花井くんの懸念
三橋が不調になった。 と言っても誰が見てもはっきりわかるほどの変化ではない。 練習はきちんとやっている。 投球の質も大して落ちてない。 (上がってもいないが) 問題はボールを持っていないとき、である。 ぼんやりしていることが増えた。 表情が以前より乏しくなって、ぼーっとして心ここにあらずということが頻々とある。 元々ちょっと変ったところの多い三橋なので あからさまに変だとわからない程度の変化ではあったけど、わかる人間にはわかってしまう。 花井もその1人だった。 花井は早い段階から阿部の気持ちに気付いてげっそりしながらも、 無意識に2人の様子を見守っていたところがある。 時には心配したり不審に思ったりしながらも 阿部に問うこともなく黙って見てきた花井であるが、 三橋の様子がおかしくなるに至って、これ以上沈黙を守ることに耐えられなくなってきた。 三橋の不調が阿部と無関係とは思えないからだ。 このまま放っておくとさらにまずい方向に向かう気がする。 個人のことだからと思っていたけど、バッテリーとして不安定になるという事態になっては 部の問題としても捨てておけない という立場上の義務感もあった。 ○○○○○○○ 「ちょっと話があんだけど」 花井が難しい顔で阿部に声をかけたのは部活終了後の部室内だった。 他の連中に内緒で話すつもりだったから 自然と周りに聞こえないようにひそめた声になる。 「・・・・・・・今?」 「彼女が待ってんのはわかってっけど。 大事な話なんだ。」 「・・・・わかった。」 阿部が外に出て彼女に説明している間花井は、さて何と言ったものかとため息を吐いた。 話をつけたらしい阿部と連れ立ってとりあえず場所移動する。 幸い教室にはもう誰も残っていなかったのでそこに落ち着いたはいいが、 座ってからも花井はなかなか切り出せない。 「話って何。」 しびれを切らした阿部に催促されて、考えのまとまらないままに口を開いた。 「三橋のことなんだけど。」 阿部の表情が硬くなった。 (やっぱりって顔だなこれは・・・・・・・) 「最近あいつちょっと変だよな。」 「・・・・・そうかな。」 「ごまかすなよ。 気付いてんだろ。」 「・・・・・・・・・。」 「おまえが関係してんじゃねぇの。」 「何で。」 「何でって・・・・・・・・」 花井は困った。 (できればあまり触れずに済ませたいと思っていたんだけどな・・・・・・・・・) 何か上手い言い方はないかと逡巡していると。 「あいつが変だって、何でオレが言われなきゃなんねえんだよ。 オレはあいつの保護者じゃねぇんだぜ。」 阿部の言い様にムカムカしてきた。 「相棒だろ。」 「それは野球の話だろ。 個人のことはオレには関係ねえ。」 「・・・・・・・おまえな・・・・・・・・・・・」 さらにムカついた。 何言ってやがる、と思った。 (個人レベルで散々構ってたのはどこのどいつだ!) という内心の叫びは辛くも抑えた。 「心配じゃねぇのかよ!!」 さすがに阿部はぐっと詰まった。 でもそれは一瞬のことで、すぐにわざとらしく横を向くと言い放った。 「別に。」 その瞬間花井の我慢が限界を超えた。 「だっておまえ、あいつのこと好きなんだろ!!!」 阿部の顔色が変った。 あぁ言っちゃった と思ったけどもう容赦する気はなかった。 「・・・・・・何言って・・・・・」 「しらばっくれるなよ!! ちょっと見てればオレじゃなくたってわかるよ!」 「・・・・・・・・。」 「あんなにべたべた構ってたのにいきなり突き放しやがって、残酷だと思わないのかよ!!」 「・・・・・・・・・。」 「挙句の果てに彼女なんて作りやがっておまえ一体どういうつもり・・・」 「だって仕方ねぇだろ!!!」 さえぎったその声は悲鳴に近かった。 花井は驚いて言葉を止めた。 「オレだって悩んだんだよ!!」 「・・・・・・・・・。」 「他にどうしろってんだ。 ・・・オレあいつのことさっさと諦めたいんだよ!」 「ちょっと待て。」 「何だよ。」 「おまえら上手くいってたんじゃねぇの。」 「まさか・・・・・・・」 「・・・・・・・!?」 「男どうしじゃどうしようもねぇだろ。」 阿部の声は震えていた。 ええ? と花井は内心で慌てた。 (だって。 三橋は。 三橋だっておまえのこと。) 言いかけて、花井ははたと気が付いた。 自分だって三橋の本心はわかってないのだ。 本人に聞いたわけでもなし。 そうじゃないかという気はする。 すごくする。 するけど。 安易に阿部にそう言っていいものか。 三橋にそんな気がなかったらどうする。 こんな大事なことを、第三者が推測だけで断言するわけにはいかない。 (じゃあ三橋のあの様子は、何なんだ。 阿部のせいじゃないとしたら。) (全然関係ない、それこそ何か個人的なことで悩んでてあんなふうになっちゃってるのか・・・・・??) 花井はぐるぐるしながら、黙り込んでしまった。 「あのさ」 阿部の声はまだかすかに震えている。 「でもオレが一時あいつのこと避けまくってたせいで 三橋がヤな思いしたのは確かにそうなんだ。 だから・・・・・・・」 「・・・・・・・・。」 「最近はそうしないよう気をつけてる。 まだちょっと上手くいかねぇこともあんだけど。」 「・・・・・・・・・。」 「三橋がぼーっとしてんのは何でなのか、オレにも本当にわかんねぇんだ。」 「・・・・・・・・・。」 「もう少し様子見て・・・・・・・戻らなかったらオレから聞いてみるよ。」 「・・・・・・・・・。」 「それでいいだろ。」 良くない。 全然良くないような気がした。 でも他にじゃあどうすれば と思っても何も浮かばなかった。 なので黙って頷いた。 「じゃあオレ行くな。」 立ち上がった阿部を見て、花井はどうにも釈然としない気持ちで聞かずにはおれなかった。 「おまえさ・・・・・それでいいのか? 今のままで本当に・・・・・・」 阿部は何ともいいようのない顔をした。 胸の痛くなるような表情だった。 「だって仕方ねぇじゃん。」 くるりと背を向けて教室から出ていく阿部を、花井は黙って見送るしかできなかった。 花井くんの懸念 了 SSTOPへ |
頼みの綱だったのに。