学習と対策





もうすぐバレンタインデーだ。
バレンタインと言えばチョコだ。
チョコと言えばひそかにどうしてもしてみたいことがあったりする。
我ながらしょーもないとは思うけど、してみたいもんはしてみたいんである。
これも1つの男のロマン、てやつだとオレは思う。

でもきっと、いや絶対確実に間違いなく三橋は嫌がるだろうけど。
その場で嫌がっても強引にコトを進めれば多分なし崩しに何とかなるだろう。 
てか何とかしてみせる!

そう企んだオレはこっそりとあるチョコを用意した。
同時に当日の約束を取り付けるのも忘れない。
どっちの家でも良かったんだけど、その日はオレの親が遅いんでオレんちに三橋が来ることになった。
首尾よく泊まり、という話にもっていけて内心でにんまりした。







○○○○○○○

待ちに待ったその当日。

夕食も済んで部屋に落ち着いて、三橋がなぜかきちんと正座して赤面しつつ
おずおずと差し出してくれたチョコを受け取りながらオレは幸せだった。
オレは当然去年と同じで誰からも受け取っていない。
三橋も今年はオレに気を遣ったのか、貰わなかったようだ。
三橋は甘いもん好きなんだから、別に義理チョコくらい受け取っても怒んねーのに、
とか頭では思いつつもやっぱり悪い気はしない。
しないどころか本音を言えばめちゃめちゃ嬉しい。
それやこれやで勝手に頬が緩んでしまって我ながらだらしねーなとか思いながらも
止められない。
オレがにこにこしているせいか三橋もつられて 「うへ」 なんて笑っている様もかわいらしくて、
気分はもう新婚生活。

「実はオレもチョコ買ったんだ」

言うとその童顔がさらにぱーっと輝いた。
胸の奥がほんの少し、ちくん、とした。 けどこの際それは無視する。
最終的にはきっと絶対喜んでくれる!
この場合 「喜ぶ」 というより 「悦ぶ」 のような気もするけど似たようなもんだぜ。
期待に満ち満ちた目の三橋に何気なさを装いながら言った。

「あとで渡すからさ、とりあえず風呂入ってこいよ」

一瞬訝しげな表情になったけど、三橋は素直に頷いた。
そして立ち上がった三橋にオレはいつもの「三橋用お泊りセット」(パジャマだのタオルだの)を
タンスから出して渡そうとした。
三橋はそれを受け取ろうとして。 
なぜか思い切りつんのめった。
何にけつまづいたかというとその辺に放り投げてあったオレのカバンだ。
三橋にはよくあることだからオレは咄嗟に体が反応して、
間一髪で倒れる三橋を受け止めた。 そこまでは良かった。

「あ、ありが、と・・・・・・・・・」
「気ぃ付けろよ三橋」
「う、ん・・・・・・」

頷きながら三橋は足元を見て、カバンから盛大に飛び散って散乱した教科書やらなんやらに気付いて
慌てた顔になった。

「あ、ごめ・・・・・・」

急いでかがんで拾い集め始めて。

「「あ」」

ハモってしまった。
オレは今見られるとマズいかもしれないものが、と気付いたせいで三橋の 「あ」 は。

なんだろう・・・・・・・・・・・・

嫌な予感がしてこっそりと顔を盗み見た。
三橋はある一点を凝視していて、その視線の先にあるものは。

まさにたった今懸念したモノ、つまりオレの用意したチョコだった。

包んでもらう必要もない、とむき出しのまま突っ込んであったそれは
本やらといっしょに床に転がっている。
内心で慌てながらも 「でも多分、気付かれないし」 と高をくくった。 けど。

三橋の口がぱかっと開いたかと思うと、続いてみるみるその表情が引き攣った。

「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「阿部くん・・・・・・・・」
「なに?」

三橋の声のトーンが若干落ちた、のがわかって、嫌な予感が強くなった。 
でも本当に悟ったんだろうか。 オレの企みに。 あの何かと鈍い三橋が。
そんなワケないと、一縷の希望を抱いてみる。

「これ、チョコ、だね・・・・・・・・」
「うん」
「でも、これって、何かに付けて食べる、やつ、・・・・・・だよね・・・・・・・・」

そのとおり。
チューブ式の容器に入ったそれは本来はケーキの飾りに使ったり、
クッキーとかに付けたり、人によってはパンに塗るやつもいるだろう。
でも 「人間」 に塗っちゃいけません、 なんて注意書きはどっこにも書かれてない。

