花井くんの指摘





阿部は三橋の母親への挨拶もそこそこに家を辞した。
もうどうでもいいという投げやりな気分だった。

やはり好きなのは自分だけなのか。
三橋にとっては本当は友達の 「好き」 でしかないのに
はっきりそう言うと球を受けてくれなくなるんじゃないかと思って、
それが怖くて言えないだけなんじゃないのか。

「・・・・くそっ・・・・・・」

そうだったらとんだピエロだ。
今日のことだってあんなに楽しみにして、映画の次はどこに行こうかなどと
あれこれ考えていた自分はまるっきりのバカである。
本人の意思を無視してまで付き合ってもむなしいだけだ。
三橋にその気がないのなら、こんな関係は終わりにしなくちゃならない。

どんなにつらくても。

むしゃくしゃすると同時に、果てしなく落ち込みそうになる自分を感じて、
阿部はまっすぐ帰る気にもなれずに
目についた本屋にふらりと立ち寄った。
と、そこで思いがけなく見慣れた姿が目に入った。

「花井・・・・・・・」

何やら立ち読みしていた (参考書みたいだ) 花井は振り向くと、驚いた顔をした。

「よう」
「ヒマそうだな。」
「お互い様だろ。」

阿部はその時相当弱っていた。
なので、普通なら滅多にしないことをふとする気になった。
つまり愚痴を聞いてほしくなったのである。
どうせ花井にはバレているのだ。  1人で悶々と悩むのもいい加減飽きた。

「花井さ、ちょっと時間ねぇ?」
「あるけど・・・・・・・・」
「奢るから付き合えよ」
「・・・・・・・・・。」

花井はその時点で少しイヤな予感がしたけど、
阿部のどうにも冴えない表情は友人として気になったし、
阿部に振り回されるのはもういい加減慣れていたので
(そんなことに慣れたくなかったとは思いつつ) まあいいかと頷いた。







○○○○○○

「三橋と喧嘩したんだ。」

開口一番これだ。 前置きなし。
あーやっぱり  とポテトの大盛りをばくばく食いながら、花井はこっそりため息をついた。

「おまえが一方的に怒ってんじゃねぇの。」

ぐっと、阿部は詰まった。  確かにそのとおりだからだ。

(でも先にひでぇことしたのはあいつだぜ!) と内心でつぶやく。
黙っていると花井が言った。

「どうせ痴話喧嘩だろ。」
「もうダメかも。」
「・・・・・・・・・・。」
「てか最初からダメだったのかも。」

口調は軽いけど、阿部の顔にはまるで覇気がない。 悲愴と言ってもいいくらいだ

「・・・・・何があったんだよ。」
「映画に誘われてさ」

へえ、 と花井は内心驚いた。 三橋が映画。
(似合わない・・・・・・。)

と同時に (何だよ結局ノロケかよ) と目つきが剣呑になる。
そんな花井に頓着なく阿部は淡々と続けた。

「行ったら三橋の席に女の子がきた。」
「!!!」
「あいつ取り持ってくれようとしたんだ。」
「・・・・はー・・・・・・・」
「どう思う?」
「・・・・・・それは・・・・・・・」

さすがに変だなと花井も思った。
(それはあんまりなんじゃ・・・・・・)
普通に考えたら 「お別れしましょう」 という意思表示、とも受け取れる。

(でも三橋だしな・・・・・・。)

三橋の思考回路は常人には計り難いところがある。
それに釈然としない。
普段の三橋を客観的に見ていれば、阿部になつきまくっているのは一目瞭然である。
1学期の頃はぎこちなかったけど、その時ですら阿部の言うことには無条件に従う
三橋の姿を何度も見た。    
となれば。

「断りきれなかったんじゃねぇの?」
「オレもそう思ったんだけど。」
「・・・・・・・・・・・。」
「でも聞いても黙ってるし、もうわかんねぇ・・・・・・・・」

見るからに憔悴した表情の阿部を見ながら、花井はやっぱり釈然としない。
けど次に阿部はぼそっとつぶやいた。

「野球ではオレってあいつの相棒じゃん?」

察しのいい花井は、それだけで阿部の言わんとするところをすぐに理解した。 うーんと唸る。
そうかもしれないな三橋だし  と一瞬思って、でもそれをそのまま
阿部に言うわけにもいかない。 そんな身もふたもない。
なので話を引き伸ばすことにした。

「えーと、おまえらってさ。」
「うん。」
「今はちゃんと付き合ってるんだよな?」
「と、オレは思ってた。」
「好きって伝えたんだよな?」
「・・・・・のはず。」
「はず?」
「好きじゃなきゃ普通しねぇだろ。」

何を、  と思ったけど追求するのはやめた。
それより今何かすごく引っかかる言い方をこいつはしなかったか。

(・・・・・・・・まさかこのタレ目男)
「言ってねえの・・・・・???」
「・・・・・・・・。」
「じゃあどうしてそういうことになったんだよ。 付き合ってくれとか言ったわけ?」
「・・・・・言ってない。」
(こ、こいつ・・・・・・・・)

花井は呆れた。
それでは、三橋はわかってないんじゃないのか。
何しろあの三橋だから。 と瞬時に正しく判断した。
が、そう言ってやる代わりに、次に浮かんだことをそのまま口に出した。

「おまえって三橋の性格よくわかってないんじゃ・・・・・・」
「そんなこと・・・・・・」

ない、 と言おうとして阿部は詰まった。
今の会話から唐突に思い当たったのだ。

(そういえばオレって、オレのほうだってはっきり言ってない・・・・・ような・・・・・)
(・・・いやだからそれは行動で示しているつもりで・・・・・・・)

普通わかるだろいくら何でも、 と思うそばから (あの三橋だぞ) と頭の隅のほうで声がする。
自分に自信がなくて、人の悪意に敏感で
人の好意にはまるで慣れてない、あの。

すっかり黙り込んでしまった阿部を見ながら、花井がぼそりと一言、言った。

「おまえって実はバカだろ・・・・・・・・。」

阿部は憮然としたけど反論できなかった。
今まさに自分でそう思ったからである。

「あのさ阿部。」
「何だよ。」
「明日の朝練の前にカタつけろよな。」
「・・・・・・・そうする。」

阿部は内心大いに面白くなかったけど、花井の指摘のおかげで
自分が大事な手順を一個きれいに素っ飛ばしていたことに、ようやく気がついた。


まずはそこからだ。
その上で三橋にはちゃんと本音を言ってもらおう。
その気がないならないで構わない、
三橋の相棒をやめる気はないと、怒らずに普通の顔で言ってやらなきゃな。


阿部はそう考えながら、柄にもなく花井に少し感謝したのだった。


 







                                               花井くんの指摘 了

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                                              花井くんの頭に後光が差して見えます。