深々とため息をついた。

「・・・・何だかわかんねぇけどさ、
おまえら捕手と4番でそろって怪我でもしたらどーすんだよ・・・・・・」

花井の言葉は至極尤もなので2人とも反論できない。

「とりあえず後で話し合いでも何でもやるってことで今はやめろよ。 
 もう練習始まってんだぜ。」

憮然とした面持ちではあったが阿部と田島もそこでしぶしぶ頷き、
とりあえずその場はかろうじて収まったのだった。







○○○○○○

その日の部活終了後、早速阿部は田島に言った。

「田島、このあと話あんだけど。」
「・・・・・わかったよ。」

田島も当然予想していたので応じるが、その時点で部室の空気の温度は氷点下まで下がった。

阿部と田島と三橋が遅れてきてしかも、うち2人がアザだらけだった時点で
皆内心ビビりまくっていたのだ。
何があったのか知りたい気持ちもあるけど、
それより触らぬ神に祟りなし、という逃げの気持ちのほうが強いのは
この2人が部内でもいろいろな意味で最もやっかいな人間だからかもしれない。
なので、みーんな素早く帰り支度を終えると 「じゃ、お先。」 とか 「お疲れっした!」 とか
口々に挨拶してさっさと出て行ってしまった。
最後まで心配そうに残っていた花井と三橋も、阿部に
「おまえらも心配要らねえから帰れよ。」 と言われるなりそそくさと退散を決め込んだ。



「さてと。」

誰もいなくなるやいなや阿部が口を切った。
田島は今はもう阿部がなぜあんなにも怒ったのか、ということへの好奇心のほうが勝っていて
むしろきらきらした目で阿部を見返した。

「田島さ、三橋にキスとかすんな。」
「あんなの冗談だよ〜。」
「冗談でもダメだ!!!」

その声には明らかに真剣な怒気が含まれている。
なので田島は少しむっとして、からかいの気持ちを込めて深く考えずに言い返した。

「・・・・何で? 三橋って阿部のもん、なのかよ。」
「そうだよ!!!」

予想外の返事にさすがの田島も驚いた。
口がぱかっと開いてしばらく言葉が出てこない。

「三橋はオレんだ。」
「・・・・・・・・・。」
「でもあいつはおまえに懐いているし、触ったりすんのはまぁいいけど 
 それ以上のことは絶対ダメだ!!」
「・・・・・・・えーと。 あのさ。」
「何だよ。」
「おまえらって、付き合ってんの・・・・・・・?」
「・・・・そうだよ!」
「・・・・・・・はー・・・・・・・」

田島は少し慌てた。 それは確かに阿部が怒るのも無理はない、かも。 と思ったからだ。
なので素直に謝った。

「ごめん・・・・・・・オレ知らなかったんだもん。」
「・・・・わかればいいよもう」
「・・・・それにしても・・・・・へえぇ・・・・・いつのまに・・・・」
「おまえさ、」

阿部の顔がいきなり険しくなった。

「へ?」
「まさかと思うけど、三橋のこと・・・・・・」
「え?・・・・あ。ないない! 別に変な気はねえ!!」
「・・・・・・・・・。」
「ホントにねえって! ただちょっとやらかそうだなーって思って。 冗談だったんだ。」
「・・・・冗談で男にキスなんかすんなよ・・・・・」
「や、ホント悪かった。 もうしねぇから、な!」

阿部は内心ではまだ納得してない、
というかはっきり言えばむかむかしていたけど、それで収めるしかなく (何しろ田島だから)、
2人の話し合い(?)はどうやら無事に終了したのだった。







○○○○○○

そんなことがあった数日後、田島は昼休みに無人の(はずの)部室に向かった。
5時限目の教科書が部室に置きっぱなしだったからだ。
が、入り口の手前で話し声に気がついて立ち止まった。
(誰かいる・・・・・・・?)

そーっと中を覗いたら阿部と三橋だった。 何やら揉めている様子だ。
先日の件を思い出し、またむくむくと好奇心が真夏の入道雲のごとく湧き上がる。
田島はこっそりと聞き耳を立てた。

「・・・・・だって・・・・・・・」
「だから、おまえちょっと隙だらけなんだってば!」
「・・・・そんなこと・・・言われても・・・・・・」
「・・・・・・・・・。」
「・・・どうすれば・・・・・・」
「せめてすぐに突き飛ばすとかさ。」
「・・・・びっくりして・・・・・・」
「おまえが悪いわけじゃねえのはわかってっけど! オレの気持ちもちったー考えろよ!」
「・・・・ごめ・・・・・なさ・・・・」
「・・・・・・・・・。」

田島は内心焦った。 これはもしかして。 もしかしなくても。
(オレが原因で喧嘩に・・・・・・・・・・・・)
さらに阿部の地を這うような低ーーい声が聞こえた。

「気持ち良かった?」
「・・・・・・へ?」
「田島にされて。」
「!!・・ま・・・まさか・・・・・・そんな・・・こと・・・・・・」

三橋の今にも泣きそうな弱々しい声がして、それきり静かになってしまった。
田島はさらに焦った。 三橋に悪いことしちゃったな、 という罪悪感でいっぱいになった。
オレ、三橋の釈明してやったほうがいいかな  と考えながら そっと中を窺うと。

阿部と三橋はつい今しがたまでの険悪な雰囲気が嘘のように仲良くしていた。

正確に言うとキス、 していた。
思わずまじまじと凝視してしまった。

「・・・・ん・・・・・・・」
三橋がやけに色っぽい声を出した。

(ふぅ〜〜ん・・・・・)

それから気づかれないようにこっそりとその場を離れた。 
教科書はもう花井に借りようと諦めて。

(なーんだ。オレのしたのなんてキスのうちに入んないじゃん・・・・・・・)

でも、もちろん阿部が怒ったのは田島にもわかる。
誰だって恋人が他のヤツにキスされたらいい気はしないだろう。
もう三橋にする気はない。 また殴られるのはごめんだ。 しかし。

(オレもあーいうのしてみてーな・・・・・・・
けど彼女にしたいコも今いねーからな・・・・・・・
誰か・・・・・しても寛大に笑って許してくれそうなヤツ・・・・・・・・)

ポン と坊主頭が浮かんだ。    花井危うし。


田島は全然懲りてなかった。

そして三橋に降りかかった災難がまさか自分に飛んでくるかもしれないなんて
(しかもグレードアップして)、 その時点ではもちろん花井は知るよしもなかった。




合掌。













                                                    ハタメイワクな男 了

                                                     SSTOPへ









                                                 田島ファンの方ごめんなさい