反転





手を、繋ぎたい、なんて。

小学生じゃあるまいし。

それに手くらい試合前に握ることはあるし。

でもあれはな、あいつの緊張の度合いをチェックするためで
色っぽい要素はゼロなワケで。
そういう意味ではむしろ、練習中に何気なく肩とか背中とかに触るほうが
オレとしてはよっぽど下心満載なワケで。
でももちろんそんなことあいつは気付いてない。
そんな、気付かれるようなロコツな触り方してねぇし。 できねぇし。
でも実は適当に理由つけたりつけなかったりいろいろだけど結構触っている。

なのに今さら、手を 繋ぎたい、なんて。
(以前やってた瞑想が、今もあれば良かったのに。)

・・・・オレ自分で自分がわかんねぇ・・・・・・・
オトメかオレ。
でも理由なんてねぇのかも。 ただ末期だってだけかも。

そんでもってそんだけのことが意外と難しい。
肩とかに触るより手を繋ぐのって不自然じゃねぇ?
・・・あー・・・・・・だから、なのかな・・・・・・・。

しかもあいつに変だなと気付かれねぇように、ってなるとほとんど不可能に近く。


「阿部くん・・・・・・・?」
「うわぁ!!!」
「!!ご・・・・・ごめ・・・・・・」
「あ・・・・三橋・・・・・・」

あぁ・・・・びっくりした。
今ちょうど三橋のこと考えていたから、 あーびっくりした。

「あの・・・もうみんな終わった・・・・よ・・・・・」

三橋の言葉に我に返って見回すと確かにグラウンドにはもう誰もいなかった。
オレは真ん中に突っ立ってトンボ抱えてぼーっとしてた、わけだ。

「あ・・・・・そうだな。」

三橋はそんなオレを訝しく思って声をかけてくれたんだろう。
そんな些細なことにさえ嬉しくなってしまうほどにはオレは三橋に惚れている、んだよなうん。

あれ? こいつさっきごめんて言ったな。
オレが驚いたから? だろうな多分。
・・・・ホント何でもすぐに謝るクセは相変わらずというか・・・・・・
一度身についちゃったことはそう簡単には直んねぇのかな。
こいつのこういうとこ、イライラすることも多いんだけど・・・・
何でイラつくかってーと痛々しいからだ、てことももうわかってる。
もっと堂々としてろよ! とか思う。
けど堂々としている三橋ってのもなんかあんまり想像できねぇな・・・・・・
マウンドでできればいいか、とか(実際マウンドに立つとちょっと別人になるしな)
思ったりもする。


そんなことをまたぼんやり考えながら連れ立って部室に戻ると大半は帰ってしまっていた。
オレが着替え終える頃にはオレと三橋の2人だけ。

三橋は・・・もしかして待っててくれたのかな・・・・・・・

なんてオレはまた嬉しくなったけど、そういえば今日の鍵当番はこいつだったと思い出して
ぬか喜びの気分になったりして。

でもまぁいいや。2人で帰れるじゃん!!





三橋が鍵を閉めてる、その手をオレはじーっと見た。

オレより少し小さな手。
努力を物語る、タコだらけの手。
そして誰よりも正確なコントロールを紡ぎだす奇跡のような手。 大事な手。
今ここでオレが手を伸ばしてその右手を握りしめたらこいつ、どうすっかな・・・・・・。
赤くなる、かな・・・・・・。
オレの気持ちに気付いてくれるかな・・・・・・・

「阿部くん・・・・・・・?」

おっとまたアヤしい人になっちまった。

「あ、ぼんやりしてた。わり。」

とごまかしながらオレは そんなことしても気付くわけない、と思った。
何しろこいつは天然くんでおまけにニブい。
うっかりするとキスしても気付かねぇかもしんねぇ。
「何でしたの?」 とか言ったりしそうだな。

そう考えたら可笑しくなって「はははは」 とか笑ってしまった。
隣で三橋がびくっとした。

「阿部くん・・・・・・・?」

あーまた危ない人になってるよオレ。
てかおまえさっきから「アベクン」しか言ってないじゃん。
ハテナマークいっぱい飛ばしちゃってさ。 オレが飛ばさせてんだけど。

「何でもねぇよ。」

言ったらまた三橋は盛大にハテナマークを飛ばした。
この顔にも慣れた。
野球以外の場面ではうっかり かわいい、とか思っちまう表情のひとつだぜまったくよ!


