永遠の哀しみ





阿部くんが、眠っている。

オレはその時びっくりした。



変な時間に目が覚めちゃって(怖い夢を見た気がする)、眠れなくなって結局バカみたいに早くに家を出た。
だから当然誰もいないはずの部室に入ったら、なぜか阿部くんがいて。
それだけでもびっくりするのに、しかも阿部くんは畳に仰向けになって眠って、いた。

オレは音を立てないように入ってこっそり傍に座って、まじまじと阿部くんの寝顔を見つめた。

阿部くんの寝顔を見る機会はある、はずなんだけど意外と少ない、 ということに気が付いた。
時折2人で過ごす夜。
ほとんどいつもオレが先に寝ちゃって、目が覚めると大抵阿部くんはもう起きている、からだ。

眠っている阿部くんは起きている時より幼く見える。
多分、目を瞑っているから。
オレはじーっとその顔に見とれた。
何だか不思議な感じ。

見ているうちに少しだけ、物悲しい気分になった。
別に悲しくなる理由なんてどこにもないはずなのに。

真っ青な抜けるような空を見て理由もなく哀しくなる気分に似ている。
かすかだけど、確かに存在する哀しみ。  多分死ぬまで消えないもの。

オレはそのわけがわかるような気がする。 何となく。
今が幸せだとわかるから。
でも一生続くものではあり得ない、ということもわかるから。

この一瞬が永遠に続けばいいのに、とか何かの歌の歌詞みたいな感傷が
いつもいつもどこかにあって、普段は意識しないようにしているんだけど、
何かの拍子に前触れなくすぅっと上がってくるんだ。 不意打ちみたいにして すっと。
それは自分の意思ではどうにもならない。
いっつも底にあるから。 
忘れたフリしてても消えてなくなるわけじゃないから。

そのたびにオレは思い出す。

これは  いつか  終わる  幸せなんだ、  と。

・・・・・・・・・せめてオレが女の子だったら。

一瞬そんな考えが掠めて、でもすぐに気付いた。

それじゃあダメだ。  いっしょに野球ができない。



オレは 何で 阿部くんを 好きに なったんだ、 ろう。

そしてもっと不思議なのは。

阿部くんは 何でオレなんかを。



考えてもわからないこと。 でも。
いろいろ不確かだったり見えなかったり不思議だったり、はっきりしないものはたくさんあるけど。

確かなことも1つだけあって。

オレが今この瞬間、阿部くんをすごく好きだ、というこの感情だけは

間違いなく本当なんだ・・・・・・・・・・・・・・・

そして甘やかなはずのこの感情には、いつも対のようにほんの僅かな哀しみがくっついている。


しん、と静かな部室の中で、阿部くんがいるのに一人ぼっちなオレ。
こういう時 人間て結局1人なんだ と思い知らされる。

哀しくて、 寂しい。


急にひどくはっきりと泣きたい気分に襲われて、
オレはそっと阿部くんの髪に触れた。 起こさないようにそーっと。
真っ黒で、オレのより固い髪。
泣きたい気分が少しだけ、薄れるような気がする。
浮上してきてしまったものをまた底に押し込めようと意識してみる。
考えたくないこと、感じたくないこと。  お願いだから出てこないで・・・・・・・・・・・

それから次にまたそっと阿部くんの右手に触れた。
大好きな大好きなその手。
そろそろと撫でたみた。    まだなんとはなし、もの哀しい気分で。




途端にぐっとその手に掴まれた。  心臓が停まるほど驚いた。
あっ と思うまもなく視界がくるりと反転した。

気が付いたら阿部くんの顔が至近距離にあって、背中には阿部くんの両手の温もりがあった。
びっくりしすぎて口もきけないでいるオレに、にっこりと阿部くんが笑った。

「おはよ」
「・・・・・・・・あべ、くん、起きてたの・・・・・・?」
「まぁな」

言いながら阿部くんはオレの体を支えながら、起き上がったんで
オレの視界はまた元に戻った。 (すぐ目の前に阿部くんの顔があること以外は)

・・・・・・・・いつから起きてた、んだろ・・・・・・・

オレの内心の焦りを見透かしたように阿部くんが言った。

「ちょっと前から起きてたんだけどさ」
「・・・・・・・・・・・」
「起こせよな三橋」
「え・・・・・・・・」

うろたえてしまったのは阿部くんの声が怒っているような気がしたから。

「で、でも起こすと悪い、 と思って」
「でもおまえ泣いてた」
「えっ」

びっくりした。

「な、泣いてない、よ・・・・・・・・」 
だって涙なんか出てなかった、はず・・・・・・・・。

「泣いてたよ」

言い切る阿部くんの目には迷いがない。

「なんで、そんな、こと・・・・・・」  

わかるの??

「わかんねーけど! おまえ今、泣いてただろ?!」

違う、と言えなかった。 だって。  阿部くんが断言するし。
泣きそうだったのも本当だし。

「また変なこと考えてなかった?」
「・・・・・・・・・・・。」

これも否定できない。 当たっている、から。

「そんで泣いてた。」

同じことを阿部くんは言った。 やけに自信満々で。
それからオレの目を正面から見た。

「1人で泣いてねーで起こせよ三橋。」
「・・・・・・・・なんで・・・・・」 
そんなに優しいの、  と言おうとして言葉にできなかった。

「だってさ」
「・・・・・・・・・・・。」
「おまえが泣いてるすぐそばでぐーぐー寝てるオレってさ」
「・・・・・・・・・・・。」
「なんか、自分ですっげーヤなんだけど。」
「・・・・・・・・・・・。」
「だから起こせ。 今度から」
「・・・・・・・・・・・。」
「わかったか?」



阿部くんの声はまだ怒ってる。 けど。

オレが何で阿部くんを好きになったか、 一番大きな理由が
わかったような気がした。

それから思った。






この「哀しみ」が消えてなくなることはない。

すごく深いところにいつもいつも潜んでいるから。 多分この先もずーっといつまでも。
そして繰り返し繰り返し、 これからも表面に浮かんでくるんだろう。

でも。

それが前触れなくひょいっと襲い掛かってきた時は

あまりいろいろ考えずに阿部くんのところに行けば、

阿部くんは何でもないような あったり前な顔をして、

あっというまに蹴散らしてくれるのかなぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・



今みたいに。     




なんて   ぼんやりと考えてしまったんだ。













                                                     永遠の哀しみ 了

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                                                       そのとおりだよ。