心の中だけで言い訳してみる。

「これが、オレに、くれるチョコ・・・・・?」
「うーん、まぁそう」

ゲンミツには違うような気もすっけど。
だって多分ほとんどオレの口に入るもん。
いやでも2割か3割は三橋にも食べていただきたい気も。

「ありがと・・・・・・・・」
「え、 あっ」

思わず咎めるような声が出てしまったのは三橋が素早くそれを拾って
お礼を言いながら自分のリュックにしまっちゃったからだ。

あの、それ、今日これから使う・・・・・・・・じゃなくて食べるんだけど。
もっと正しく言えば舐めるんだけど。

なんて言えるはずもなく。
でも三橋が風呂に入っている間にこっそりと出して枕の下に隠しちゃおう、
と目論んだ。 なのに。
次に三橋が引き続き落ちたトーンのまま吐いた言葉にオレはぎょっとした。

「あの、 オレ、 帰る・・・・・・」
「えっ?!!!」

正直、慌てた。  慌てまくった。
嫌な予感が当たりつつある。
というよりもはや予感じゃなくて最悪の形で現実になろうとしている。 
さっきまでの新婚気分 (オレだけかもしんねーけど) があっというまに大気圏外に。
努めて冷静になろうとしながら目まぐるしく考えを巡らせた。
なにか、三橋の疑い(多分当たってる) を払拭するようなことを言わないと。
でもいい考えが浮かばない。
三橋の目はもう疑惑を通り越して早くも潤んでいるような。
とにかく何がなんでも引き止めねーと!

「なんで?」
「・・・・え・・・・・」
「今日は泊まれる、って約束じゃん!?」
「・・・・・・・・・・・・用事が・・・・」
「嘘だろ?」

オレの制止にも拘わらず三橋はじりじりとドアのほうににじり寄っていく。
今にも走り出ていきそうだ。 オレは焦った。
もう体裁取り繕っている場合じゃねー!

「帰るなよ三橋・・・・・・」

ストレートに本音が出た。
我ながら情けなく、必死な声になったのがわかったけど、構うもんか。

「で、も」
「でも、なに?」
「あのチョコ・・・・・・・・・・」

言って顔を引き攣らせながらもその頬をほんのりと赤く染めた。
やっぱりどう考えてもバレている。
見ただけで気付くなんて流石に三橋も進歩したもんだぜ、というか
オレのことよくわかってるということか。
それは嬉しいけどある意味嬉しくない。
つーかそれだけ今までの行いがアレだったということかそういうことなのか?!
いや今考えるべきはそれじゃなくて!!

ぐるぐるしている間にも三橋はまたじりっと移動した。

カオスと化しているオレの頭の中に ぽんっと 天秤が出現した。

片方には 「男のロマンを諦める」 が、もう片方には 「ここで有無をも言わさず実力行使に出る」 が
乗っていて、ぐらぐらと忙しなく揺れた。

そして。

三橋の目に怯えの他に微かに、真剣な断固拒絶のような色が走るのを見た瞬間に。


天秤は片側に大きく傾いだ。












○○○○○○○○

「美味しい、ね?」

三橋はオレの顔を見ながらおずおず、という調子で言った。

三橋の目の前にはクッキーの盛られた(オレが盛ったんだけど)皿があって、
三橋の右手には先刻のチョコのチューブが握られている。
チョコクリームをたっぷり乗せたクッキーを美味そうに頬張りながらも、
目が時折おどおどと不安そうに揺れるのは、オレが怒ってるんじゃないかと
推測してびくついているんだろう。
嫌だったくせに。  逃げようとまでしたくせに。

でも押さえ付けて強引にやっちゃえばきっとすぐに快楽に流されて
いやだいやだと言いながらも体はしっかりと悦ぶくせに。
そのうち拒絶の言葉も言えなくなって喘いじゃったりもするくせに。
そして最終的にはおそらく許してくれるくせに。

なんてまだ未練たらしく心の中だけでぶつぶつとぼやきながらも
とにかく三橋が帰らずに今ここにいるということにオレは安堵していた。

怒ってなんかねーよ。
落胆してるだけで。
だからそんなふうに気を遣ってほしくない。

「いっぱい食えよ?」

言いながらなるべく爽やかに見えるようにと、意識しながら笑ってやった。
三橋はみるみる安心した顔になってそれから、 ほわっと、 幸せそうに笑った。

その笑顔を見て。

なにより大事なものが曇らなくて良かった

と心からホっとしてしまったオレは相当こいつにイカれていると思う。
もうイヤってほどわかっていることだけど。


けどそれと同時に。

三橋だって日々進歩 (この場合進歩というべきかすごく疑問だけど) していることが
よーくわかったし。

別にバレンタインにこだわらなくてもいいか・・・・・・・・・・・・・

とこっそりと考えたことは、   





絶対に内緒にしておこう。











                                                  学習と対策 了

                                                  SSTOPへ







                                                       またこいつは。