2人で並んで歩きつつ適当に話なんかもしながら(主にオレが話すけど
オレだってべらべらしゃべるほうじゃねぇから弾んだ会話、とは言い難い。)
オレはまた三橋の右手をちらちら見ていた。

今何気なく繋いだら、変かな・・・・・・・・
・・・・・変、だよな・・・・・・・。どう考えても。
手を繋いで歩く男子高校生2人・・・・・・・・怪しい。 怪しすぎる。
いやむしろ変なほうが気付いてもらえるか。
ちょっと待て。・・・・・・・その前に気付いてほしいのかオレ?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
というか、意識してほしい・・・ような。
そう、その程度でいいんだ。 ひかれない程度に「あれ?」くらい思ってほしい。
・・・・・そんな簡単にいくわけねぇか。
少女漫画じゃあるまいし(読んだことねぇけど)。
あれ?て思った瞬間にはひかれちまう、だろうな・・・・・・。
現実なんてそんなもんだ。 わかってる。

ま、そんなことあれこれ思う必要もないくらいこいつニブいから
何も考えずにいきなり握っても大丈夫なんじゃ、という気も。


「・・・あ・・・・」

またもや自分の思考にどっぷり浸かっていたオレは三橋の小さな声で我に返った。
(今日はこんなんばっかだぜ。)

三橋の「あ」 は全然大したことなかった。
前方の信号が点滅を始めてしまったというただそれだけの。

「あ」

今度はオレが声を出してた。
これだ!! 不自然じゃなく手を繋ぐ口実。
絶対三橋は気付かねぇ。 いささかナサケナイけどそれでもいい。

瞬時に判断したオレは三橋の右手をぐっと掴んだ。

「阿部くん?!」
「渡っちゃおうぜ!」

言うなり走り出した。 手を、繋いだまま。

横断歩道を走り抜けながらオレは全神経を手に集中した。
だからと言って何がどうなるもんでもないけど、
後でちゃんと思い出せるように。

渡り終えてからも、もうちょっと・・・・・とか思ってそのまま掴んでいた。 もうちょっと、だけ。
それから何気なく離そう。

そして  唐突に思った。



それでオレのこの想いもオワリに、しよう。   と。



オレはそこでいきなり自分の本音を悟った。本当にいきなり。


あぁ・・・・・そうかオレ・・・・・・。

もうやめにしたいんだ。
だってすげぇ苦しいんだ。 いっぱいいっぱいで、これ以上はもう無理なんだ。
何で今わかっちゃったのかな。
自分のことなのにオレ、バカみたいだな。
本当は諦めたくなかった。
でももうダメなんだ。 楽しいとか嬉しいとかより切ないとか苦しいのが大きくてもう限界なんだ。
こんな邪魔な想いは捨ててしまいたいんだ。
だから何かきっかけが欲しかったんだ。

手、 は三橋の手は、 オレにとって特別だから。
諦める前に特別な意味で触れたかったんだ・・・・・・・。きっと。



今度触るときは。
もう純粋に相棒としてだけの意味で触るから・・・・・・・・・



切ない気分でそう思いながら離す前に未練たらしく三橋の顔をちらりと見た。

途端にオレは固まった。だって。

三橋の様子が。

オレのいろいろな想像をはるかに超えまくっていたからだ。

三橋は赤い顔して(それだけならあり得るかな、くらいは思ってた)
その赤さが尋常じゃねぇ。
もう耳とか首まで真っ赤。
おまけに目が。 涙で潤んでいて(ナゼ?)
しかもその細い体が・・・・・・・・小さく震えている。

オレは固まったまま手を離せない。

その顔は何だよ。
おまえの妙な表情はオレもいい加減いろいろ様々見慣れているけどそれはちょっと。
見たことねぇってか、いやまずその雰囲気が。
おかしくねぇか三橋。
これくらいのことで何でそんなになっちまうんだ?!
もしかしておまえ気付いたのか?鈍感なクセに。 たったこんだけのことで?
オレそんなに変態な握り方してる?
・・・・そんなワケねぇよな。 とっさだったし不自然じゃなかったはずだもん。
だとするとその様子は何だよ。
そんな、ゆでダコみたいな顔して目ぇうるうるさせて。
それじゃまるで。





まるで。






呆然としているオレの耳に三橋の、やっと、という感じの声が聞こえた。

「・・・・は・・・・・・離して・・・・・・・・」

その声まで震えていて。

だからその声は何だよ三橋!!
そんな顔で、そんな声で、言われると却って絶対離せねぇじゃんかよ!!!!
オレつい今さっき、ほんの一瞬前におまえのことすっぱり諦めようと思って。
思ってんのに。
どうしてそんな顔すんだ。
どうしてそんな声出すんだ。
そんな顔と声されたんじゃオレ。





「阿部・・・・くん」

三橋がオレを呼んだ、

その瞬間。











世界が  反転した。















諦めるの、       やめた。






オレは、この手を






離さねぇ。  






いいだろ?    三橋。
















                                                         反転 了

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